苦い文学

サステナブルではない票

アメリカでは、年がら年じゅう銃撃事件が起きているにも関わらず、銃規制が進まないのは、銃規制に反対する全米ライフル協会が共和党に対して強力なロビー活動をおこなっているからだ。

というのは、アメリカの政治についてよく知らない、私でも聞いたことのある話だ。

アメリカは民主主義の国だから、選挙が行われ、共和党は選挙でそれなりの票を集める。この得票には、共和党の「反銃規制」という政治的立場への支持も含まれるであろう。

そして、この「反銃規制」という立場が、多くの銃撃事件を引き起こすとまでは言わないまでも、これを防ぐ機会を奪っているとしたら、共和党の得た票のいくばくかには、銃撃事件の犠牲者の血が染み込んでいるものと考えることができる。

これと同じことが日本でも起きているということに、改めて気がつかされたのが、自民党と(旧)統一教会との関係だ。

自民党は選挙などで(旧)統一教会を利用するために、ある種のお墨付きを与えていた、ということだ。いっぽう、この(旧)統一教会はかねてから多くの人々の生活を壊してきたことでも知られる。ということは、自民党が誇る支持率やら得票の背後には、これらの人々の苦しみがあるというわけだ。

私は何も選挙やら票やら自民党やらがインチキだと否定したいわけではない。そうではなくて、こうした「人々の犠牲の上に成り立つ票」がこの国で力を持たないようにするためには、やはり多くの人々が自らの意思で投票に行き、こうしたいわば「サステナブルではない票」をできるかぎり無効化しなくてはならないと思うのだ。

苦い文学

もっと悪い癖

『チュニジアの昔話と詩(Tunisische Märchen und Gedichte)』は、北アフリカのアラビア語研究の創始者の 1 人とも言える Hans Stumme が 1893 年にライプツィヒで刊行した本だ。当時のチュニジアの物語と詩がチュニジアのアラビア語で記録され、ドイツ語の訳がついている。

その中に、「悪い癖」という短い笑い話が載っている。こんな話だ。


ある家に客がやってくる。夫は 2 羽の鶏を妻に与え、料理するように言う。妻は料理しているうちに食べてしまう。子にも与えると、もっとくれと泣き出す。妻が殴ると子は「おじいさんが教えた悪い癖はやめろ」という。これを聞いた客が「悪い癖とはなんだ」と尋ねると、妻は「客の耳を切り取って料理することだ」と答える。これを聞いた客は逃げ出す。妻は夫に「客が鶏を持って逃げた」と言う。夫は追いかけて「2 つのうち 1 つ渡せ」という。客は「追いついたら 2 つともくれてやる」と言って逃げる。


100 年以上前に記録された物語だが、2017 年 8 月にチュニジアで私はほとんど同じ物語を聞かせてもらった。

ただし、私が聞いたバージョンでは、切り取られるのは「客の耳」ではなく「客の睾丸」になっていた。実はもっと悪い癖だった、というわけだ。

苦い文学

独り言

電車に乗っていたら、ぶつぶつと独り言を言っている人がいた。

「ぶつぶつ……ぶつぶつ……」

「おい、うるさい」

「ぶつぶつ……」

「うるさいぞ!」

「ぶつぶつ……ぶつぶつ……なんですか、独り言ぐらい言っていいじゃないですか」

「いや、それがダメなんだよ! この車両は俺のナワバリなんだ」

「独り言いうのにナワバリもクソもあったもんじゃない」

「だから、それがあるんだ。この車両で独り言を言えるのは俺だけなんだ」

「えええっ、そうなんですか。そんな決まりがあるんですか」

「そうだよ、お前。同じ車両に二人も三人も独り言を言うのがいたら乗客だって困っちゃうよ」

「そんなにいうんなら、じゃあ、いいですよ。隣の車両に行って思う存分独り言を言いますから」

「ちょ、ちょっと待った。隣の車両はガナリの政のナワバリだ」

「じゃあその隣の車両は?」

「つらみのつね子だ。いや実際、この電車はもう空きがないのだ」

「じゃあ、どうすればいいんです」

「ちょっと待て、今調べてやる。そうだな、始発の6両目が今なら空いてるぞ」

「始発!」

「しかたがない。俺が独り言を始めた時は、夏の臨時列車だったわい」

「わかりましたよ。明日、早起きしますよ」

「そうそう、そのうちいい時間帯のいい車両に空きが出るさ。頑張れよ! 若いの!」

……というような内容を一人二役でぶつぶつ言っていた。

苦い文学

ババアに夢中

チュニジアの民話に欠かせないのがアズーザの存在だ。

これは日本語では「昔々あるところにおじいさんとおばあさんが……」の「おばあさん」にあたる。

そういうと「老婆」のように思えるが、民話の世界では「子育てを終えた年齢の女性」が大体このカテゴリーに入る印象だ。

だから「老婆」などとんでもない。40代ぐらいの女性もいてもおかしくはない。

さて、このアズーザはチュニジアの民話の世界では両極端の役割を担っている。

ひとつは「良き助言者」とでもいうべき役割だ。「亀の甲より年の劫」というように、経験豊かなアズーザは、夫など他の人々に知恵を授け、難題を解決するのである。

もうひとつは「悪しき助言者」とでもいったらよいだろうか。

例えば、物語の中で悪人が主人公に対して何らかの悪巧みを仕掛けようとすると、たいていこのアズーザが登場して、悪人に手を貸し、悪巧みを成功に導く。

また、アズーザが家庭に入り込み、悪辣ぶりを発揮してその家庭を崩壊させてしまう、なんていう物語もある。

アズーザがこうした両極端のイメージを持つのは、おそらく近代以前の社会では、子育てを終えた女性というのは、ひとつの役割を終えた存在として捉えられていたからかもしれない。

だから、社会規範にとらわれない自由な行動・考え方を体現できるのではないだろうか。

実際に当時の女性がどうだったかはわからないけれども、昔話の中では、そんなような自由な存在として大いに活躍している。

そんなわけで、私はもうこのアズーザ、とくに悪いババアのほうにもう夢中なのだ。

苦い文学

感謝の心

【Tさん(50代男性)】

近頃の日本人は感謝を忘れてしまったという人もいますが、そうでしょうか。先日、こんな体験をしました。

夕方、私は帰宅しようと電車に座っていました。ある駅で、年配の男性の方が乗ってきたのです。車内はといえば、やや混んでいて、その方は席を見つけられず、私の前に立ちました。

その方は本当に疲労困憊といったようすで、今にも倒れそうなのです。

電車はやがて次の駅に着きました。降りる人、乗り込む人。その方は空いた席を見つけますが、サッと別の人が座ってしまいました。周りを見回すのですが、もう席はありません。電車は走りだします。

さてまた次の駅が近づいてきました。私はそれまで読んでいた本をしまいました。その方はめざとくそれに気がつきました。もう私の前から動こうとしません。電車が停車すると、私は腰を上げました。

そして、お尻の位置を変えると、再び座り直しました。鞄から取り出した新聞を広げました。

私はその方が深いため息をつくのを耳にしました。きっと私が降りなかったので、ガッカリしているのでしょう。しかも、その方は私の動向に意識を集中しすぎて、他の席に座るチャンスも逃してしまったのでした。

その次の駅は私の降りる駅です。アナウンスが終わり、電車が速度を緩めます。駅のホームが車窓に飛び込んできます。電車はやがて止まりました。私は立ち上がり、ドアに向かいます。

すると、どうでしょう、その方は私に頭を下げるではありませんか。「ありがとうございます」と繰り返しています。しかも、ドアまでついてきて、すでに降りた私に深々と頭を下げるのです。まるで高級旅館のお見送りのようでした。

私は少し困惑しましたが、またうれしくもなりました。なぜなら、まだこの国には良心というものが、感謝する心というものが、残っていたのですから。

もっとも、お辞儀をするその方の背後では、私が空けた席にもう別のだれかが座っていました。

(聞かせてください! あなたの出会った心温まる体験談を募集しています。)

苦い文学

独学

安田が東南アジアの山岳地帯に取材に行ったときのことだ。同行者たちと、ある小さな村に立ち寄り、そこでお昼を食べることになった。

日本人がいると知った村人たちは安田に話しかけてきた。なんでも村に日本語を話せる人がいるという。「会わないか」と人々は安田に言った。

安田も興味を持った。もしかしたら面白い話が聞けるかもしれないと思ったのだ。

しかも村人がいうには、まったく独学で日本語を習得したというではないか。こんな山奥でどうやって、と安田は思ったが、インターネットでなら可能かもしれなかった。

村人たちは安田を村のはずれの粗末な家に連れて行った。ひとりの村人が声をかけると、痩せた男が顔を出した。安田は日本語で挨拶をした。

「こんにちは!」

男は何やらぶつぶつつぶやいた。

「日本語がおできになると聞いてやってきました」

彼は険しい顔で何か言った。だが安田には聞き取れなかった。もしかしたら、それほどできないのかも、と思い、彼は言い直した。

「日本語、話す、大丈夫?」

すると男は村人と話し始めた。村の言葉なので安田にはわからなかったが、やりとりが終わると、男は家の中に入ってしまった。

不思議に思った安田は村人に尋ねた。男は自分ひとりだけで日本語を身につけたいので、日本人と話したくはない、とのことだった。

苦い文学

武道館

ミュージシャンにとって人前で演奏するのはライブだが、私の場合は、学会の大会などでの発表がライブだ。

なので、私は学会大会のことをフェスと呼んでいる。

私はメジャーデビューはしていないので、インディー系だ。無名なので、フェスでライブをするためにはオーディションが必要だ。つまり、応募しなくてはならない。いつも採用されるわけではないのがつらいところだ。

運よく出演が決まったら、セットリストの吟味やリハにいそしむこととなる。

フェスではいくつかのステージが設けられる。私はいつも一番小さなステージだが、それでも来てくれる人がいるのはありがたいことだ。本当は、Tシャツやステッカーなどの物販にも力を入れて、興収の足しにしたいところだが、このフェスでそれをしている人はいないようだ。

しかし、フェスだけではライブの数も限られてくる。なので、最近、私は新たな挑戦をしようと考えている。路上ライブから始めて、武道館を目指すのだ。みごと成し遂げた暁には、しばしの充電期間を経て、ドームツアーに出発したい。

苦い文学

『ニガミ17才と』ライブ

『ニガミ17才と』ツアー最終日(恵比寿LIQUIDROOM)でゲストバンドのドレスコーズのことは書いたけども、ニガミ17才もまたよかった。

長いコロナ禍を経て、ようやくライブができるという解放感が直に伝わってきて、こちらも熱くなった。

岩下優介が「会場の客の頭の上にもやーっと浮かび上がっている聞きたい音みたいなものをステージでとらえる」というようなことを言っていて、私はなんとなく水木しげるのブリガドーン現象のようなものを思い描いたが、まさにライブでしかできないことだ。

ライブならではというエピソードをもうひとつつけ加えれば、ドレスコーズの志磨遼平がある曲を歌い出して、急に手で口を塞いで一節ばかり歌うのをやめた。

客の中にはその意図がわかって反応をする人もいたが、私はどういうことかわからなかった。後でTwitterで知ったのだが、その日に起きた安倍晋三銃撃事件を想起させるような歌詞があったから、ということのようだった。

暗い気持ちの人も多くいたにちがいないので、これは大事なことであった。

苦い文学

『ニガミ17才と』ドレスコーズ

ニガミ17才の『ニガミ17才と』ツアー最終日となる公演が、昨日、恵比寿LIQUIDROOMであって、行ってきた。

私は音楽のことはよく知らないが、サブスクリプション・サービスのおかげでたまたま耳にして、それ以来、よく聞いている。ニガミ17才のライブに行くのはこれで2度目だ。

今回のツアーは各地でゲストバンドが「ニガミ17才と」ライブをするという趣向で、恵比寿はドレスコーズだった。

私はドレスコーズについてはまったく知らず、そもそもライブ会場に来るまでゲストバンドがいることさえ忘れていた(最近まったく余裕というものがないのだ)。そんなわけで、自慢のサブスクリプション・サービスを縦横無尽に活用して、事前にドレスコーズの曲を聞いてくることすらできなかった。

しかし、ドレスコーズはとてもよかった。ボーカルの志磨遼平もよかったし、ステージの上では特別な人という感じだ。ちょっと歌謡曲のような匂いもある曲と、複雑で巧みなバンドの演奏が加わると、とんでもないスターのライブを間近に見ているかのような気になる。ときどき PULP を彷彿とさせるようなところがあるのもうれしい。

私はライブではほとんど体を動かさないが、志磨遼平のパフォーマンスに感動して、上げた手を振る観客たちのなか、両手を顔の前にまで上げて拍手をした。五〇肩で肩が上がらない者がなしうる最大級の賞賛といえよう。

苦い文学

土下座

昨日、ドラマ「六本木クラス」の第1話が放送されたが、これは誰もが知っている通り、韓国のドラマ「梨泰院クラス」のリメイクだ。

「梨泰院クラス」は主人公パク・セロムの復讐譚で、その相手はトップ外食ブランド「長家」会長のチャン・デヒだ。

この男のせいで、パク・セロムの苦難の人生が始まったのだ。

パク・セロムはよい仲間に恵まれ、着々と「長家」とチャン・デヒを追い詰めていくことになる。

物語のある時点で、この宿敵が死にかける。すると、パク・セロムはチャン・デヒに電話をかける。

そこでなにをいうかというと、「死ぬな」という。つまり、死んでしまってはお前を土下座させることができなくなるから、生きろ、というのだ。

今日、安倍晋三が、銃撃されて死んだ。彼の訃報を聞いて、私は「梨泰院クラス」のこのエピソードを思い出した。

その理不尽で痛ましい死によって、民主的な手続きによって彼を土下座させる機会は、永遠に失われたのである。