小説

時代にログインできない男たち(1)

「あなたのような中高年男性は、すきあらば昔をなつかしもうとするし、目を離せば今と女性と外国人に対するヘイトスピーチに夢中になっているという具合で、たいへん評判が悪いのです」とカウンセラー。

「どうしてだと思いますか? それはズバリ、時代にログインできていないからです。考えてもみてください。OS でもアプリでも、アップデートするときにはログインが必要でしょう。あなたがアップデートできないのは、この今という時代にログインできていないからなのです」

「先生、私はずいぶんパッチを当ててきたように思うのですが……」と私。

「お黙りなさい! こんなひどい脆弱性は見たことがない。私が言っているのは、メイジャー・アップデートのことです。これは絶対に時代にログインしなくてはできませんから、すぐに取りかかってください」

私はカウンセラーの部屋を出て、自分の机に戻るとさっそくログイン用のパスワードを記した紙切れを探したが、どこにもなかった。

苦い文学

言文不一致

アジェンダ、コンプライアンス、アカウンタビリティ、エヴィデンシャリティ、オブノクシャス、ヒレイリアス、ペッティング……

日本復活党が政権を握ったとき、悪意に満ちた移民どもと一緒に追放したのが、これら意識の高い系の外来語だった。

そして、日本復活党は、美しい日本語を守るために、日本語純化を宣言した。「日本語は乱れてしまった! 私たちは本当の日本語を話すときに来ている! これからは国会も、学校教育も、公文書も、出版物も、すべて源氏物語時代の日本語に改める! それ以外の日本語を使うものは、反日勢力として処刑する!」

人々は叫んだ。「いとおかし!」 本当はもっと別のことが言いたかったのだが、教養と事情が許さなかったのだ。

ある学者によれば、今や、人々は 2000 通り以上の言い方で「いとおかし」を使い分けて、日々の生活を送っているそうだ。その学者はそのすべてを網羅した辞書も刊行したが、「いとおかし」としか書かれていなかった。

苦い文学

翼がないあなたに

「仕事もプライベートも翼がないためにうまくいかない」「翼があれば人生が変わるのに……」 そんなふうに思っていませんか。

ある統計によると、およそ8割の人が翼のないことで悩んでいるそうです。たしかに、鳥たちは自由ですし、堂々としています(もちろんあのドードーだって言うに及ばずです)。飛ぶと決めたら絶対に飛ぶ、そんなブレない翼に憧れてしまうのも当然です。

ですが、翼がなくても心豊かに生きる方法があったらとしたら? 翼を羨むだけの人生とはもうサヨナラです。翼がなくて悩んでいるあなたはぜひ次の6つの方法を試してください。

*心に翼を持つ:翼がなくても心に翼を持つことは可能なはず。心の翼で想像の世界を飛び回りましょう!

*成功体験を積み重ねる:小さな成功体験があなたの人生を豊かにしてくれます。毎日、手をパタパタさせて、少しずつ飛び上がってみましょう!

*未来志向:翼のない過去の自分ではなく、いつか翼が生えてくる未来の自分をイメージしましょう。

*自分を褒める:あなたは今日、翼なしでどんなことをしましたか? 翼なしに自分がしたことを褒めてあげるのも大事。

*鳥と比較しない:翼を持った鳥と自分を比較するのはナンセンス。翼のない自分を受け入れましょう。

*翼がないことの利点を考える:鳥ではないことをもっとポジティブに考えてみたらいかが? 翼がないからこそできることもきっとあるはず。例)地に足のついた活動ができる。毛虫を食べなくてもよい。

【まとめ】
翼のないことをいつまでもクヨクヨしていてはいけません。鳥は鳥、自分は自分という気持ちで一歩踏み出してみるのはいかがでしょうか。

苦い文学

イルミネーション

ビザのないその女性は、東京のどこかで隠れるように暮らしてきた。入管に捕まることも、警察に呼び止められることもなく、影から影を渡るように長い歳月を生き抜いてきた。

平日は朝から晩まで働き、日曜日は教会で祈り歌った。それが彼女の世界のすべてで、ほかに目を向ける余裕などなかった。

2003 年ごろから、人々は難民申請の話をしきりにするようになった。ビザのない外国人は強制送還されるから、難民申請をするしかない、というのだ。彼女にも勧める人がいたが、自分がそんなことをするなど考えられなかった。それに、教会では「難民申請は政府に背く罪だ」という人もいた。

それでも、難民申請をしたという人は増えていった。「強制送還されたら、どんな目に遭うかわかるでしょ」と言われれば、彼女も考え込まずにはいられない。いく度も迷ったすえ、することに決めた。

12 月のある日の午後、準備した書類を持って、品川の入管に行った。長い間待たされたのち、難民申請を受け付けるカウンターで書類を提出した。入管職員は書類を一枚一枚確認し出した。不備が見つかったら、そのまま収容されてしまうのではないか、と恐れたが、無事に受理された。入管を出た時には、もう暗くなっていた。

鞄の中には受理票があった。これがあれば、少なくとも当分は捕まることはなかった。

バスで品川駅に戻ると、駅は金色に輝いていた。よく見るとそこここに電飾が設置されているのだった。

電車に乗ると、光が車窓を通り過ぎていくのが見えた。そして、自分の住む駅に降りた彼女は、駅前の商店街が無数の光に包まれて輝いているのに驚いた。

長年住み慣れた東京がまったく別の姿を見せ始めたことに戸惑いながら、彼女はイルミネーションのなかへと歩いていった。

苦い文学

働かざる者

無職の私だが、それでもお腹は空いた。不思議なことに、朝起きれば朝食が、お昼になると昼食が、日が暮れれば夕食が、そして夜には夜食がほしくなった。

働かざる者食うべからず、というが、私はどうしても食べてしまうのだった。

私は空腹になると、鳴り止まぬ布袋腹を叩く。

「この腹め! この貪欲な胃め!」

私は口寂しくなると、憎きアヒル口を爪でかきむしる。

「この口め! このみだらな唇め!」

だが、結局は食欲のほうが勝つ。打ちのめされた私は悔し涙にくれながら、カツ丼や天丼、上ウナ丼を掻き込むのだった……。

しかし、この激しい悔悟と苦しい胃もたれの日々も終わるときが来た。私は、食事と食事の間の瞑想から目覚めると叫んだ。

「働かざる者が食べてはいけないのなら、おお、なぜ神は、無職の人間に食欲をお与えになったのだ! 勝手に食欲を与えておいて、それを禁ずるとは」

私は立ち上がり、肉まんと焼きそばパンと鮭おにぎりを抱えた。そして天を見上げると、怒りを込めて「食欲はなんのためにあるんだ!」と叫んだのだった。