苦い文学

元気ちがい

日本を元気に……

日本全国に元気を届ける……

元気……元気……元気……

いつから私たちはその言葉を耳にし始めたのだろうか。ずっと昔すぎてもうわからない。中には生まれる前から、元気……元気……産声もきっと元気がなかったのだ……

いったいいつ日本は元気になるのだろうか。こんなに元気元気と言われ続けているのに……

これから10年先、20年先、100年後までも、元気……元気……元気……と言い続けるつもりなのだろうか。だが、そんなにもして元気にならないというのならば、この日本はもう元気にはならないのではないだろうか。死んだ人間が生き返りでもするような……

はっ、それとも、本当は元気なのでは? そうだ、決して空元気などではない。元気だ。ただ、この国のことだ……国が認めないのだ……国産じゃなきゃって……

「出る元気は打たれる」というわけ……

いや、もしかしたら、元気判定師みたいなのがいるのかも。そいつがそんじょそこらの元気じゃウンと言わないのだ。縦に振らないのだ、首を……

これは別の元気です……元気ちがいです、と。

いつか、元気ちがいのこの国から「日本を元気に」と言う元気がなくなるまで……

苦い文学

せんべろ以上

「二百べろですって?」と私は叫んだ。

「ええ、二百べろが可能なのです」

「なんと酒呑みにやさしいではないですか」 私は思わず興奮してしまった。「なにしろ、失業中の身には千円でもつらいですからね……あ、いや、昔はこれでもせんべろで酔っていた身分でした」

「かつてはずいぶん羽振りが良かったのですね」

「お恥ずかしい話で……で、その二百べろはどこにあるのです」

「なに、すぐそこでですよ……」 そういう彼は私を上野駅に連れていった。「なるほど、上野ですか。確かに安く酔える店がありそうです。で、どんな店なんです」

「まあ、お待ちなさい」と彼は駅の売店でガラスカップの酒を2個買った。200 ml 入りで、200 円。その酒をどうするかと思っていたら、私に1個渡すではないか。「ひとつぐいっとやってください」

私は腹を立てた。「なんだ、その手には乗りませんよ。確かに 200 円かもしれませんが、そんなもんじゃべろべろのべの字にもなりませんよ。5本飲んで、ようやく酔いが回るくらいですよ」

すると彼は「まあ、まあ、私の言うとおりになさい」とスタスタ歩いていくではないか。慌ててついていくと、私たちは中央連絡通路に出た。この通路は、上野駅中央改札口と常磐線、山手線・京浜東北線などを繋ぐ通路だ。

「この中央連絡通路は、日本でいちばん天井が低い通路なのです。しかも、天井から突き出た梁の部分を見てください。黄色いクッションが取り付けられているでしょう。あそこがもっとも天井が低いので、頭をぶつける人が続出するため、あんなふうに保護しているのです」

「それが二百べろとなんの関係があるのです?」

「見ててごらんなさい。ほら、あの人」と彼はひとりの千鳥足の男を指差した。「彼は私たちの仲間ですよ!」 

私が見ていると、その男はふらふらとよろけて、黄色いクッションに頭をぶつけた。「あっ」 私が叫ぶと彼はほほ笑んだ。「大丈夫ですよ。あれはわざとぶつけているのです」

「なんでですか?」

「なんでって、酔いのまわりをよくするためですよ!」 こう話している間に先ほどの千鳥足の男はまた別のクッションに頭をぶつけた。ぶつけるたびに足元がいっそうおぼつかなくなるようだった。

「私のみるところ、あの友人は10回ほど頭をぶつけていますね。二百べろ達成ですよ!」

私はもう我慢できなくなった。もらったカップを開けると一気に飲み干し、天井の低い通路に飛び込んだ。さっそく一回頭をぶつける。

彼が叫んだ。「その調子! 今の感じだとまだ九百べろですね! 二百べろにするためにもっとたくさん頭をぶつけるのです!」

私はいくども頭を打ちつけ、次第に酔いがまわりべろべろになっていった。朦朧とした頭の中で、私はこの中央連絡通路にあの千鳥足の男だけでなく、他にもたくさんの酔漢が足をくねらせながら、頭をぶつけているのを見た。ここは酒場だったのだ!

いつのまにか、私の友人も加わっていた。頭を血まみれにした彼は、上機嫌に笑っていた。「これぞ酒呑み天国だ!」 「そうだ!」 私たちは勢いよく互いに頭をぶつけ、そのまま昏倒した。

苦い文学

自己肯定感と守護霊

自己肯定感と守護霊は似ている。

というのも、どちらも人生の成功、幸福、安らぎに大きな役割を果たすと言われているから。逆に言えば、惨めな人生を送っている人は自己肯定感が低く、また守護霊も応援していないと考えられている。

まだ似ているところがある。それは、どちらも本当にあるのかどうかわからないという点だ。いや、自己肯定感をバカにするな、ちゃんとした心理学の概念だ、という人もいるかもしれない。私は心理学はよくわからないが、多分、その存在に関する科学的根拠はなさそうだ。そして、守護霊の存在に科学的根拠がないのはもちろんだ。どちらも幻みたいなのだ。

それに、私たちは普段生きているとき、自己肯定感も守護霊もあまり気にしない。いや、ないようなつもりで生きている。なにか困ったとき、つらいとき、苦しいときだけ、その説明原理としてどちらも現れる。楽しいとき・好調なときに「俺は自己肯定感が高いから気分いいな」とか、「これは守護霊のおかげだ、ありがたや」などと考える人はいない。

もしかしたら、どちらも生きる上では不要なのではないだろうか。なんだか、ますます幻のような気がしてくる。

そして、もっとも似ているのは、それで金儲けする人、つけこむ奴らがいる点だ。私たちはこうしたペテン師たちに喜んで大金を支払うのだ。

こうしてみると、むしろ、自己肯定感も守護霊も、私たちを苦しめるためにでっち上げられたマヤカシだというのがふさわしい。

苦い文学

自己肯定感の高め方

自己肯定感とは、ありのままの自分を受け入れること。自己肯定感が高いと、自分はなんでもできるという自信が溢れてきます。だから、自己肯定感の高い人ほど、積極的にチャレンジできますし、努力などしなくても自ずと成功が舞い込んできます。

また、自信のある人の周りにはたくさんの人が集まります。いわゆる「人たらし」と呼ばれるのもこんな人。周りからチャンスとサポートがどんどんやってくるので、気がつかないうちに成功してしまうのです。

では、逆に自己肯定感の低い人はどうでしょうか。自信がなく、いつも隅っこにいます。まるでダンゴムシのようなので、誰も寄って来ません。孤独で貧しい人がこれにあたります。こうした人は毎日を生きるのがつらいです。一歩あるくごとに、自己肯定感がすり減っていくのです。

そして、とうとう自己肯定感がゼロになると、自殺かテロのどちらかしかありません。自己肯定感が低いというのは本当に恐ろしいのです。

ですので、自己肯定感を高めていくことがとても大事です。では、自己肯定感を高めるには、どうしたらいいでしょうか。

まず、自己肯定感を高めることができるという自己肯定感を高めることです。そしてそのために、自己肯定感を高めることができるという自己肯定感を高めることができるという自己肯定感を高めることです。そしてそのために、自己肯定感を高めることができるという自己肯定感を高めることができるという自己肯定感を高めることできるという自己肯定感を高めることができるという自己肯定感を高めることできるという自己肯定感を高めることができるという自己肯定感を高めることできるという自己肯定感を高めることができるという……

苦い文学

非包茎税

いわゆる独身税の成功に味を占めた日本政府が、新たな税源の確保を目指して開始したのが、「非包茎税」でした。これは、包茎でない者が負担する税であり、その税収の一部は「少子化対策包茎家庭支援金」の財源となりました。この制度は、包茎男性の自信を強化し、包茎家庭における子作りを活性化させることを目的としていました。

一見、非包茎者にとって不公平に思えるこの制度でしたが、ひとつ変わった特典がありました。「非包茎税」を収めた国民は「非包茎納税者」としてネット上で広く公示され、また、「非包茎納税者」であることを示すステッカーが与えられたのです。

そのためかどうかわかりませんが、多くの国民がこぞって「非包茎納税者」として納税し、政府の税収を押し上げたと記録されています。実際の「非包茎者」割合から、偽りの非包茎者が多くいたものと推定されていますが、あくまでも自己申告ベースであったので、問題にはなりませんでした。

ただし、非包茎であるのもかかわらず、包茎だと偽って納税しなかった場合、きわめて悪質な脱税として、追徴金のほか重大なペナルティが待ち受けていました。これら国の義務を遂行しない「仮性国民」は、「善悪を見分ける目が皮で覆われた皮いそうな者」と大いに軽蔑されたそうです。

苦い文学

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風刺・戯文

マスクの美人

コロナ禍という閉塞的な状況がそうさせたのかもしれない。私は妻子ある身でありながら、他の女性に恋をしてしまった。

その女性は、朝いつも同じ車両に乗る。いや、恥を忍んでいってしまおう。私はわざわざその人に合わせて、電車に乗っていたのだ。

その頃はといえば、私たちは不便なマスク暮らしだった。だが、その人のマスクに隠されない部分、つまり、美しい鼻筋や、感情を掻き立てる目、そして、知性的な額を見るだけで、私の心は躍った。

ときおり、駅ビルや駅前のショッピングセンターで、彼女の姿を見かけることもあった。私は思わず立ち止まり、その美しい姿を目で追わずにはいられなかった。

だが、思いもよらない事態が生じた。コロナが収束したのだ。人々はもはやマスクをつけて歩かなくなった。そして、その時以来、私は彼女を見失ってしまった。

私はいつもの電車に乗る。あの人がいつもいたあたりで、ひとりひとり女性の顔をこっそり覗き込む。だが、彼女はもういないのだ。

私は彼女のいた時間帯、いそうな時刻に駅や街をさまよい歩いた。人々の中に彼女の面影を追い求めた。思い詰めた私は、片目をつぶり、片手をかざして自分の視界を覆った。そうやって道ゆく女性の顔の下半分を隠してみたのだ……違う、違う、違う、これも違う……不審者あらわるとの通報に駆けつけた警察の顔も思わず半分隠して、これも違う……。

そんな苦難を経た私に、ついに朗報が飛び込んできた。最近、中国でまたおかしな病気が流行ってるという。おお、ニュー・パンデミックよ、来たれ! 私はきっと彼女と再会できるだろう。

苦い文学

死に至る病

哲学倶楽部の先輩から、「君はこれを読むべきだな」と、ゼエレン・キェルケゴオルのその本を渡されたとき、私たちの友人は「死に至る病……?」とそのタイトルを口にしたきり、絶句したそうだ。

そして、その時から、彼の人生は大きく変わった。かつては市街のあちこちのカフェで、旧制高校の制服と学帽を得意げに着た彼の姿を見かけたものだが、そんなこともなくなった。

それどころか、街外れや田園地帯を彷徨い歩く彼の姿が目撃されるようになった。着物はズタズタに破れ、蓬頭垢面のそのありさまは、狂人さながらであった。いや、そうだったのかもしれない。もともと、細かいことに拘泥する質の彼だったから、それがついに度を越してしまったのだ。

しかも、さらに異常だったのは、甲高く、耳障りな声で始終叫び続けていることだった。まるで怪鳥が同類を求めて鳴き続けているかのようだった。

そして、ある日、彼が道端に倒れているのが発見された。その時にはもう虫の息で、ただかすかな声で鳥のように鳴くのだった。彼が息を引き取ったのは、それから数時間後のことだった。

私たちは、死んだ彼が『死に至る病』を固く握りしめているのを発見した。私たちは苦労して彼の手からその書を外した。彼の死の秘密を探るべく、パラパラとめくった。だが、秘密どころか、1ページも読んでいないようなのだった。その真新しい書物を見て、誰かがポツリとつぶやいた。

「彼は……『キェ』の発音から先に進むことができなかったのだ……」

苦い文学

諸子百家の時代

古代中国の春秋戦国時代の話です。当時は「諸子百家」と呼ばれるさまざまな思想家が現れ、競って諸侯に自分の政策を採用するように提案したものでした。

ある思想家が、共という国にやってきて、王にこういいました。

「王よ、王の国は今まさに三低三少、四無五失、八失人員によって滅びようとしています」

当時の資料によれば、「三低三少」とは地位が低く、付き合いや少ない人、「四無五失」とは、家族や資産などがなく、失敗と失意の人生を送る人、「八失人員」とはすべて失った人のことをいうそうです。

王は答えました。「お前の提案を述べよ」

「三低から三少を引くとすなわち何もなくなります。四無と五失を足すと九です。この九から八失人員の八を引くと一になります」

王はあまりに愚かな解決策に声を荒げて尋ねました。「お前は、その残りの一をどうしようというのか」

思想家は平然と答えました。

「この一から一党独裁の一を引けば、何もなくなり、すべて解決いたします」

この思想家がその後どうなったかについては、いかなる歴史書にも記されておりません。

苦い文学

お餅の事故

「フグの卵巣より危険な食べ物を知っていますか」と博士は問いかけた。「ええ、お分かりですね。それはお餅です。フグの毒で亡くなる人より、お餅の事故で亡くなる人のほうがはるかに多いのです。餅は危険だ! 餅を禁止しろ! そう言うのは簡単です。ですが、お餅は日本の大切な文化です。お餅がなくなることは、この日本を破壊することなのです」

客として招待された私たちはじっと老博士の言葉を聞いていた。

「なんとかしなくては、この状況を変えなくては、そんなふうに考えていた私は、あるとき、ひらめいたのです。もしも人間の摂取器官が、お餅を摂取しても窒息しないような構造だったら、こんな事故など起きないのではないか、と。これが研究の出発点となりました。そして、今日、みなさんにおいで願ったのは、お餅を食べても絶対に窒息しない新しい日本人の誕生をともに祝うためなのです」

期待と多少の恐怖にざわめく私たちの前で博士は叫んだ。

「さあ、出てくるがよい!」

博士の後で凄まじい音がして、壁が崩れた。そして、見るも恐ろしい生物が現れ出たのだった。私たちは悲鳴を上げることすらできなかった。博士はポケットから餅を取り出した。「みなさん、見てください!」

博士の手に乗った餅を前にして、その恐ろしい生物は口を開いた。だが、それはなんという口であったろう。四方に裂けたその口の中には、無数の牙がびっしりと生えていた。そして、その牙の間には、蛇とナメクジの合成生物のような器官がおぞましくも密生し、うごめいているのだった。それを見るや、誰もが嘔吐を始め、ご婦人方は失神してバタバタと倒れた。

その恐怖の生物は耳を破壊するような異常な絶叫を上げるや、餅ばかりでなく老博士を飲み込んだ。そして、血にまみれた翼を広げると、お餅の事故におののく私たちを置き去りにして、空のどこかに飛んでいった。