苦い文学

セレブと鬼

私たち亡者は閻魔大王の前に引き出された。これからお裁きが始まるのだと、鬼たちが告げた。

まず私たちの中から一群のみなりよい人々が引っ立てられた。私たちはこれらの人々を見て色めき立った。生前、芸能界やスポーツの世界で活躍したセレブたちだったからだ。

閻魔大王とセレブたちとのあいだに、お地蔵さんたちが立ち現れ、これらのセレブが地上にいたあいだ、どれだけ良いことをしたか弁じ始めた。多くの人々に元気と喜びを与え、あちこちで大金を使って経済を回した。貧しい人々に施しをし、被災地ではたくさんの支援活動をした。のみならず、見捨てられた犬猫のためにも勇敢に戦ったのだ。

閻魔大王は聞き終わると微笑みながら言った。「これらの善人たちを天国に丁重にご案内せよ!」

次は私たちの番だった。だが、私たちのために弁じてくれる地蔵はいなかった。閻魔大王は手元の書類にざっと目を通すと、苛立たしげにこう宣告した。

「お前たちは、四六時中自分のことばかり考え、他の人々を助けもしなかった。お前たちの収入ときたらわずかで、寄付や支援などしたこともないのだ。こんな利己的でがめつい人間は地獄行きに決まっている。鬼たちよ、犬猫にも劣るこいつらを地獄に突き落とせ!」

こうして私たちは地獄で、鬼たちに永遠に責め苛まれることになった。苦しく痛く絶望しかない時間が、宇宙の終わりまで続くのだ。

ときおり、セレブたちが天国から私たちのところに降りてくる。セレブたちは私たちのために豚汁やお菓子を運んできてくれる。配り始められるやいなや、私たちは我先に奪い合って、一口で飲み込む。

そのあいだ、セレブたちは鬼たちと親しげに会話し、握手などしている。

私たちにはもうわかっている。セレブもまた鬼なのだ。

苦い文学

イケメン訴え

イケメンという言葉がなかったせいで、若い頃イケメンと呼ばれず、精神的苦痛を受けたとして、千葉に住む70代の男性が、全国で初めて国を提訴した、いわゆる「イケメン」裁判で、今日、裁判所は訴えを棄却しました。

この裁判で男性は、自分はイケメンなのに、当時イケメンという言葉がなかったせいで、イケメンと呼ばれなかったため、イケメンとして当然受けられるべき機会を逃したとして、国に対して5億円の損害賠償を求めていました。

支援者ら約200人が傍聴券を求めて訪れ、裁判の行方を見守りました。「あのころイケメンと呼ばれていたら、私もこんな人生を歩んでいなかったのに」と福井から駆けつけた87歳の支援者は無念そうに語ります。

今日の判決で、裁判長は「大昔にイケメンという言葉のなかったことについて国に責任を問うことはできない」と指摘したうえで、「現在のイケメンの基準に照らして、原告をイケメン相当と認定しえないことにはなんら矛盾はない」などとして、訴えを退けました。

原告の男性は「私たち男性からイケメンと呼ばれる権利を奪う、承服しがたい判決。判決理由を精査したうえで、イケメン弁護団を組織して控訴する」とコメントしています。

苦い文学

Tattoo You Too

各地で訪日観光客を見かけるようになった。コロナ以前でも思っていたのだが、白人観光客は刺青が目立つ。刺青だけに肌感覚で言えばだが、訪日する白人のすべてが刺青をしているのではないかと思う。

そんなわけない、という人もいるかもしれないが、服や下着の中までみて確認したわけではあるまい。もう間違いなく全員が刺青をしているのだ。

昔からよく言われているのは、欧米で起こることはやがて日本でも起こるということだ。現在の日本では、刺青とは反社会組織の象徴であり、憎むべきもの、蔑むべきものとされているが、10年後にはどうなっているかわからない。おそらく日本も欧米のように刺青社会となるのではないだろうか。

となると私たちも、いつかは刺青を入れなくてはならないのだ。それを見越して、今は入れないにしても、自分ならどんな刺青を入れたいか、日頃から考えておくことがどうしても必要だ。憧れる人物の顔、アニメのキャラクター、信仰する神様、座右の銘、竜や虎やペット、好きな食べ物……なんだっていい。とにかく、備えあれば憂いなしだ。

急きょ刺青を入れなければいけない事態に陥って泡を喰うなんて事態だけはどうしても避けたいものだ。あわてて「岸田首相の顔で」などと口走ってしまったら、それこそ後悔してもしきれない。あとからせめてメガネだけでも消そうと思っても、そう簡単にはできないのだから。

苦い文学

シリアルキラー復活プロジェクト

デビッド・バーコウィッツ、テッド・バンディ、ジョン・ゲイシー、ハンニバル・レクター……昔、アメリカが強大で、輝いていたころ、各地にそれこそ綺羅星のごとくシリアルキラー(連続殺人鬼)がいて、それぞれの技と趣味を競ったものだった。

だが、現在はどうだろうか。シリアルキラーのニュースなどとんと聞かないのだ。そのかわりアメリカから聞こえてくるのは、銃乱射事件ばかりだ。昔は人ひとり殺すのにも、皮を剥いだり、冷蔵庫に保存したり、食べてみたりと、個性豊かだったが、いまは銃を振り回して一度にまとめて殺すだけだ。これは単なる大量殺人で、連続殺人ではない。

もはやシリアルキラーの時代は終わったのだろうか、そんな味気のない世になってしまったのだろうか、そんなふうに嘆いていたところ、アメリカからじつに愉快なニュースが届いた。

シリアルキラーを復活させるプロジェクトがかの地で進行中だというのだ。白人男性をターゲットにシリアルキラーへの転身を促すさまざまな支援が実施されているという。

興味深いのは、このプロジェクトに巨額の資金を提供しているのが銃規制反対派のロビー団体だということだ。なんでも「銃乱射事件が増えたのは、シリアルキラーが減ったせいであり、シリアルキラーを保護育成すれば、銃乱射事件は確実に減る」のだという。

つまり「銃が人を殺すのではない、シリアルキラーが人を殺すのだ」というわけだ。

このプロジェクトによって、全米各地でシリアルキラーが大いに活躍するようになれば、銃乱射などという不粋な行為も姿を消すに違いない。そんな安全で偉大な時代の到来こそ Make America Great Again でなくてなんであろうか。

苦い文学

日本語の忘却

最近、私は日本語学校でアルバイトを見つけた。週に1回、授業を担当することになったのだ。

私のクラスは初級と中級のあいだで、ようやく会話ができるくらいだ。学生はほとんど中国人だが、ベトナム人もいる。

そして、年配の日本人もひとりいる。その人はまったく日本人の名前なのだ。だが、外国で育った日本人や帰化した人ならば、日本語が話せなくても、別におかしくもなんともない。その人は、クラスの中でもとくに日本語ができず、ただ単語を並べるだけだった。

しばらく授業をしているうちに、その人が少々やっかいな学生だということがわかってきた。振る舞いが乱暴で、他の学生を見下したような態度を取るのだ。もしかしたら、周りが自分より優秀だからストレスが溜まっているのかもしれない、と私は考えた。

他の学生たちは最初は我慢していたが、次第に耐えられなくなってきたようだった。学生たちは口々に不満を言い、なかにはクラスを変えてほしいという人まで現れた。

私はすっかり困ってしまい、学校の教務主任に相談した。すると、主任は私を校長のところに連れて行った。「なんだかおおごとになったぞ……」と困惑しながら、私は校長に事情を説明した。すると、校長はこう答えたのだった。

「他の学生たちがあの学生をイヤがるのは無理もありませんよ。なにしろ、入管の職員なのだから。入管の職員の中には、外国人に『書類、出せ』『そこ、並べ』『お前、何してる』といったぞんざいで乱暴な日本語で対応しているうちに、まともな日本語が話せなくなってしまう人も多いのです。それで、私たちは入管の委託により、日本語を忘れた入管の職員を受け入れて、日本語を教えているのですが……日本語もろくに話せないのに、プライドだけは高いんです! 正直いえば受け入れたくないんですが、拒むと入管から認可を取り消されちゃうかもしれない。つらいとこですが、まあ上手くやってくださいな……」

苦い文学

私たちの奴隷解放宣言

どこからともなく現れたその人は、私たちに勇気と愛と正義を与えた。

その人は、腐り切った政治家たちをぶちのめし、その裏金にまみれた手から、政治を奪い取った。そして、不正を正し、誰もが不当な扱いを受けることのない公平な社会づくりのために、全力を尽くした。

その人は私たちから熱狂的な支持と信任を受ていたが、それには決して満足しなかった。その人は、私たちが自分で声を上げ、正義のために働くように鼓舞した!

その人の現れる前と後では、世界はまったく変わってしまった。以前は私たちにとって世界は誰か他人のものだった。だが、今は! 私たちのものになったのだ!

私たちの国の指導者となったその人は、ある日、奴隷解放宣言を行うことを発表した。私たちは熱狂した。私たちはもはや人に使われ搾取される存在ではない! 本当の自由が実現し、そこではもはや誰もが奪われることがないのだ。

そして、ついに奴隷解放宣言の日がやってきた。私たちはこの解放の日を記念するため、朝から外に出て、行進し、喜び合い、歌いあった。その人は、正午きっかりに私たちの前に姿を現し、奴隷解放宣言を行った。この記念すべき瞬間を歓喜と花火が祝福した。

それと同時に、私たちの引き出しから、物置から、靴箱やクローゼット、便器の中、ありとあらゆる隙間から、見たこともない人がぞくぞくと現れた。それらの人々は、解放されたと主張し、あっという間に私たちを数で圧倒し、私たちの世界を埋め尽くした。

苦い文学

ワルニガミ

2月17日に「ワルニガミ」と題したニガミ17才のライブが渋谷で開催された。最近はちょっと離れていたが、最初の一音を聞いただけで、その魅力に引き込まれた。

ニガミ17才はもともと4人編成のバンドだったが、今はドラムが抜けて、サポートメンバーが入っている。代役ではあるけれども、ニガミ17才のよさはまず、このドラム(谷朋彦)とベース(イザキタツル)のハードな演奏にある。

この演奏をベースに、岩下優介(ボーカル、ギター、サンプラー)の変態的な世界が展開するのだが、そうなると、リズムがどことなくユーモアを帯びてくるのが面白い。もちろん、全体としてとてもかっこいいのだが、単なるかっこよさに終わらないのが、凄さというものだろう。

しかし、凄いだけだとさすがに疲れてしまうが、平沢あくび(シンセサイザー)の存在がこれをソフトに仕上げてくれるので、結果として「ものすごいハードで変態だけど、子どもから大人まで楽しめて」しまう独特の世界が現れることになる。

ニガミ17才は2021年9月にサンリオピューロランドでライブをするという変わったこともしているが、これもこのバンドならではのことだろう(実際に楽しかった)。

最後に、このバンドについてよく知らない人のために1曲紹介したい。不朽の名曲「ただし、BGM」だ。ぜひ YouTube で MV も見てほしい。

苦い文学

RHYMESTER

私の友人にクレイジーケンバンドの熱心なファンがいる。クレイジーケンバンドのライブは絶対に欠かさないのだ。

2月16日の RHYMESTER の武道館ライブにも、クレイジーケンバンド(横山剣とスモーキー・テツニ)がゲストとして参加するので、その人はチケットを買った。だが、あいにくその席は「めっちゃよくない」席だった。それでその人は別にもっと良い席を取ったのだが、結果として1枚「めっちゃよくない」席が余ってしまった。

そして、その席が私に回ってきたのだった。その代わり、私は、間違えて1枚余計に買ってしまった羊文学の新譜(ブルーレイ付き)をその人にあげた。物々交換の成立だ。

このライブは、去年出た新譜「Open The Window」のリリース・ツアーの一環で、このアルバムに参加したゲストミュージシャンも総出演した。クレイジーケンバンドのほかに、岡村靖幸、スチャダラパーといった私でも知っている人もいれば、そうでない人もいたが、どれもよかった。

RHYMESTER によれば、武道館でライブをするのは17年前、活動休止の前以来ということで、特別な感慨があるようだった。ライブでは、その活動休止前の曲もやってくれた。そして、その中には、もちろん、あの名曲「肉体関係 Part2 逆Featuringクレイジーケンバンド」も含まれている。

「Open The Window」は、新譜の収録曲のタイトルでもある。「窓を開いて対話をして風通しをよくすれば戦争は止められる」みたいな曲だ。

この曲の直前の MC で、今世界で起きている戦争についての言及があって、ウクライナ、ガザの次にミャンマーが出てきた。

私はちょうどミャンマーの戦争地帯から帰ってきたばかりで、こういう場でミャンマーの名前が挙がることはちょっとした驚きだった。私のいたところで「窓を開いて対話」がどの程度進捗していたかはわからないが、屋根を突き破って砲弾が降ってきたという話はなんどか聞いた。

苦い文学

私たち

外国人たちが日本の元号を使いうのをやめろと文句を言っているらしい。いったいなんのつもりなのだろうか。この国のやり方に従えないのなら、どうぞ出て行ってもらおう。

そして女たちが過去のあれこれを蒸し返して私たちを攻撃している。私たちが甘やかしすぎて、増長したのだ。

それに子どもも若い連中もなにをしでかすかわからない。教育もダメだし、管理するやつらもだらしない。損をしてイヤな目にあうのはいつだって私たちだ。

だがもっと剣呑なのは老人たちだ。私たちを轢き殺そうと虎視眈々のおいぼれどもだ。ベッドにでも縛りつけておくほうが、私たちにとってはよっぽど安全だ。

あろうことか、貧乏人どもが人権などと言い出して、私たちを責めたて始めた。人並みに人権が欲しいならば、生活保護などもらうのやめて真面目に働くがいい。これもインチキ活動家と弁護士どもが裏で煽動しているに決まっている。私たちから奪えるだけ奪い取ろうという魂胆だ。

いや、それか野党の連中だ。こいつらは生来の異常者で、私たちの国を滅茶苦茶にして、外国のハゲタカどもに売り払おうとしている。全員逮捕すべきだ。

日本は卑しい犯罪者が多すぎる。こいつらは私たちの金を狙っているのだ。だが金を奪いたいなら私たち以外からにするがよい。

そうだ、私たち以外からだ。

それにしても、私たちであることはなんと誇らしく美しいことだろうか。この美しい私たちを守るために、私たち以外の最後のひとりがいなくなるまで、全力を尽くして私たちは連中を戦わせるつもりだ。

苦い文学

Heavenly Home

メーソートで私たちを案内してくれたカレン人の牧師は、子どもたちの施設を運営している。Heavenly Homeという名のその施設に最後に連れて行ってもらった。

そこでは約85人の子どもたちが生活している。男女ほぼ半々で、最年少は5歳、最年長は19歳だ。障がいのある子も何人かいた。こういうことについては私はよくわからないが、足が不自由で杖をついている女の子がいて、私たちをみると、とてもうれしそうにほほ笑むので、おおいに癒された。

カレン人の牧師だから、カレンの子ばかりと思ったらそうではなかった。アラカン、ナガ、ラフ、インド系の子どもたちもいる。杖の女の子はカチンだそうだ。それぞれ独自の言語を持っているが、ビルマ語が共通語だ。家庭環境も、親がいなかったり、家族に問題があったり、親が HIV だったりとさまざまだ。

子どもたちはこの施設に暮らしながら、タイの学校に通っている。学校もあちこちにあるようで、車で朝夕の送り迎えをするのも、牧師の役目だ。現在、別の場所で大学に通っている子もいるという。

この施設の運営費について牧師に聞くと、かつては特定の団体から支援を受けていたが、現在はそうではないという。

「ある組織から資金をもらうと、その団体の基準を受け入れなくてはならないだろ。そうすると、その基準に合わない子は施設で受け入れることができなくなる。それじゃ、現場に即した支援はできない。で、そういう形で資金援助を受けることはやめたんだ」

エライ組織に属さないインディー施設だ。おなじくインディー系の私としてはおおいに気に入った。