苦い文学

心やさしいあなたへ

【あなたも心やさしい人?】
生きづらさを感じていませんか? 人間関係に悩んでいませんか? もしかしたらあなたは心のやさしい人かもしれません。この記事では、心やさしい人の特徴と、ぴったりな職業、役にたつアドバイスについてまとめました!

【心やさしい人の4つの特徴】
次の4つの特徴が当てはまったら、あなたは心やさしい人の可能性があります。

1)共感力や感受性が高い。
2)思いやりがある。
3)自分の意思を押しつけることができない。
4)他人の要求を断れない。

【心やさしい人にぴったりな職業】
4つの特徴に当てはまるあなたにぴったりな職業は「非情な殺人兵器」です! 心やさしいあなたが戦場では役に立たないなんて誰が言いましたか?

1)共感力や感受性が高い。
=>殺された仲間の気持ちが痛いほどわかるあなたはもう敵への憎悪に燃えているはず。さあ、非情な殺人兵器になるのです!

2)思いやりがある。
=>相手を思いやる心は、愛国心の基礎! あなたの愛するその国がいま敵に脅かされています。思いやりを憎しみに変えたら、敵とあらば、子どもだって赤ん坊だって躊躇なく殺しまくる非情な殺人兵器の誕生です!

3)自分の意思を押しつけない。
=>殺人兵器にもっとも不要なものは「自分の意思」なるもの。どうやらあなたにはその準備ができているようですね!

4)他人の要求を断れない。
=>どんなに残酷で、残忍な作戦だって、命じられれば、文句ひとつ言わず遂行するのが非情な殺人兵器です!

【心やさしいあなたへのアドバイス】
心のやさしさを憎悪でくるめば、どんなことだって可能なはず。心やさしいあなたに必要だったのは、ただひとつ、敵への憎しみだけ。あなたが感じていた「生きづらさ」を「殺しやすさ」に変えたとき、きっと非情な殺人兵器になれるはず。

では、戦場でお会いしましょう!

苦い文学

しかけ女房

ひとりの教師が授業の方法を考えながら散歩をしていると、草むらから悲しげな動物の鳴き声がした。

覗きこむと、タヌキがワナに足を挟まれているのだった。不憫に思った教師はワナを外して逃してやった。

その夜、教師の住むアパートにひとりの女がやってきた。教師は一晩泊めてやるつもりだったが、いろいろあって夫婦になった。

そのころ教師は職業上の悩みがあった。校長から「子どもたちに学ぶ楽しさを与えよ」という難題を与えられていたのだった。教師がため息をついていると、女が事情を聞き、こういった。

「私がいいというまで決してこの部屋に入ってこないでください」

教師が不審に思いながら待っていると女が姿を現した。「教室でこのしかけを使えばうまくいきますよ」

翌日、教師がそのしかけを用いて授業を行うと、子どもたちは大いに楽しんで学んだのだった。ひと安心した教師であったが、それも校長が「では次は子どもたちを調べ学習好きにするのだ」と求めるまでであった。

校長の無理難題に暗い顔つきで教師が家に帰ると、察した女は事情を聞き出しこういった。

「私がいいというまで決してこの部屋に入ってこないでください」

教師が悲痛な顔で待っていると女が姿を現した。「教室でこのしかけを使えばうまくいきますよ」

翌日、教師が授業を行うと、しかけは驚くほどぴたりとはまった。子どもたちはすっかり調べ学習好きになってしまい、校長室に行って校長の机の中まで調べ学習するほどだった。周りの教師たちはこの様子を見て「とんだスゴ腕教師だ」と感嘆したが、校長は「では次は崩壊した学級の子どもたちを仲良しにするのだ」と容赦なかった。

今度ばかりはもうダメだと、青ざめた顔で帰宅した教師に女はいった。

「私がいいというまで決してこの部屋に入ってこないでください」

教師はじっと待っていたが、じょじょに不安が頭をもたげてきた。いくらしかけを作るのに巧みな妻でも、今度ばかりはうまく行くものだろうか……。いても立ってもいられなくなった教師は、女の閉じこもった部屋の扉を開けた。

そこには、教育書と教材の研究に余念のないタヌキの姿があった。タヌキは悲しげに教師を見ながらいった。

「私はいつぞやのタヌキでございます。タヌキの学校で教師をしておりましたが、授業のしかけづくりに夢中になったあまり、自分の作ったしかけに引っかかってしまったところ、あなたに助けていただいたというわけで……」

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ソウルのバス停

韓国の仁川で開催された「日韓市民100人未来対話」は、11 月 24 日からだが、私はいわゆる「前乗り」をして、23 日の夜と 24 日の朝をソウルで過ごした。

はじめて韓国に行く私はこの機会にどうしても見たいものがあった。それはバス停だ。

韓国のドラマではバス停がよく出てくる。ただ、バス停といっても標識が一本立っているだけのものはあまり出てこない。そうではなくて、屋根があってベンチがあるタイプだ。

このバス停が韓国のドラマで非常に重要な役割を担っているのだ。

主人公が出会ったり、別れたり、告白したり、バスに飛び乗ったり、追いかけたり、ベンチでため息ついて物思いにふけったり、酔っ払って寝込んだり……つまり、ソウルでもっともドラマティックでロマンティックな場所なのだ。

もちろん、現実のバス停はそうではないだろうが、そうであっても私はぜひこのバス停をいろいろ見たいと思って、ソウルの街を歩き回り、バス停を見つけるたびに「お、いいバス停」などと呟きながら写真を撮ったのだった。

ただ、かえすがえすも残念だったのは、実際にバス停のベンチに座ってドラマ感を味わうことができなかったことだ。バスを待つソウル市民の中に入って「これがあのバス停か……」などと感慨深げにバス停を鑑賞する勇気がなかった。バス停は人がバスに乗るための場所であり、観光地ではないのだ。

だが、それでも私はバス停をもっと味わいたい。次回は、ソウル各地のバス停を訪問し、できればベンチで宿泊したいと思っている。

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仁川開港場通り

11 月 24 日から 11 月 26 日にかけて、韓国の仁川で開催された「日韓市民100人未来対話」の初日の夜は仁川のホテルで歓迎晩餐会が行われたが、その前に「文化体験」プログラムも開催された。

どういうプログラムかというと、仁川在住の作家・翻訳家で、仁川官洞ギャラリーという文化施設の館長である戸田郁子さんの講演を聞いたのちに、参加者同士でチームを組んで仁川に残された近代文化遺跡のいくつかを探すアクティビティをするというものだ。

「近代文化遺跡」というのは、主として日本が支配していた時代に建てられた建物で、銀行や郵便局といった石造建築物や、日本人の建てた民家などもけっこう残されている。仁川官洞ギャラリーもまた、昔の日本人の町屋のひとつをリノベーションしたものだそうだ(ゲストハウスもやっていて泊まることもできる)。

これらの建物が残る区域が仁川開港場通りで、おしゃれな雑貨屋やカフェも並んでいるが、古い建物を改修して利用しているものもあるようだ。

ところで、今回の韓国旅行に先立ち、私は自撮り棒というものをはじめて買った。日本でも外国人はみな持っているし、たぶん韓国でもそうに違いないから、これはもう持たねばならないと思い込んでしまったのだ。

さて、講演後のアクティビティでは、各チームは課題となった文化遺跡を地図を頼りに5つ探し出すことになった。建物の前で写真を撮って、ゴールで戸田さんに見せねばならないのだ。

そして、課題であるグループフォトを撮るときに、私の自撮り棒が大活躍したのはいうまでもない。もっとも、グループの若い人に教えられるまで、その使い方もよくわからなかったのだが。

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日韓市民100人未来対話

11 月 24 日から、11 月 26 日にかけて、韓国の仁川で開催された「日韓市民100人未来対話」というプログラムに参加してきた。日韓からそれぞれ 50 人が参加し、私も日本側のひとりというわけだ。

このプログラムは、韓国国際交流財団、ソウル大学日本研究所、早稲田大学韓国学研究所の共催するもので、日本と韓国の関係を市民の対話を通じて育もうという目的のもと始められた。

どういうことをするかというと、4 つのテーマが設定され、20 〜 30 人ぐらいの分科会に分かれて討論をする。そのテーマは次のようなものだ。

分科会1:プラネタリーヘルスのための地域社会協力の可能性
分科会2:ポスト真実時代、ソーシャルメディアの中の日韓関係
分科会3:持続可能な日韓関係のための未来世代交流
分科会4:科学技術の発展と市民参加、そして実践

11 月 25 日の午後が、この分科会にあてられた。私が参加したのは、「ポスト真実」の分科会で、同時通訳つきなので、日本と韓国からの参加者の興味深い話や意見をいろいろ聞くことができた。とくにネットの誹謗中傷、フェイクニュースの問題について関心を持っている人が多かった。

この分科会の前、午前中に、開会式が行われ、成川彩さんという韓国映画やドラマをテーマに執筆活動をされている方が基調講演で登壇された。日韓の文化交流に関する話だったが、その中でこんなことを言われた。

「韓国のドラマでは怒るシーン、日本のドラマでは謝るシーンが多いのが面白い特徴。あと、韓国のドラマの喫茶店などのシーンで、怒った人がコップの水を相手にかけるシーンがあるが、これはドラマならではの怒りの表現で、実際にはそんなことをしない」

さて、私の参加した「ポスト真実」の分科会だが、一人一人発言を求められる場面もあった。難しいテーマだったので私は何を言おうかと困ったが、こんなことを言った。

「韓国ドラマでコップで水をかけるシーンを見て、本当にそうするのだと信じていたが、午前中の講演を聞いて嘘だとわかりガッカリした。フェイクニュースではなくちゃんと事実を知ることが大事だ」

会場の失笑を誘ったが、司会の韓国の方が「いや、私は実際に見たことがある」とフォローしてくれたのでありがたかった。

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発車メロディ

私にかぎらず多くの作曲家にとって困るのは、駅や電車で曲がひらめくときだ。すぐに携帯なりレコーダーに録音できればいいがそうもいかないこともある。そんなときに、発車メロディが流れると、そのひらめきはたちまちかき消されてしまう。

ああ、あのいまいましい発車メロディのせいで、この世からどれだけ名曲が奪われたことだろうか。だが、みなさんはこう思うかもしれない。たかが雑音で失われるなんて、もとからたいしたメロディではなかったのだ、と。

私も確かにそう思わないでもなかった。だが、今日、駅で経験したことを聞いてほしい。そう簡単に済ませるものではなかったのだ。駅で電車を待っているときに、発車メロディが流れたのだが、その瞬間、私は衝撃を受けた。

なぜなら、そのメロディは、私が思いついたメロディだったから。

私は思い出したのだ。以前、この駅でまったく同じメロディを思いついたことを。そして、そのメロディは、不意に流れた発車メロディによってかき消されたのだった。

だが、今や真相が明らかになった。それはかき消されたのではない。私から奪われたのだ。駅長たちは発車メロディを使って、駅を利用する作曲家たちからメロディを盗んでいたのだ!

私は作曲者としての権利を奪還し、賠償金を求めて、現在、提訴の準備をしている。みなさんの中には、そういうことならまず JASRAC に申し立てをすべきではと、考える人もいるかもしれない。だが、そんなことをしても意味などないのだ。JASRAC をよく見てほしい。JR が隠れているではないか……。

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エゴマの葉

先週、韓国に行ったとき、「エゴマの葉」論争というものが流行したのを知った。

エゴマの葉の漬物というのは、何枚も重なっているため、箸で剥がしにくい食べ物だ。それを、自分の恋人が別の女性(なり男性)を手伝ってやるのを許せるか許せないかで、論争が起きたのだという。

韓国の若い人の間でも意見は分かれたとのことだ。また、韓国で知り合った日本人の若い女性は断然「許せない」派とのことだった。

エゴマの葉という食べ物は、韓国では男女関係に結びついているようだ。ドラマでも、エゴマの葉をご飯にのせてあげる関係ならば結婚すべきだ、などというセリフも聞かれた。

これは、別の見方をすれば、エゴマの葉が原因で、別れたカップルや夫婦がいるということでもあろう。エゴマの葉が、社会の基盤となる人間関係のひとつを危うくしているのだ。

我が日本にとって、韓国は民主主義という価値観を共有する隣国であり、持続的な友好・協力はなによりも重要だ。その隣国の直面する問題は見過ごすことはできない。

エゴマの葉を剥がすロボットの開発や、剥がれやすい葉を持つエゴマの品種改良など、日本としても協力を惜しむべきではないだろう。

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ロイヤルな技能実習

昨日、北朝鮮から技能実習ビザで堂々と来日したのはキムさん。これから半年間、皇族のさまざまな活動を実際に経験し、皇族の技能を学びます。その様子に密着しました。

「国に帰ったら、自分の家族をロイヤル・ファミリーにしたいと思っています。日本の皇室のように長く続けるにはどうしたらいいか学びたい」と抱負を語るキムさん、今日は、さっそく最初の公務にチャレンジです。都内で開催される「なにかとってもまじめで良い人たちが全国から集まる式典」に皇族とともに出席します。

皇居から車で会場に向かう途中、スカイツリーを目にし、キムさん、なにやら興奮気味。「あれはミサイルですか? 発射ボタンを押してみたい!」と無慈悲な要求を繰り返すキムさんに、さしもの皇族もタジタジ。

式典の会場では、参列する良い人たちを前にキムさんはなぜか気の毒そうな顔つき。その理由を尋ねると……

「なんだか銃殺するのに忍びないですね……」

日本では皇族は銃殺などしない、と聞いて、やや拍子抜け?のキムさんなのでした。

「日本に拉致されたと思って頑張ります」とキムさんは意欲を燃やします。いっぽう、受け入れ側の宮内庁は「皇族の人材不足を補うひとつの選択肢になれば」と期待を語りました。

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タバコとオナニー

「なんでこの人たちはこんなところでタバコなど吸えるんだろう」と彼は呆れてみせた。私たちは池袋駅前のバス停でバスを待っていた。バス停の隣には半透明のガラスで囲まれた喫煙所があり、喫煙者でいっぱいだった。

「一昔前ならいざ知らず、いまやタバコはオナニーと一緒だ。どっちもするのは自由だ。法律違反でもない。だけど、もはや人前ですることではないのだ。自分の家でこっそりすべきことなんだ」

「じゃあ、喫煙可の店は風俗店だね」と私がまぜっかえすと彼は大真面目でうなずいた。「そのとおり。タバコを吸う人は、自分のしていることがどんなに恥ずかしいことか、思い知るべきだ。公衆の面前でオナニーに耽るのと一緒なんだから」

彼の非難にもかかわらず、喫煙者は喫煙所に次から次へと入っていき、やがて満員になったのか、壁の外側でタバコを吸う男女まで現れた。彼は露骨に顔をしかめ、舌打ちをした。

「まったくどいつもこいつも恥知らずのオナニストだ!」

私は彼の妥協を許さぬ態度に感銘を受けた。それと同時に、彼が壁際でタバコを吸う女性たちをとくにじっと見つめ、その目がイヤらしさにギンギンに輝いているのにも気がついた。

彼の頭の中ではもう喫煙はオナニーなのだ。こいつはそうとうな恥知らずだ。

苦い文学

これが社会構成主義だ

先生は壇上に立ち、私たちに静かに語りかけた。

「私たちのものの見方は、社会によって限界づけられています。つまり、私たちの知識は、社会を離れては存在しませんし、逆を言えば、社会を離れた存在は私たちには知覚することもできないのです。このように知識の客観性を疑う立場が、社会構成主義です」

先生は一枚のカードを取り上げられた。「ここに一枚のカードがあります。私たちがこのカードの存在を認識しているのは、私たちの社会がそのように見させているからです」

先生はポケットからハンカチを取り出し、カードの上にかけた。「ここで、私はこのカードを社会から離脱させてみましょう。ワン、ツー、スリー!」

ハンカチが取り除けられると、カードが消え失せていた。「これはマジックではありません」と先生は言った。「私たちの社会の構造からこのカードを追放したのです。それで、みなさんの目の前からこのカードが消え失せたのです」

私たちがざわめき出すと、先生は微笑まれた。「もう少し説明が必要なようですね。では、みなさんにも参加していただきましょう」

先生は会場に話しかけ、ひとりの女性が壇上に上がった。先生は彼女を隣に立たせた。「私たちがこの素敵な女性を認識しているのは、私たちの社会の構造にこの方が組み込まれているからに過ぎません。では、その構造を少しばかり変えてみましょう」

背後に大きなボックスがあり、先生はその女性を入れ、蓋を閉じた。「では、社会構造に変化を与えましょう」

先生は「オールタネーション!」と大きな声で唱え、ボックスの蓋を開けた。中はからだった! どよめきと驚きの声が響くなか、先生は叫んだ。

「これが社会構成主義です!」

盛大な拍手が鳴り響き、先生はゆうゆうと退場された。司会が次の出し物をアナウンスした。