苦い文学

たった一度の人生だから

……人はどうして、たった一度の人生だからと言いながら、好きなこと、楽しいことをしようとするのだろうか。

むしろ、人はこう言うべきなのだ。「たった一度の人生だから、私は好きなことなどしたくない。たった一度の人生だからこそ、惨めで、救いもなければ、価値もない人生を生きたい」と。

だが、たった一度の人生を楽しく喜ばしく生きようとするお前はこう反論するだろう。

「もし来世があるのならば、今生での苦しみにも意味があるかもしれない。だが、来世などないのだ。したがって、苦しみにもなんの意味もないのだ」

これに対し、私はこう答える。「来世の楽しみとひきかえの今生の苦しみなど、本物の苦しみではない」と。それは来世に受ける楽しみの影のようなものにすぎないのだ。そんな苦しみはちっともリアルではない。

だが、たった一度の人生の苦しみは、本物なのだ。リアルなのだ。その苦しみは、なにものとも取り替えることのできない、一回限りの真の実在なのだ。

というと、お前は、つまらぬ言いがかりをつけようとするかもしれない。「いや、それをいうならばたった一度の人生の楽しみとて同じではないか。その楽しみも一度きりの現実だ」と。

では、聞こう。「人がたった一度の人生だからと選ぶ楽しみとはいったいなんなのだ」と。たかだか物や食事に金を払うだけではないか。それは苦しみの永続する鮮烈さ、強烈さにはとうてい及ばないのだ。

なぜお前は苦しまないのか。なぜ世界から憎まれ嫌われ、孤独にあがく人生を生きないのか。空腹と病と狂気にのたうちまわり、打ちのめされ……そう、どうしてお前は打ちのめされることを選ばないのか。それこそたった一度の人生で享受することができる最良のものなのに……

……と、たった一度の人生だからと奮発して買ったダース・ベイダーのフィギュアが、夜な夜な夢枕に立ってこういうことを言うので困っている。