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聖地巡礼

私たちの夢は聖地巡礼だ。鋭い山頂に乗っかる聖域、海の光が眩い白い塔、風の吹く墓地。いつか、いつか巡り歩きたいと思いながら、つらい人生を生きている。

私たちには養うべき家族がおり、支払うべき負債があり、苦しむべき労働がある。夜は亡霊のようだ。

私たちには知恵も生気もなく、ただ奪い取られるばかり。報酬はといえば、恥辱と侮蔑だけだ。孤独が孤独でもこれほど孤独ではないだろう。

いつか金を手に入れたら、いつか自由を手に入れたら、いつか頭を上げることができたら、いつか、いつか、いつか……いつか私たちは聖地巡礼の旅に出発するだろう。

だが、私たちは決して聖地に着くことはないだろう。私たちが聖地に行くよりも先に、病と老いと死が私たちのもとにやってくるから。奪われ続けた私たちは、苦しみと悲しみにまみれた生を最後に奪われるのだ。

そして、そのとき、私たちは、自分たちが知らずして聖地を巡礼していたことを知るだろう。

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知的生命体の探索

地球人はついに星々を巡る船を建造し、知的生命体を探索する旅に出発した。もちろん闇雲に探すのではない。地球人たちは遠い星のいくつかにもう目星をつけてあった。

数万光年の旅のすえ、船は最初の星に到着した。だが、そこには生命と呼べるものはなかった。そこで、さらに数万光年の旅を続け、2番目の候補の星に辿り着いた。船は星全体をスキャンしたが、小さな微生物がいるだけのようだった。

船が3つ目の星に着くまで、さらに数万光年の虚空を突き進まねばならなかった。そして、その星で地球人は不思議な存在を見つけたのだった。

それはまるで枯れた樹木に似ていたが、目や口のような器官があった。そして、この樹木たちは、その口のような穴ボコを動かして、互いに話し合っているようなのだった。地球人はこれこそ知的生命体かもしれないと大いに興奮した。

「私たちは遠い星、地球から知的生命体を見つけるために旅をしてきました。みなさんとお会いできて光栄です」

すると、樹木たちはぴたりと動きを止め、ぶつぶついう声も聞こえなくなった。

「なんだ」と地球人は言った。「知的生命体ではないのだな」

がっかりして地球人が立ち去ろうとしたとき、一本の樹木が鋭い音を発した。その音の分析には長い年月がかかり、それが分かったときには、船は遠く離れた別の星域を漂っていた。

樹木はこう言ったのだった。「僕たちも知的生命体の探索のためにこの星に派遣されたんだよ。大変だよね、知的生命体を見つけるのって。お互いに見つけられるよう、がんばろー……」

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笑って長生き

人間は笑うと、ストレスホルモンが減少し、免疫力が高まる。ガンだって消えてなくなる。つまり健康になる。とすると、笑い続けることは健康であり続けること、そして、健康でいるかぎり人間は死なない……

この真理に到達したその日から、私の友人は笑い続けている。笑い声をたて、腹を抱え、涙を流し笑い続けている。もちろん、笑えることがそんなにあるわけではない。独自に考案した化学的な刺激により、可笑しみが脳内に醸成され、それが半永久的な笑いの爆発を引き起こしているのだ。

彼は始終笑い転げている。笑いすぎて何も食べることはできない。口に入れたものを吐き出してしまうのだ。なので、管を体に入れて栄養補給している。それに、ぐっすり眠れもしない。かわりにほんの数秒ほどの睡眠を数分おきにとっているだけだ。排泄も難しく、体はいつも汚物で汚れている。人間は笑いながら排泄するようにはできていないということがよくわかる。

私はしばしば彼のところに行き、時間を過ごす。もっとも、彼が私のことを認識しているかどうかはわからない。なぜならその目はまったくうつろだからだ。だが、ときどき、その目に苦悶と悲しみがよぎるとき、私は彼の視線を感じる。ほんの一瞬だが、殺してくれと目で語りかけられたような気がする。私はむしょうにおかしくなって、笑いが止まらなくなり、しまいには彼よりも大きい声で笑ってしまう。

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エスカレーターの囚人

私のよく利用する駅のエスカレーターに人ひとり分の幅しかないものがある。私は乗り込む車両の関係からいつもそのエスカレーターを使っている。

すいている時間のときは、人々はそのエスカレーターを歩いて降りていってしまう。しかし、朝の混雑時は、車の渋滞と同じように前に進めなくなるのか、誰も歩かずに、ただ立って降りていく。そのせいで、エスカレーターの入り口には、乗るのを待つ人々が群がり、人溜まりができている。

ある朝、私がその人溜まりの中でエスカレーターに向かって少しずつ進んでいると、前の方で鼠色のTシャツを着た男が、人を押し除けて割り込むのが見えた。私はそれを見て思った。そのままエスカレーターを駆け降りるつもりなのだろうが、そううまく行くかな。

はたして、エスカレーターでは、この男は立ち止まらずにはいられなかった。彼にとって残念なことに、前は人が詰まっていたのだった。

私は男から6人ほど後ろに立って、男の背中を見ていた。イライラしているようだった。彼は乗り換えの電車に間に合わないと焦っているのかもしれない。それとも、仕事に遅刻しそうなのだろうか? だが、どうすることもできまい。降りることも、引き返すこともできないのだ。彼はエスカレーターにとらわれた囚人だった。私は内心笑わずにはいられなかった。

そもそもエスカレーターは駆け降りたり駆け上ったりするものではないのだ。そういうときは階段を使わなくてはならない。この男はそれを知らなかったのだろうか? 今回のことはいい教訓になろう。もっとも、この男にそれだけの知恵があるならばだが。

私たちを乗せたエスカレーターは下に進んでいった。そして、ついに前の男は最下段に到達した。後ろ上方から見つめる私は、この男が慌てて走り出すのを見たかった。そして遠ざかる男を見ながら「急げ! 急げ! 遅れちゃうぞ!」と笑ってやりたかった。

だが、それはできなかった。なぜなら、エスカレーターの下は左の通路につながっていたから。男は左側に姿を消したのだった。

私はまだエスカレーターで降りている途中だった。下に着く頃には男はとっくにどこかに姿を消しているだろう。エスカレーターを駆け降りたいのにできないので、とてもイライラした。

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【今日の講話】お盆の物語

今日は、お集まりの皆さんに、お盆にちなんだお話をいたしましょう。

ある裕福な男が夢を見たということです。見ると、亡くなった両親が地獄で苦しんでいます。燃え盛る炎が、二人の体を焼き、食べ物も水も口に近づけるや炎と消えてしまうのでした。

男は駆け寄って助けようとしましたが、見えない壁に隔てられて近づけません。男は絶望して、泣くばかりです。

そのとき、仏様がやってくるのが見えました。男は仏様の足元に身を投げ、苦しんでいる両親を助けるにはどうしたらよいか涙ながらに尋ねました。

「男よ」と仏様は言いました。「目が覚めたら、貧しい人々のために働きなさい。それがお前の両親を救うであろう」

男は朝、起きるや否や、街に出て、貧しい人々に施しをはじめました。飢えた人々には食べ物を与え、家のない人々には住むところを世話し、親のいない子どもには安心して勉強できる場所をつくりました。

そして、善行の一日が終わると、男は再び眠りにつきました。

夢の中で、男は両親が楽しげに暮らしているのを見ました。火炎地獄とうってかわって、そこは穏やかな光に包まれ、涼しく爽やかな風がそよそよと吹いていました。

両親は男を見ると、感謝に手を合わせます。男は言いました。

「お父さま、お母さま、もうすぐお盆でございます。お盆には、亡くなった方々がこの世に戻ってくるとのことです。今年のお盆には、供え物でおもてなしいたしますので、ぜひおいでください」

すると両親は言いました。「いいや、わしらはここにいるよ」

「それはまたどうして」と、驚く男にこう両親は答えました。

「お盆の日本は地獄より暑いからの……」

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神のみぞ知る(3)

「それは『赤信号はみんなが渡るときがいちばん怖い』という言葉です」とドイツ人は答えた。

「確かに日本と逆ですね。で、どんな意味なのですか」

「ドイツの歴史についてはご存知でしょう。私たちドイツ国民はかつて恐ろしい犯罪を犯したのです。どうしてそんなことが起こったのでしょうか。どうして『殺すな』という聖書の教えをあれほど簡単に破ることができたのでしょうか。それは私たちドイツ国民がみんなでルールを破ったからなのです」 

ドイツ人はしばし沈黙した。「そうなのです。私たちは学んだのです。みんなで赤信号を渡るとき、とても恐ろしいことが起こるのだ、と。ちょっとあれを見てください!」と、彼が指差したその先には歩行者用の赤信号があった。

「あの赤信号の人物が、両手を広げて立っているのは、ああやって、後ろからやってくる人々が赤信号を渡らないように、防いでいるのです。そうやってドイツ国民ひとりびとりが自分の責任においてルールを守ろうとしているのです。歴史を繰り返さない、そういう固い決意があの赤信号に込められているのです!」

これを聞いた日本人は大いに感動したというが、ここで、真偽のホドについては、もろもろひっくるめて、それこそ神のみぞ知る、であるということを注記しておきたい。(おしまい)

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神のみぞ知る(2)

そのとき、ふとある記憶が蘇ってきた。違う、私は知っていた。「通せん坊」ポーズには意味があったのだ。

これはドイツに留学していた人から聞いた話だ。その人はあるドイツ人学生と、ベルリンの街を歩いていたのだ。二人が道を横断しようとしたとき、信号が赤に変わった。彼は立ち止まったが、ドイツ人学生のほうはそのまま彼を置いて渡ろうとした。車通りがなかったからだが、数歩で引き返してきて、謝った。

「これは申し訳ないことをした。赤信号なのに渡ってしまいました」

「いえ」と日本人。「日本でなら私も渡っていましたよ」

「しかし、日本人は誰でもルールを守るというではありませんか」

「そんなことはありませんよ。日本ではなにしろこう言うくらいですから。『赤信号、みんなで渡れば怖くない』って」

その言葉を聞くや、ドイツ人はひどく真面目な顔つきになった。「なるほど……面白い格言ですね。ですが、ドイツにはそれとまったく反対のスローガンがあるのです。だからなおさら私は自分のしたことを恥ずかしく思っているのです」

「というとどんな言葉ですか?」と興味をそそられた日本人は尋ねた。

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神のみぞ知る(1)

ベルリン滞在中に、ビーチボーイズのブライアン・ウィルソンの訃報を知った。街角のニュース速報で見たのだ。

ビーチボーイズの名曲は数知れないが、後世に与えた影響の大きさでいえばアルバム『ペットサウンズ』がまずあがる。このアルバムにも名曲が多いが、いろいろ好みがあるにしても、代表曲を「神のみぞ知る」とするのに異論はないだろう。

メロディ、コーラス、演奏、アレンジ、どれをとっても完璧で、初めから終わりまでが、まるで小さい宇宙のようにひとつの世界を作っている。歌詞もまたロマンチックだ。

God only knows what I’d be without you(君がいないと僕がどうなるかなんて、神様だけが知っている)

ところが、よくよく考えてみると、ロマンチックどころか、これは脅しではないだろうか。今の時代にこんなことを女性に言ったら、接近禁止命令はまず間違いないところだろう。

それはさておき、「God only knows」は英語の慣用句でもある。「誰にもわからない」という意味で、「自分は知りませんよ、神様にどうぞ聞いてください」という、いわば無責任な態度だ。

そんなことを考えながら、私はベルリンの街を歩き回っていた。そして、信号を何度も渡っているうちに、あることに気がついた。

赤信号では、人の形が赤く光る。これは日本でも同じだが、日本では人が直立しているだけなのに、ドイツでは人が両腕を広げて、まるで通せん坊をしているみたいに立っているのだ。

信号で立ち止まっているだけなら、直立している姿で十分なのだが……これはいったいどういう意味があるのだろうか。

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感じるゾーン

ベルリンに行くため、空港の搭乗ゲートに着くと、もうボーディングのアナウンスが始まっていた。

女性スタッフがボードを掲げて、ビジネスクラスと子連れの家族に搭乗を促していた。しばらくすると、エコノミークラスの搭乗も始まった。女性スタッフが Zone 1 と記されたボードを見せて回る。該当する人々が席から立ち上がり、たちまち列ができた。

私は搭乗券を見た。Zone 4 と書いてある。まだまだ先だと思いながら、空いた席に座った。カウンターに向かう人々を見ていると、列の脇に立つひとりの男に目が止まった。

その男は見た目は普通の旅人のようだった。だが、私の目にいかにも異様に思われたのは、その赤みを帯びた顔とうつろな目つきであった。さらに観察すると口をもごもご動かして、「アッ」とか「ハッ」とか小声で言っているようだった。

この不審な男に気を取られている間に、新たな案内が始まった。女性スタッフが「Zone 1 & Zone 2」というボードを手にやってきた。

そのとき、さらに異様なことが起きた。例の男はそのボードを見るや、手で自分の胸を押さえたのだった。その顔はさらに赤みを帯びた。興奮しているのだ。体がワナワナと震えている。男は恍惚とした表情で自分の胸を手で覆っていた、いや、遠目からもわかるくらい強く握っていた。

そして、Zone 3 のボードを持ったスタッフがやってくるころには、次に何が起きるか、私は理解していたように思う。男は自分の腹に手を当てた。ここが Zone 3 なのだ! 手はその Zone を激しく掻きむしった。興奮の喘ぎがはっきりと聞こえた。顔は紅潮し、その目はまるで飴のようだった。

Zone 4 の番が来たとき、男の身に起きたことについては、なにもいうことができない。というのも、私は恐るべきカタストロフィの予感に居ても立ってもいられなくなり、ボードがやってくる前に列に並んでしまったからだ。ただ、Zone 4 のボードを持った女性スタッフが私の並ぶ列を通り過ぎていったとき、自分の背後でなにかが倒れる音と「ゾォオォンン……」という歓喜とも苦悶ともつかぬ呻きを聞いただけだ。

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切り取りの怪物(3)

切り取り報道をつなぎ合わせてできた怪物は、フラフラと街を歩きだした。まわりでは人々が悲鳴をあげ、罵り、嘔吐していた。彼の歩む道の先には線路があり、何本もの電車がけたたましい音を立てて、猛スピードで行き来していた。山手線、京浜東北線、東海道新幹線、西武新宿線、目蒲線……。

彼はまるで吸い寄せられるように線路に近づき、鉄柵をよじ登り、その上に立った。もはやひとつのことしか考えられなかった。轢き殺されてバラバラになって、もとの切り取り報道に戻ろうと、彼は突進する電車に身を投げた。

そのとき、あたたかい光が彼を包んだ。その光はふわりと線路から運び去り、安全なところに着地させた。そして、さらに驚くべきことが起きた。怪物の身体中にある切り取り報道のツギハギが、すっかり消えてしまったのだ。怪物はもはや醜くなかった。その肌はスベスベで、光り輝いていた。首に刺さっていたペンもポトリと落ちて、彼の足元に転がった。

光の中から、不思議な声が聞こえた。「私はファクトチェック機関のスタッフだ……切り取りだというお前の体の報道をひとつひとつファクトチェックしたところ、ぜんぜん切り取りではないことが確認できた……」

「フンガー!」 歓喜の叫びがその口から響き渡った。

そして今、人間となった彼は、愚かな保守政治家たちの歴史修正発言に目を光らせ、新聞をチョキチョキ切り刻んで、スクラップする毎日だ。(おわり)