苦い文学

細胞は希望

異常な老人たちの異常な言動を目撃した私は、さらに異常な話を聞くことになったのだった。

「老害どもには絶対席を譲るものか」とがなりたてる老人に、ツレの老人がこう反論したのである。

「まあ、そりゃあわかるが、老人笑うな、行く道だから、とも言うぜ。俺達もいつか年をとって、同じようになるんだからさ」

するともう一人の老人がこう言い返した。「いや、俺はそんな間抜けな道は通らねえ。通るわけがねえ」

「どういうことよ?」

「てのもな、俺達が年をとる頃には、そんな道はすっかり封鎖されて、もう別の道ができるってことさ。前の道が、舗装もされてない泥道だとしたら、新しい道は、最新の高速道路だ!」

「いや、まだわかんないんだが」

「お前、ips細胞って知ってるか。この細胞はな、何でも元通りに再生してくれる頼もしい細胞で、俺は数ある細胞の中でこいつを一番贔屓にしてるんだ。こいつがあれば、弱った足腰も、たちまち十代のころのピンピンビンビンを取り戻すというんだからな」

「で、そいつは、どこで売ってんのか」

「いや、残念ながら、実用化の手前というところで、山中伸弥先生という偉い先生が、俺達のために夜の目も寝ずにがんばってくれてる。ま、そのおかげで、俺達はこうしてうまい酒が飲めるってわけだがな。まあ、なんにせよ、俺達が年寄りになる頃には(いや、もう明日にでも実用化されるかもしれん!)、俺達は、物欲しげなツラで座席の前に立ったり、車両のささいな揺れによたよたしたりして、老醜をさらすという恐れはもうまったくないと言いきれるのだ」

「なるほど、それは大した高速道路だ」

「いや、それどころか、ips細胞により俺達は、筋力、感受性、思考力などあらゆる点で強靭化・先鋭化された強化人間として生まれ変わる可能性だってある。そうなれば、もう車なんか要りはしない、俺達自身が高速道路を猛スピードで往来することになるのだ!」

この言葉は聞き手の老人に大いなる歓喜を与えたようだった。老人はしわくちゃの手を打ち鳴らして叫んだ。

「いやもう年をとるのが待ちきれんて!」

「そうだ! 山中先生に乾杯だ!」

この驚くべき話を聞いた私も、こっそりと山中先生のために乾杯をしたのだった。

苦い文学

老害

久しぶりに居酒屋に行って、一人飲んでいたら、背後の席にやってきた二人連れの客がうるさく話し出した。

迷惑極まりないその大声は、背を向けたままの私の耳に容赦なく入ってきた。しかも、その連中の話ときたら、まったく聞くに耐えなかった。

「最近の老人ってのは、なんかもう威張っちゃっててさ、俺なんか思うわけよ、お前ら、勝手に年取っただけだろ、それでなんで偉そうにしてんのって」と、一番声が大きなヤツががなりたてる。

「老害、老害ね」とツレが合いの手を入れる。

「そう、老害。この前なんか、俺、あったま来ちゃってさ。仕事でさ電車に乗ってたの。ちょっと込んでてさ。俺は座ってたんだけど、そしたら、途中で乗ってきた爺がさ、俺の前に立つの。いや、俺だって、いつも席を譲るよ。はいどうぞって。でもさ、お前ら若い連中は譲るのが当然、だなんてツラして立たれたら、そら譲れんべ。俺はあくまでもさ、無視してやったよ。だいたい社会が老害どもを甘やかしすぎなんだよ!」

「それな」

「ほんっと! だからさ、俺は老害には徹底抗戦なの! 老人だからって席を譲らなくちゃいけないなんて決まりはないんだからさ。それに、文句を言うならJRに言ってほしいね。優先席? バカにすんな。みんなが座れるだけ、本数を走らせろよ! 席の不足を俺達若いのに押し付けんなっての」

私はこの不遜な発言を聞きながら、激しい怒りを感じた。この若造どもはいったいどんなツラをしているというのか。ひとつ睨みつけてやるか、とばかりに振り返ると、そこには2人の酔った老人が座っていたのだ。

年のころは、後期高齢者、いや、それどころじゃない、前期死者だ。

これが高齢化社会なのだ。

苦い文学

善人なおもて

地獄の運営団体が記者会見を行い、今後は、善人のみが地獄に落ちることになったと明らかにした。

今まで悪人のみを受け入れてきた地獄にとって大きな転換だ。

この真逆の方向転換について、地獄の運営団体は「悪人を地獄に落とすよりも、善人を地獄に落とすほうが、社会がより良くなることがわかった」と述べ、以下の3点にわたりその理由を説明した。

① 悪人はずる賢く、逃げ足もはやい。それゆえ、悪人を捕まえるのには多大な費用と労力が必要となる。いっぽう、善人は、圧倒的に捕まえやすく、費用もほとんどかからない。そして、捕まえられた善人の中には、一定数の悪人が善人のふりをして身を潜めている。すなわち、善人を大量に逮捕すれば、悪人を単独で捕まえるよりも、容易にしかも安価に悪人を捕まえることができる。

② 善人がいなければ、悪人を捕まえるのはもっと容易だったはずである。すなわち、善人は、悪人の逮捕を妨害しているのであり、それゆえ、善人であること自体、地獄に値する罪であると考えられる。

③ 善人を地獄に落とすことは、悪人が悪をなすのを抑止する効果がある。悪人だけを地獄に落としていた時代は、悪人は悪知恵を働かせることによって、うまく逃れることができた。そのため、地獄の犯罪抑止効果はゼロに等しかった。しかし、善人でも地獄に落ちるとなれば、悪知恵があろうとなかろうと、どの悪人にも地獄に落ちる可能性が生じる。その結果、地獄の刑罰への恐れが生まれ、その恐れが犯罪抑止につながる。

会見の終わりに、地獄の運営団体は、鬼たちの公募で決まった地獄の新キャッチフレーズ「善人なおもて地獄に落つ、いわんや悪人をや」を発表した。

苦い文学

未来におけるトランスペアランシー

過去に戻るための方法を、未来の世界で探し続ける私は、とある巨大な街にたどり着いた。

その街の城門から中を眺めた私は、異様な光景に驚かずにはいられなかった。

なにしろ行き交う住民ことごとくやせ細り、やつれているのだ。そればかりでなく、頭はコブだらけ、身体は青あざと打身でぼろぼろというありさまだ。

まるで、とんでもない災厄がこの街の住人を襲ったかのようだった。そして、私がなおも眺めていると、さらに異様な展開がはじまった。

不意に人々が打ちのめされ、なぎ倒されたのである。ある者はぴょんと飛び上がり、ある者は地面に押しつけられた。あたかも、見えざる存在に、すき放題に殴られ、いたぶられ、辱められているかのようであった。この奇怪な現象が、街の住民たちのアザや打撲の原因なのは間違いなかった。

驚愕した私が逃げ出そうとしたその瞬間、宙に吹き飛ばされた一人の男が、城門を飛び出て、私の目の前に転がり落ちてきた。

男は苦しそうに呻き、ふらふらと立ち上がった。そして、血だらけの体を細い両足で支えながら、街に戻ろうとした。私は思わず男を引き留め、尋ねずにはいられなかった。

「いったい、この街の様子はどういうことでしょうか。誰もが四六時中、見えない手にすき勝手に殴られているようではありませんか」

すると、男は歯の抜けた口を開いて、か細い声で答えた。

「旅のおかたよ、この街はかつて腐敗した政府が支配していたのです。私たち市民は、腐敗を一掃するために、政府の透明性を高める取り組みを進めたのですが、進め過ぎて、政府まで透明になってしまったのです。それ以来、見えないのをいいことにやりたい放題……」

そのとき、見えざる手が男に見事なアッパーカットを決めた。

街の奥の方へと飛ばされていく男を尻目に、私は再び旅をはじめた。

苦い文学

帝国欲

ロシアがウクライナに攻め込んだのには、ロシア帝国が君臨していた時代をもう一度復活させたいという、プーチンの野望があるのだと、しばしば言われる。

この野望は、時代錯誤の妄想といわれるが、果たしてそうだろうか。

というのも、今の世界では、帝国復活が一大ブームなのだ。その筆頭に挙げられるのは、中国だ。

まったく、今の中国の膨張政策や強権主義を見ていると、かつて世界の中心であった中華帝国を復活させようとしているかのようなのだ。

また、トルコのエルドアン大統領も、かつてのオスマン帝国を復活させようとしているという。こうした政治的立場を「新オスマン主義」というのだそうだ。

それに、我らがビルマ軍事政権だって例外ではない。現在のビルマ民族による少数民族支配を正当化しているのは、「植民地化以前のビルマ王国の時代からビルマ人は非ビルマ民族を支配してきた」という歴史観だ。

おそらくこうした傾向のある国は他にもあるだろうから、そうなると帝国復活をアナクロニズムだと簡単に決めつけることはできそうにない。

となると、気になるのは、帝国界の末席に連なる我が国の動向だ。

帝国欲がまたぞろ湧き出てきて、「ロシアと手を組んで大日本帝国を復活させるべし」などと声高にいう人が現れても、まったく不思議ではない状況なのだ。

苦い文学

凶から私たちは(오늘부터 우리는)

ゴールデンウィークに柴又帝釈天に行った。境内でおみくじを引くと、とんでもないのが出た。以下のとおりだ。


第三十九凶
望用防心腹(のぞみのまとは、いつもはずれて)
家郷被火災(いえはやかれる、かざいはうしなう)
憂危三五度(みたびいつたび、かさなるうきめ)
由損断頭財(いのちとたのむ、たからもむなし)


あまりにもひどいので、寺に猛抗議しようかと思ったが、笠智衆に一喝されたら困るので、黙って家にもち帰った。

しかし、家でゆっくり読み返してみて思った。これは、まさしく難民の状況にほかならないのでは、と。

政府の加えるさまざまな弾圧と差別のために、自分の夢を諦めねばならないのが「のぞみのまとは、いつもはずれて」だ。

戦争地帯では「いえはやかれる、かざいはうしなう」のはモチのロンだ。

命からがら国を逃げ出したかと思えば、入管に収容されるときては、これこそズバリ「みたびいつたび、かさなるうきめ」。

そして、入管収容所の中では、貴重な時間や人間としての尊厳ばかりか、命そのものも失うことだってあるのだから「いのちとたのむ、たからもむなし」というのもムベなるかな、だ。

それにしても、なぜこんなおみくじが飛び出てきたのだろうか?

思い当たるのは、先日、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)が、世界の難民の人数が1億人を超えたと発表したことだ。いまや世界は「難民化」の真っ最中なのだ。

こうした状況に、ついに神仏までも、おみくじを通じたアドボカシー活動をはじめたのではないか———これが私の推測である。

苦い文学

再び町中華にて

近所の町中華で、ひとりラーメンを啜っていると、でっぷりと太った二人の男たちが入ってきた。

私はすぐに気がついた。ダイエット中のあの社長だ。

二人はいつかと同じように奥のテーブルに座り、やはり以前と同じように、次々と注文を始めた。そして、天津飯や餃子や唐揚げやサンマーメンや回鍋肉やニラレバが運ばれてくるたびに、社長は一口だけ食べて、残りをもうひとりの太った男に押しつけ平らげさせた。これが社長のダイエット法なのだ。

私はこっそりとその様子を眺めていたのだが、やがてあることに気がついた。社長の連れが以前とは別の人間なのだ。

彼もやはり同じように太り、外国人のようだった。だが、違う男だった。いや男ではない、まだ少年だ。その少年が丸くつややかな頬を動かしながら、大量の料理を流し込んでいるのだった。

好奇心に突き動かされた私は、近寄ってその社長に尋ねた。

「以前、この店で社長のお姿をお見かけし、感銘を受けた者にてございます。お見受けしたところ、お連れのかたが変わられたようですが、いかなる理由によりますものでございましょうか」

「亡くなったのです」と社長は悲痛な表情を浮かべた。「だが、今は彼の、この息子が立派に跡を継いで、私のダイエットの手伝いをしてくれているのだよ。なあ、ジョナサンよ」

ジョナサンはあどけない顔つきでうなずいた。

私が「実に立派な食べっぷり、まっこと胸のすくようでございます」と感心してみせると、社長は自慢げに言った。

「異国で身寄りのない不憫な身の上ながら、こうしてなに不自由なく飲み食いできるのも、私のおかげなのだ」

と、こう話している間にも、料理は続々と運ばれてきた。そして社長は相変わらず一口だけ食べては、少年の前に置くのであった。

しかし、さすがに少年も満腹になってきたようだった。その顔には、ちょうど以前私が彼の父に見たのと同じような苦悶の表情が浮かんだ。だが、社長はかまわず少年の前に皿を置き続けた。

「どうした。食が進まないのか。お前の親父はもっと食べたぞ。お前が食べないと俺は痩せられないのだ」

口に食べ物を詰め込んだ少年は目を白黒させ、その額に脂汗が浮かんだ。

「がんばれ、応援しているぞ」

社長は内ポケットから一枚の写真を取り出して、少年の目の前に置いた。

「これを見てがんばれ」

その写真には、少年と、彼を愛おしげに抱きしめる父親の姿があった。二人ともスラリとした体型だった。

苦い文学

自殺ギャグ

平助は子どものころからお笑いがすきで、いつの頃からか、自分でもギャグを書くようになった。気が向くと、ときどき自分のブログに発表したりしていた。

もっとも、あまり面白いものではなかった。彼には笑いの才能といったものがないようだった。

しかし、それでも平助は諦めずにネタを作り続けた。そうしたら、ある日のこと、とんでもない傑作ができあがった。それができた時、平助はその日1日笑いが止まらなかった。2日目も笑いが続き、3日目からは、1日目からの笑いに加えて、思い出し笑いが始まった。

笑いが完全に収まるまできっかり10日を要した。

これはみんなにぜひ読んでほしい、と平助は思った。そこで彼はこの自信作をブログに載せようと準備した。

そんなとき、芸能人が自殺した。

ニュースを見て平助は「いやこれはダメだ」と悔しがった。というのも、彼の傑作ギャグは自殺を扱っていたのだ。自殺の話題で世間が持ちきりのとき、自殺ギャグなど面白がってもらえるはずもなかった。それに、便乗したと思われるのもいやだった。

そんなわけで、平助はしばらく自分の傑作を寝かせることにした。

しばらくたち、彼はそろそろ頃合いだなと判断した。彼はブログの準備をした。そしたらその矢先。

芸能人がまた自殺した。

とても残念だった。いったい、自分はいつになったら傑作自殺ギャグを世に問うことができるのだろうか。

平助はその死を報じるニュースをぼう然と見つめつづけた。そして「芸能界はこの問題にまじめに取り組むべきではないか」と憤りながら思った。

風刺・戯文

イエスの再臨

その輝かしい宇宙船がやってきたのは、私たちが泥沼の戦争に疲弊しきっていたときだった。

私たちは撃つのをやめにした。武器を手放し、空を見上げた。宇宙船は不思議な光に包まれていた。

宇宙船が着陸したのは地球の頂だった。そこからは地球のすべてが見渡せ、また全地球人がそこを見ることができた。

そして、宇宙船からひとりの神々しい男が降り立った。それはまさしくイエス・キリストだった。

ついに再臨したのだ。キリスト教徒の間に歓喜が広がり、やがて動揺がその歓喜を打ち消していった。なぜなら、イエスの再臨の日は同時に裁きの日でもあるから。

イエス・キリストはボードを携えていた。そこには神の言葉が記されており、一文字一文字が燃え立っていた。神のひとり子は、その炎のボードを地球人に差し出した。

内容は以下のとおり。


神の代理人たる私イエス・キリストは、神と人間との契約に基づき、以下の項目を正当な取り分として請求する。

✓ 旧約および新約聖書、外典、死海文書、その他の文書の使用料
✓ 讃美歌などにおける神・イエスなどの名の使用料
✓ 図像・美術・写真・映画などにおける、神とイエス・キリストの肖像の使用料
✓ 原始教会の時代から、現在のあらゆる教派・宗派における顧問報酬
✓ 人類の文化の発展へのコンサルタント報酬
✓ キリスト教的情熱・インスピレーション・慈愛・献身のサブスク料金

なお、期日までに支払いなき場合は、私が「平和ではなく、剣をもたらすために来た」(マタイ10:34)ということにご留意されたい。

アーメン。


金額は莫大であり、負債は人類に十字架のようにのしかかっている。だが、奇妙なことに、キリスト教への改宗者は増えるばかりだ。なんでもそうだが、無料よりも有料のほうがありがたいということだろう。

苦い文学

愛国めし

次に私たちが訪れたのは、千代田区にある和食処「食いてしやまん」。

なんでも変わった愛国めしがあるとか。さっそく入ってみることにした。

席につき、メニューを開いた。

「どれどれ……、マグロ丼、鉄火丼、サーモン丼、どれも普通だな……あっこれか、開戦丼!」

イクラが山盛りの丼の写真が添えてある。私はメニューを連れに差し出した。

「見てよ。ここに開戦丼の説明もある。『ハワイのポキ丼にイクラを真珠のようにちりばめました! 一口食べれば、リメンバー・パールハーバー、二口食べれば、ウメンダー・パールハーバー!』って」

だが連れは冷静だった。

「だけど、『ちりばめた』ってのがちょっと気になるな。もしかしたら、写真と大違いで、イクラが数えるほどしかない可能性もあるぞ」

連れは私からメニューを奪い、じっくり見た。

「ほら! 間違いだ。このイクラが山盛りのは、開戦丼じゃない。『北方領丼』だ」

メニューを見ると「不法占拠したイクラどもを食べ尽くせ!」と書いてある。

「おお、それそれ! それに決まり!」

店員を呼ぶと「はい、お待たせしやした」と駆けつけてきた。

「あのね、この北方領丼、ください」

「は? ホッポー……?」

「北方領丼、これ、このメニューにあるヤツ」

「あっ、かしこまりやした! (店の奥のほうに向かって)プーチン丼ひとつ入りやした!」

「どっ、丼も実効支配!?」

私たちは領土返還への厳しい道のりを思いながら、イクラを1粒1粒噛みしめたのであった。