苦い文学

中国の光学的ノイズキャンセリング

多くのイヤホンやヘッドフォンに採用されているノイズキャンセリングとは、ノイズをデジタル処理によって消滅させる技術だ。

どのように消すかというと、ノイズの音波と真逆の音波を発生させ、ノイズを打ち消すのである。ゆえにキャンセリング(打ち消し)と呼ばれる。

このノイズキャンセリング技術は、もはや完成の域に達し、今度は光学的ノイズキャンセリングの時代が来るといわれている。

我々の目は、ある物体の形や色彩の光波を感覚することにより見るのであるが、光学的ノイズキャンセリングとは、特定の存在の光波に真逆の光波をぶつけることで、その光波を打ち消す、つまり視覚的にその存在を消滅させる技術である。

この技術が実現すれば、我々は目の前から特定の存在を自由に消すことができるようになる。いや、さながら透明人間のように自分の姿を消すことだって可能だ。

それどころか、軍事に応用すれば、目に見えない軍隊を作ることだってできる。このような軍があれば、プーチンも苦戦せずとも済んだことであろう。

現在、光学的ノイズキャンセリング研究にもっとも力を入れているのは中国だが、どうやらすでに実用化段階にある、と信ずべき証拠が図らずも公開された。

それは、先日の中国共産党大会の閉幕式でのことだ。胡錦濤前国家主席が突然、会場から連れ出されるように退出した場面をじっくりみてほしい。

習近平国家主席以外の出席者たちは、胡錦濤前国家主席が退出するというのに、挨拶も敬礼も挙手も目配せもウインクもなく、ただ、あらぬ方向を向いたり、手の先をじっと見つめたり、硬い顔つきで前を見据えたりしているではないか。まったくその姿が見えていないのだ。

習近平国家主席から発せられた真逆の光波により、胡錦濤の姿が光学的に消し去られていたのだと考えることができよう。

なお、我々に胡錦濤が見えるのは、国家主席のノイズキャンセリング機能が我々に届くほど強力ではないからである。今後の開発に期待したい。

苦い文学

ルーの秘儀

汝、カレーおよびシチューの調理をなすものよ、ルーの投入はもっとも神聖な瞬間だと知れ。

煮え立った鍋にルーを決して入れてはならぬ。なんとなれば、ルーの怒りを招くがゆえに。

まず、火を止めねばならぬ。すると、騒がしくもグツグツせる鍋は、たちまち和らぎ、静かにならん。

こはルーを入れるのにもっともよき兆候なり。されど、もしグツグツ止まざれば、ただちに調理を中止し、その日は断食すべし。

鍋が静かになりしのちは、祈祷を捧げよ。ルーの力を鍋に召喚せんがためなり。

その祈りでは、まず野菜および肉など具材の来歴を語れ。ついで煮込みの頼もしき味方である火と水の精霊に感謝を述べよ。そして、最後にすべてをひとつにしたもうルーの偉大なる力を褒め称えよ。

祈りとともに、ルーを讃える舞踊をなすべきなり。ただし、空腹のはなはだしき場合はその限りにあらず。

さて、これらの聖なる儀式ののち、はじめてルーを鍋にたてまつること許さるるものと知れ。この秘儀なくして、ルーの加護を溶け残りなく受けることなし。

ルーを収む紙箱には、ただ「いったん火を止めてからルーを入れてください」と記されるのみ。

なんぴとも知らざりしその理由について、今、我、ここに明らかにせり。

風刺・戯文

星のおじさん構文

ヤッホー😀\(^ω^)/🎉🎉🎉
地球のミンナ、今日も1日お疲れ〜❗❗😚
もう、寝ちゃった🛏カナ、それともお風呂🚿カナ😆💕
おじさんは、今、地球🌎にやってきたとこ🌟🛸🛸🛸🌟\(^o^)/
ワレワレハ宇宙人👽👽だゾ💦ナンチャッテ(⌒-⌒; )
人間チャンは、ナニ食べた🍖のカナ❓
疲れてるときは、ちゃんとご飯🍜🥩🍔食べてネ😍💕
おじさん👽の夕食は、人間ダヨ(笑)❗
👦👧👩🧑👩‍🦳👶👷‍♀️ どれ食べようかナ〜〜❓❓❓
特に大好きな部分、教えてあげるネ🤤
💗💖💕💖💗💖💗💗💗💕💕💕 ダヨ❗
人間ひとりにつき、ひとつしか取れない希少部位❗❗(^o^)/🎉🎉
こんなに食べたら、太っちゃうかナ。。。😱💦😰
早く会いたいヨ😍😍😍


各国政府🇺🇸🇷🇺🇨🇳🇬🇧🇫🇷🇮🇳🇯🇵🇰🇷のミンナ❗❗
🪖🪖🔫🔫抵抗💣💣✈️✈️しても無駄❌だネ❗❗
抵抗したら💢💢💢( *`ω´) ( *`ω´) 💢💢💢 
ナンチャッテ(^^;)
けど無条件降伏🙇🙇m(_ _)m🙇🙇しかないヨ🤣🤣🤣🤣
連絡📞待ってるネ😘❗❗❗
(๑>◡<๑)イェーイ❗❗❗٩( ᐛ )و❗❗
オヤスミナサイ❣️😪
バイバイ👋(^^)/~~~

苦い文学

AI の絵

AI による画像生成が話題になっているので、私もさっそくやってみた。

まず Discord にアカウントを作って Midjourney を試した。英語キーワードを入れて、画像を生成するのだが、「プーチンのかつらコレクション」を試しているうちに使えなくなってしまった。

無料では25枚しか作れないのだった。無駄なことに使ってしまった。

しかし、無料で制限のないサービスもある。Stable Diffusion だ。

私は世界各国のビートルズを作成するのに夢中になった。「日本人のビートルズ」「ベトナムのビートルズ」「ビルマのビートルズ」「インドのビートルズ」……「北朝鮮のビートルズ」には金正恩に似た人もメンバーに加わっていた。

AI の絵というのは、うまい絵は得意だが、下手な絵はそうではないようだ。もしかしたら、これから AI には描けないような下手な絵の価値が高まるかもしれない。

苦い文学

核への親近感

プーチンが核爆弾を使うかどうかについて、いろいろな人が論じているが、使っても意味がないからその可能性は低い、というのが大方の見方だ。

意味がないとはどういうことかというと、まず核爆弾で劣勢を挽回することはできないというのがひとつ。さらに、核爆弾の使用により、ウクライナとその支援陣営の結束が強まる可能性がある。そして、中国などの数少ない味方も、ロシアを見限るかもしれない。

では、核爆弾の使用が意味があるのはどんなときだろうか。私が読んだ限りでは、2つあるようだ。

ひとつは、核爆弾の使用によって、相手の戦意を挫き、終戦に持ち込める場合だ。広島・長崎の原爆投下がこの例だ。しかし、これが効果を持つのは、ちょうど日本がそうだったように、相手が負けかかっているときだけだ。つまり、今の劣勢のロシアでは、意味がないのだ。

もうひとつの場合は、プーチン政権の維持に役立つときだ。核爆弾を使用することが、ロシア国内における自分の権力維持・増強につながるならば、プーチンは使用するだろう。

つまり、戦争に勝とうが負けようと、また、ロシアという国がどうなろうと、自分さえよければよい、というわけだが、ただ、こうした状況はあまりなさそうだ。

私は軍事についてはまったく知らないから、核爆弾の種類や、それぞれの戦略的な価値について、たくさん見逃しているとは思うが、こうして見ると、核爆弾とは、大金をかけて作った割には、たいして使い道がないようだ。

なんだか、今の自分のようで、親近感すら覚えるのだ。

苦い文学

核を使うたった一つの習慣

核戦争のおそれが高まる今、なによりも重要なのは、ウラジーミル・プーチンに核兵器の使用を諦めさせることだ。

そのためになにができるだろうか。私は、特定の本のグループをロシア語に翻訳してはならない、と考えている。それらの本がプーチンの目に触れたら、核戦争勃発間違いなしなのだ。

まず、危険なのは「嫌われる勇気」的な言葉をタイトルに含む本だ。我が意を得たりとばかりに、プーチンがもっと嫌われる方向に勇気だしちゃったらどうするのだ。

そして「すぐやる人」という語がタイトルに含まれる無数の本も極めて危険だ。

いったい、これらの本の著者たちは、「すぐやる人」の手元に核ボタンがある可能性を考えたことがあるのだろうか。ないから、こんな無責任な本が書けるのだ。

同じような理由から、「後回しにしない」とか、「やる気を出す」とか、「やり抜く人」「できる自分に変わる」「結果を出す」「夢をかなえる」などなどの文句をうたう本もロシアに輸出してはならない。

これらの本を読んで感激したプーチンが出版社にハガキを送ったらどうするつもりなのだ。

しかも、山手線の広告にまで使われたりして。

「迷っていた自分の背中を押してくれたような気がして、核兵器の使用を命じました」(ロシアのいち独裁者、70歳)

いったい、著者たちはどう責任を取るつもりなのか。

苦い文学

長い話

ノーベル平和賞の授賞式がノルウェーの首都オスロで行われ、受賞した日本の長田一郎さんが、記念のメダルと賞状を受け取りました。

今回の受賞は、国際的な平和発明家として知られる長田さんが 2021 年に発明した「長い話専用のカッター」によるものです。

「長い話は平和にとって脅威でした。なぜなら、長い話は、人々を抑圧し、洗脳し、戦争に動員するのにうってつけの手段だからです」と、ノーベル賞委員会のテッド・フィリバスター氏は選考理由を語ります。「ミスター・オサダのカッターはこの状況を大きく変えたのです。このカッターにより、人々は偉い人の長い話を簡単に断ち切れるようになりました」

受賞後のスピーチで長田さんは、平和の基礎は、多様な人々の言論の自由を保障することであり、権力者の長い話という監獄から人々が解放されることがなによりも重要だと訴えました。

なお、長田さんのスピーチは今も続いています。

苦い文学

いつもありがとうございます

はじめて買い物をした店なのに、帰りぎわに「いつもありがとうございます」と言われることほど、私にとってイヤなことはない。

もちろん、私にも、店の人がどうしてそんなことを言うかはわかる。言葉どおり、私がいつも来る常連だから感謝している、という意味ではない。

そうではなく、ただ、私を客の代表に見立ててそう言っているに過ぎないのだ。つまり「あなたのようなお客さまがたがいてこそのこの店です。心より感謝いたします」ということだ。

そして、これは同時に「あなたのようなはじめてのお客さまでも、常連のお客さまのように大切にいたします」と、店が客を大事にすることのアピールともなっている。

だが、それでも私はイヤなのだ。不気味なのだ。恐ろしいのだ。

なぜなら、私とそっくりな人間が、その店にすでに来ている可能性だって否定できないからだ。

私の預かり知らぬところで、私に瓜二つの存在が徘徊している……なんと不気味なことだろうか。

しかも、そいつは私の近くにいるのだ。いや、もしかしたら、そいつは私を探しているのかもしれない。私の行く可能性のある店をひとつひとつ訪問しているのだ。

「いつもありがとうございます」「いつも」「いつも」……。

そいつは、私がそこにいたと言う確かな証拠であるその「いつも」を辿って、いつか私の居場所に姿を現すことだろう。

そして、私を滅ぼし、何食わぬ顔で私として生き始めることだろう。

音楽

I Saw The Light

カントリーにも同名曲があるが、ここで取り上げる I Saw The Light は、トッド・ラングレン(Todd Rundgren)の代表曲だ。

非常に知名度のある曲で、日本でも高橋幸宏や高野寛がカバーしている。

この曲が収められているのは、トッド・ラングレンの 3 枚目のソロ・アルバム Something/Anything?(1972)だ。なお、トッド・ラングレンは現在も音楽活動を続けていて、新しいアルバム Space Force が 10 月 14 日に出たばかりだ。

さて、I Saw The Light は「君の目の中に(愛の)光を見た」というようなラブソングだが、私がこの曲で注目しているのは、曲の後半、間奏のギターソロの直後だ。

But I love you best
It’s not something that I say in jest
(だけど、本当に好きなんだ。ふざけて言えることじゃないよ)

in jest とは「洒落で、ふざけて、冗談で」というような意味だ。Something/Anything? のオリジナル・バージョンでは、この in jest の後に何も付け加えていないが、1972 年(At the BBC 1972-1982, Box O’Todd)、1973 年(Box O’Todd)のライブ・バージョンを聞くと、こんなふうに笑い声が加えられている。

It’s not something that I say in jest ha ha!

つまり、「ふざけてではないよ」と言いつつ、照れ隠しのように「ハハッ」と軽く笑っているのだ。

だが、1978 年(Back to the Bars)や 80 年代以降(The Best of Todd Rundgren Live など)のライブを聴いてほしい。トッドの笑い声がだんだんと「ギャハハ」に近づいてきているではないか。

そして、もっと最近のライブ(2013 年の Todd Rundgren’s Johnson Live、2016 年の Saban Theatre 2016)も、聴いて見てほしい。

「ギャハハ」どころか「ウヒャヒャヒャ!」だ。

もうわかった。完全にふざけているのだ。

苦い文学

韓国の優先席

韓国の友人と電車に乗った時、その人が、韓国では電車やバスの優先席には絶対に座ってはいけない、と教えてくれた。

日本みたいにうっかり座ると、叱られるのだという。

「周囲の人がそうやって注意するんですね」 そう私がいうと、その人は言った。

「違いますよ、お年寄りが怒るんです。ひどい時には、杖で叩かれたりします」

「そんなに元気なら座らなくてもいいでしょうに」

「韓国では年上の人が絶対なのです」 つまり、元気かどうかは関係がないというのだ。

「だから、韓国に行ったら、優先席には座らないでください。いえ、その近くにも行かないほうがいいですよ」

「近くもダメですか?」

その人はうなずいた。「私は優先席の近くにいるだけで震えがくるくらいです」

「そんなに!」

家に帰ってネットで調べて見たら、確かに「韓国では若者は優先席には決して座らない」というような記事がいくつもあった。

そんなわけで、今後、韓国に行こうという人は、優先席での無用のトラブルを避けるため、もっともっと老いぼれた上で渡航していただきたい。