苦い文学

災害

南海のどこかで怪獣が現れて、日本に向って北上をはじめた。小笠原諸島を通過し、八丈島に接近したかと思うと、あれよあれよという間に大島沖までやってきた。

怪獣はそこで少し東に針路を変えた。急きょ設けられた災害対策本部は慌てふためいた。東京湾に侵入しようというのだ。上陸地点は川崎から浦安のあいだのどこかにちがいなかった。

関東全域に緊急事態宣言が発令された。上陸予想地点には自衛隊の部隊が派遣された。

東京湾沿岸の住民たちは争って東北地方や関西地方に逃げだしたが、政府は混乱を避けるため交通を遮断した。食料品と生活必需品が不足し、奪い合いが起きた。パニックと略奪と放火が徐々に広がっていった。

そしてついに怪獣が都民の前に姿を現した。その巨大な生き物は海から東京を睥睨すると、波を起こしながら岸に近づいていった。

その時だった。韓国の議員が竹島(独島)に上陸したとのニュースが政府に伝えられた。

首相は直ちに会見を行い、極めて遺憾との意を表明した。政府は、駐日韓国大使館に抗議の声明を送った。また与党系の議員団は「到底受け入れることのできない暴挙」だと強く非難した。また、右翼系の政治団体はこぞって抗議運動を展開した。

このように政府が竹島問題に全力で取り組んでいる間、怪獣は東京湾沿岸の諸都市を破壊し、海に帰っていった。

苦い文学

別の魔法使いの弟子たち

遠い未来の死にかけた地球、新型コロナウイルスが猖獗を極めるアルメリーの丘陵地帯に、魔法使いが暮らしていた。魔法使いには、緑と藍の二人の弟子がいた。

緑はなにかにつけ飲み込みが早く、一を聞けば十どころか百を知る頭のよさだった。魔法使いは「地頭のよい男だ」と思った。

もう一方の弟子である藍は、真面目で勤勉だったが、頭の鈍さと不器用さがすべてを台無しにしていた。「地頭の悪い男だ」と魔法使いは思った。

あるとき、魔法使いはフェーダーズ・ワフトで起きた事件のため、しばらくの間、旅に出なくてはならなくなった。彼は二人の弟子を呼び、留守の間の諸注意を与えた。さらに、新型コロナウィルスの正体を明らかにすべく研究を進めよと命じた。そして、魔法使いはマスクの束を持って出発した。

長く困難な旅を終え、魔法使いは帰還した。彼はさっそく二人の弟子たちを呼び寄せ、尋ねた。

「お前たちは新型コロナウィルスの正体を明らかにすることができたかね」

地頭の良い緑は自信満々にうなずいたが、地頭の悪い藍は悲しそうに首を振った。

「では、緑よ、お前の答えを聞かせてくれ」

「新型コロナウイルスの正体は、嘘です。魔法使いビル率いる秘密結社が、人類を支配し、家畜化するために、恐怖をあおっているのです」

魔法使いは旅の疲れがどっと出たような気がしたが、それを表に出さず、もうひとりの弟子のほうを向いた。

「藍よ、お前が答える番だ」

藍は、申し訳なさそうに答えた。

「残念ながら、新型コロナウイルスの正体は明らかにできませんでした。ですが、手に入るかぎりのデータを収集し、実験と治験を繰り返して、かなり効果の高いワクチンを開発しました」

魔法使いは二人を去らせ、書斎にこもると、疲れた顔を擦りながら「地道にしく地頭はなし、だ」とつぶやいた。

苦い文学

入管の中の死者

死者がまるで生きているかのように街を歩き、人々を脅かした。警察はその死者を逮捕しようとしたが、法律は生きている人のためのものだった。

そこである賢い人が、死者を呼び止めて言った。「在留カードを提示しなさい」

死者はそんなものは持っていなかった。「なんだ、不法滞在外国人か」と、人々は安心した。そして、死者を捕まえて、海辺の入国管理局に連れて行った。

入管は、この死者がいつ入国したのかも、どんなビザを持っていたのかも、そしてどの国に強制送還したらいいかもわからなかった。だが、日本人ではないことは確かなようだった。なので、収容所に放り込んだ。

死者が収容されたとの噂は、たちまち収容所中に広まった。被収容者たちは憤慨し、恐れた。そして、新入りが来るや、死者ではないかと疑ってかかるのだった。だが、当の死者は、意外に生き生きとしていたので、誰にも気づかれなかった。

死者はものを食べなかった。食事に手を付けない日々が何日も経ったとき、まわりの被収容者たちが「俺たちも食べないぞ!」と騒ぎだした。死者が入管への抗議のハンストをしていると勘違いしたのだった。

ハンストは収容所中に広がった。慌てた入管職員たちは直ちに原因をつきとめ、死者を独房に閉じこめた。

死者はついに自分の墓に入れたと喜んだ。

苦い文学

別エンディング

私は一生懸命勉強をして、とある有名私大の入試に合格した。

ちょうど私が合格したとき、その大学のAO入試で、私と同い年の芸能人が、芸能活動と意欲が認められて合格したというニュースが飛び込んできた。

テレビでは、その芸能人に対する賞賛が繰り返されていた。これを見て、私は急に恥ずかしくなった。まるで自分が合格にふさわしくないように思えたのだった。それで、入学式から数日して、退学届けを出した。

私は暗い20代を過ごしたが、たまたま、社会的弱者に対する支援活動に関わるようになった。お金にもならなかったが、その活動に私はのめり込んだ。私はもてる時間、もてるものすべてをその活動に差し出したのであった。ついに一生の仕事を見つけた、と私は思った。

その活動を続けて何年か経ったとき、ある芸能人が、私の関係する同じ活動に多額の寄付を行ったことが発表された。のみならず、その支援活動を熱心に行う姿が報じられた。社会は賞賛の声を上げた。そして、私はその活動からいっさいの手を引いた。自分のやっていることが急にみすぼらしく思えたのだった。

私はすべてを失い、社会の暗い底でもがいていた。そこにコロナがやってきた。そのせいで、私はもはやもがくこともできなくなった。私は死のうと決意し、その準備を始めた。

その時、衝撃的なニュースが社会を揺るがした。ある芸能人が不可解な自殺を遂げたのであった。ニュースやワイドショー、新聞や雑誌ではその芸能人の死を惜しみ、その才能、魅力、良心の失われたことを嘆く声で溢れた。

私は諦めた。この芸能人の死に比べたら、みっともないにきまっている自殺をどうして決行することができようか。

《別エンディング》

私は諦めた。芸能人たちは我々から容赦なくすべてを、自殺すらも奪っていったのだった。狭いビルでガソリンをぶちまけるしか、もはや我々に残されていないとしても、誰がこれを責められよう。

苦い文学

取っ手のとれる

CEFR(セファール、ヨーロッパ言語共通参照枠は略称)は、その名の通り、ヨーロッパで異言語を学ぶ学習者の能力を、言語にかかわりなく同じ基準で測れるようにと設けられた基準である。しかし、現在ではヨーロッパ以外、例えば日本でもこれをもとに日本語能力試験のレベルが設定されている。

CEFR のレベルは、A、B、C の 3 つにそれぞれ 2 段階、つまり全部で 6 つある。もっとも低いレベルは A-1 で、最高が C-2 だ。A-1 の能力がどのようなものかというと例えば「自分や他人を紹介することができる」とこのレベルになる。そして「聞いたり、読んだりしたほぼすべてのものを容易に理解することができる」とか「自然に、流暢かつ正確に自己表現ができる」となると C-2 だ。このように「〜できる」という能力を重視してレベルが設定されているのも CEFR の特徴だ。

CEFR が公表されたのは 2001 年だ。その準備段階で実は C-2 より上のレベルとして、D-1 と D-2 もまた設けられていたのは、まったく知られていない。

私がある筋から特別に入手した情報によると、D-1 では「自分自身についてカリスマティックに語ることができ、民衆を熱狂させることができる」、D-2 では「陰謀論を巧みに用いて、民衆を煽動し、戦争を始めることができる」ということだ。

このレベルが削除されたのも無理もないといえよう。

苦い文学

イデオン

私たちは高齢者が引き起こす交通事故について議論していた。

一人が憤激して叫んだ。

「まったく、どれだけ多くの子どもたちが殺され、親が苦しんでいることか、私はもう苦しくてたまらないのだ。なのに老人どもときたら、平気で車を乗り回している! 子どもを殺せば殺すほど長生きできるという奇怪かつ有害な信念にとりつかれてるんだ、やつらは! 老人どもからすべての免許を取り上げるべきだ!」

もう一人が落ち着いた声で言った。

「怒る気持ちはわかるが、そうした感情論だけでは解決しない。今、地方の高齢者から車を取り上げたら何が残る? とくに一人暮らしの場合に? みな車なしに成立しえない暮らしをしている、それが問題なのです。悲惨な事故をなくすためには、車がなくても高齢者の生活の質が保障される環境も整備する必要があるのです」

別の男が新たな論点を提示した。

「高齢者のことばかりに焦点が当たっていますが、アルコール依存症などの影響も重大ですよ……」

我々の議論はつきなかったが、結論としては「原因はイデの発現」ということに落ち着いた。

いつかどこか新しい星で、みんなで再会できたなら……

苦い文学

ガンダム

私たちは認知症について議論をしていた。

「認知症というのは、死にゆく準備にはいったということなんですよ。人間は、生まれたときは純粋な童心というものを持っていますが、大人になるにつれてこれを失います。ですが、死が近づくとその童心を再び取り返す。誕生と死の間に見いだされるこのシンメトリカルな構図は、まさに神の摂理ですね」

もう一人が言った。

「いや、認知症というのは死とはまったく関係のない病気です。認知症の人すべてが高齢者というわけではないですし、認知症でなくても老衰で死ぬ人はたくさんいます。あなたが認知症をそんなふうに妙に美化して捉えているとしたら、とんでもない誤解ですよ」

別の一人がここで口を挟んだ。

「お二人の意見はもっともですが、介護の現場にいる者から言わせてもらえば……」

我々の議論はつきなかったが、結論としては「認知症はニュータイプ」ということに落ち着いた。

もうみんな認知症になるのが待ち遠しい様子だ……

風刺・戯文

合コンと王様ゲーム

私は合コンに参加したい。そして、王様ゲームをしたいのだ。

合コンなるものが世に行われるというのを聞いたのはいつのことだろうか。私が大学生だったころはそんな名前など聞いたこともなかったから、まだ発明されていなかったのだろう。誰もが口にするようになったのは、私が社会人となってからだ。そしてそのときには、生活に追われて合コンに参加する時間もなかった。

しかし、子どもも独立し、生活も落ち着いた今、私はあらためて合コンに参加したいと思うようになった。そこで、学生時代からの男友達数名を集めて合コンを開催することにした。

合コンといっても実際はいつもの飲み会と変わらないものだと知った。だが、そうした気づきも大事ではなかろうか。それに、重要なのは王様ゲームだ。

宴もたけなわになった頃、私は立ち上がり、合コンに集った男どもに王様ゲームの開始を高らかに宣言した。

私は総督の前に立たされた。総督が私に「お前が王なのか」と尋問した。私は「それは、あなたが言っていることです」と答えた。

それから総督は人々にこう言った。「この男と盗賊のうち、どちらを釈放してほしいのか」 すると人々は「盗賊を」と叫び、私を十字架につけろと要求した。

そして、総督の兵士たちは、私の着物をはぎ取り、赤い外套を着せ、茨で冠を編んで頭に載せ、また、右手に葦の棒を持たせて、その前にひざまずき、「王様、万歳」と言って、侮辱した。また、唾を吐きかけ、葦の棒を取り上げて頭をたたき続けた。このように私を侮辱したあげく、外套を脱がせて元の服を着せ、十字架につけるために引いて行った。

彼らは私を十字架につけると、くじを引いてその服を分け合い、そこに座って見張りをしていた。そして、私の頭の上に「これは王である」と書いた罪状書きを掲げた。

……この王様ゲームはなかなか面白かった。合コンと王様ゲームは十分に楽しんだから、次回は同じメンツで集まって女子会を開催するつもりだ。

苦い文学

令和の山月記

前立腺に異常が見られるというので、大きな病院の泌尿器科に行った。結果としては特に問題がなかったのだが、診察前のアンケートで一日の排尿の回数の項目があり、一日に何回するか考えたこともなかったので、少し多めに書いた。

診察に当たってくれた先生はとても親切な先生だったが、少しせっかちのようだった。彼は診察しながら、私に対してどういう診察をしたかをコンピューターにしっかり記録していくのだが、せっかちのあまり必ず誤入力するのだった。

先生は、私のアンケートを見て、頻尿の症状を読み取った。

「おしっこは一回は我慢してください。そうして膀胱をしつけるのです。これを膀胱訓練といいます。子どもをしつけるようなものです」

魂が肉体の主人であるように、私も膀胱の主人なのであった。

先生は、話し終わるや、さっそくパソコンに入力した。だが、「膀胱訓練を指導」と入力するつもりが、せっかちすぎて早めに変換して「暴虎」となってしまった。

暴虎! 先生はこれまでいくど「膀胱」と入力したかしれないのに間違うとは……

私は夜の山道を歩いていた。

すると、草蔭から一匹の暴虎が躍り出た。虎は、あはや私に躍りかかるかと見えたが、忽ち身を飜して、元の叢に隱れた。叢の中から人間の聲で「あぶない所だつた」と繰返し呟くのが聞えた。私は咄嗟に思ひあたつて、叫んだ。「其の聲は、我が膀胱ではないか?」

草叢から声が聞こえた。そして、膀胱は虎に成り果てた由縁を長々と語つたのだつた。言終つて、叢の中から、堪へ得ざるが如き悲泣の聲が洩れた。

「泣いてる、膀胱が!」と気づいた私は、慌てて便所を探した。

苦い文学

地下牢

その昔、都に、山の民が予告なしに攻め入ってきた。この不意打ちに、都を防衛する軍はたちまち敗走した。勢いづいた山の民は城門を破壊し、あちこちに火を放ちながら進軍した。王は将軍たちに反撃を命じたが、死を恐れぬ山の民にたちまちのうちに蹴散らされてしまった。  

山の民が王宮に迫り、吹き鳴らす角笛の音が間近に聞こえたとき、王の心に、夢の中のお告げが蘇った。それは、都が危機に陥ったとき、王宮の地下牢に行くようにというものであった。王は、その地下牢がどこにあるか尋ねようと廷臣たちを呼び集めたが、いつまでたっても誰も来なかった。廷臣たちは我先にと逃げ出していたのである。王自身も諦めて玉座から立ち上がったとき、一人の見知らぬ老人が立っているのに気がついた。

「地下牢に余を連れて行くのだ」

老人は王の言葉を聞くや、玉座の裏に回り込み、持っていた杖で床を三回叩いた。すると、階段が現れた。王がその階段を下っていくと、地下牢があった。王はそこに閉じこめられている人物を見て驚いた。というのも、それはその老人その人だったから。王が牢を開くと、老人はしっかりとした足取りで外に出て、「王よ、私に許しを与えてください」と言った。

王が許しを与えると、老人は王宮のてっぺんに飛び上り、杖を振り上げた。すると、山の民たちはたちまち猿となり、猿の言葉を叫びながら四方に散っていった。

王は、危機が去ると、直ちに二つのことをしたといわれる。ひとつはこの老人に金銀財宝でもって報いたことである。

王がしたもうひとつのこととは、逃げ出した廷臣たちを捕まえて、あの地下牢に全員放り込むことであった。そして、この時以来、都はイキンと呼ばれるようになった。それは「投げ入れる」という意味である。