風刺・戯文

ガチャガチャ

子どもを連れてデパートに行ったら、ガチャガチャのコーナーがあった。三段に積まれたガチャガチャが壁と中央に並べられている。小さなおもちゃが飾られていて、賑やかだ。

何の気なしにそのガチャガチャを覗いて私は驚いた。どれも 500 円なのだ。300 円のもあるが、1,000 円のものまであった。「昔は 100 円玉 1 枚だったのに。これがインフレというものだろうか」と思いながら立ち去ろうとすると、子どもが私の手を引っ張った。ガチャガチャをやりたいというのだ。指し示しているのは、猫のキャラクターのフィギュアで、100 円玉 5 枚と記されている。

「ダメだよ」といっても、子どもは聞かない。私は財布から 100 円玉 1 枚取り出した。「100 円のなら 1 回やっていいよ」 子どもは硬貨を握って、コーナーの奥のほうに走って行った。

100 円だなんてものはもうないかもしれない、と思いながら、私がコーナーの外で待っていると、子どもが駆け戻ってきた。泣きそうな顔で「100 円のがあったんだけど、出てこないよ」という。

「詰まったのかな」と、私は子どもに連れられてガチャガチャの世界に分け入り、問題の機体の前に着いた。回転式のレバーを回そうとして、屈んだ私の目の前に、こんな文句が入ってきた。

「100 円 1 枚で、レバーを 1 回まわせます! (玩具は出てきません)」

これがインフレなのだ。

苦い文学

諸子百家の時代

古代中国の春秋戦国時代の話です。当時は「諸子百家」と呼ばれるさまざまな思想家が現れ、競って諸侯に自分の政策を採用するように提案したものでした。

ある思想家が、共という国にやってきて、王にこういいました。

「王よ、王の国は今まさに三低三少、四無五失、八失人員によって滅びようとしています」

当時の資料によれば、「三低三少」とは地位が低く、付き合いや少ない人、「四無五失」とは、家族や資産などがなく、失敗と失意の人生を送る人、「八失人員」とはすべて失った人のことをいうそうです。

王は答えました。「お前の提案を述べよ」

「三低から三少を引くとすなわち何もなくなります。四無と五失を足すと九です。この九から八失人員の八を引くと一になります」

王はあまりに愚かな解決策に声を荒げて尋ねました。「お前は、その残りの一をどうしようというのか」

思想家は平然と答えました。

「この一から一党独裁の一を引けば、何もなくなり、すべて解決いたします」

この思想家がその後どうなったかについては、いかなる歴史書にも記されておりません。

苦い文学

千葉の熊

「千葉県は最強の県なのです」と語るのは吉田九郎さん。「美しい海もあれば峨々たる山もあります。海産物も野菜もないものはありません。東京ディズニーランドと成田空港がある県などほかにあるでしょうか。ですが」と声を曇らせます。

「最近、千葉に欠けていることが明らかになりました。それは熊です」

千葉県には熊がいないのは、関東平野に囲まれ、利根川で本州と切り離されているという地理的な要因によるものだとされています。

「そうだとしても、最強の県に最強の動物がいないっておかしくないですか?」 吉田さんはこう問いかけて笑います。

他県で熊のニュースが流れるたびに悔しい思いをしていた吉田さん、千葉を熊の住む県にするため、いくつかのプロジェクトを立ち上げてきました。熊の千葉県移住を促進するウェブサイトを制作したり、利根川に鮭を放流してみたり……ですが、どれもうまくいきませんでした。

すっかり手詰まりになった吉田さんにある日名案が浮かびます。「そうだ、熊になろう、と。ええ、熊を連れてこようという発想がそもそも間違っていたのです。『いないなら私がなろうツキノワグマ』 戦国武将の発想です」

現在、吉田さんは、千葉の山奥で黒い毛布をかぶってひとりで暮らしています。

「日を追うごとに自分が熊になりつつあるのを感じています。ガオー」

千葉の熊第1号が人々を襲いはじめるのもそう遠くないことかもしれません。

苦い文学

非対面世界(完)

無人の教室を後にして、一階の教務課に行くと、若い職員が出てきて、奥にある部屋に連れて行かれた。

そこには一人の男が座っていた。入学式などでしか見たことのない幹部だ。幹部は彼を座らせると、受講生からハラスメントの訴えがあった、と告げた。

「ちゃんと出席しているにもかかわらず、欠席にすると脅された、と連絡してきた」

「代理出席の疑いがあるので、しつこく言い過ぎたかもしれません。ですが、カメラをつけさせるたびに出てくる人が違うのです」

彼ははじめに女子学生、次に男子学生、そして今日はおよそ学生らしくない人物が現れたことを語った。

「だが、その証拠はあるのか。もしかしたら、名前を間違っている可能性もあるのでは?」

「いえ、そんなはずはありません……では、その学生の写真を見せてください。この学生ですよ」 彼はファイルから名簿を取り出し、問題の学生の名前を示した。

「彼女の写真ならここにある」と幹部は机の上のファイルを広げた。そこには、ぽっちゃりした女子学生の顔写真が貼られていた。

「この子ではありません。最初の学生も、その次もその次もみんな違う顔でした! みんな、この学生が雇った業者だったのです!」

その瞬間、室内に声が響き渡った。

「君の見たのはどの顔だ!」

幹部の背後にある扉が開き、あのナマズ髭の老人が姿を現した。

「さあ、答えるのだ。この写真の顔か、それとも他の顔か」

驚きのあまり彼は言葉を発することができなかった。

「答えられないのなら、教育活動に戻りなさい。さもなければ、この大学から出ていくかだ」

コロナ禍も出口が見え、多くの学校で対面授業が復活したが、彼の大学だけは今も相変わらず非対面授業を続けている。もはや彼は学生にカメラをつけるように求めたりなどしなかった。出席しようと、欠席しようと、代理出席業者に頼もうと、どうでもいいではないか。講義では、彼もまたカメラを消して、たった一人の教室で、好きな本を読んで過ごしている。

苦い文学

別の魔法使いの弟子たち

遠い未来の死にかけた地球、新型コロナウイルスが猖獗を極めるアルメリーの丘陵地帯に、魔法使いが暮らしていた。魔法使いには、緑と藍の二人の弟子がいた。

緑はなにかにつけ飲み込みが早く、一を聞けば十どころか百を知る頭のよさだった。魔法使いは「地頭のよい男だ」と思った。

もう一方の弟子である藍は、真面目で勤勉だったが、頭の鈍さと不器用さがすべてを台無しにしていた。「地頭の悪い男だ」と魔法使いは思った。

あるとき、魔法使いはフェーダーズ・ワフトで起きた事件のため、しばらくの間、旅に出なくてはならなくなった。彼は二人の弟子を呼び、留守の間の諸注意を与えた。さらに、新型コロナウィルスの正体を明らかにすべく研究を進めよと命じた。そして、魔法使いはマスクの束を持って出発した。

長く困難な旅を終え、魔法使いは帰還した。彼はさっそく二人の弟子たちを呼び寄せ、尋ねた。

「お前たちは新型コロナウィルスの正体を明らかにすることができたかね」

地頭の良い緑は自信満々にうなずいたが、地頭の悪い藍は悲しそうに首を振った。

「では、緑よ、お前の答えを聞かせてくれ」

「新型コロナウイルスの正体は、嘘です。魔法使いビル率いる秘密結社が、人類を支配し、家畜化するために、恐怖をあおっているのです」

魔法使いは旅の疲れがどっと出たような気がしたが、それを表に出さず、もうひとりの弟子のほうを向いた。

「藍よ、お前が答える番だ」

藍は、申し訳なさそうに答えた。

「残念ながら、新型コロナウイルスの正体は明らかにできませんでした。ですが、手に入るかぎりのデータを収集し、実験と治験を繰り返して、かなり効果の高いワクチンを開発しました」

魔法使いは二人を去らせ、書斎にこもると、疲れた顔を擦りながら「地道にしく地頭はなし、だ」とつぶやいた。