旅・観察

チュニジア行きの航空券

チュニジアに行くためには航空券がどうしても必要だ。そこで、四月三十日、私は近くのトラベル・エージェンシーに行った。私はいつもそこで買うことにしている。

チケットは三種類あった。まず二十万円台、これはカタール航空とエミレーツ航空だ。次が三十万円台のターキッシュエアラインとITAエアウェイズ。そして五十万円前後のルフトハンザ、エールフランスなどなどの航空会社。

これはもちろん、カタール航空かエミレーツ航空に決まっている。だが、戦争があった。現在でも欠航が多いと言うので、今後どうなるかわからない。行ったはいいが、ドーハやドバイで足止め、あるいは帰国時に急に飛ばなくなって、ヨーロッパ経由で苦労の末に帰国ということになっては大変だ。

その点、ターキッシュエアラインは、担当の人によれば、紛争地域の上を飛ばないので欠航はないという。しかし、十万円の差は大きい。何枚も出してもらった見積書を前に、私が迷っていると、担当の人が言った。

「明日から五月の運賃の改定とサーチャージの値上げがあるので、料金もおそらく高くなるでしょう」

私がさらに熟考していると、隣の席で相談していた年配の女性客の言葉が耳に飛び込んできた。

「急にキャンセルになってドバイで大変だったって、娘が言ってました」 チラと見ると、ヨーロッパ旅行のパンフレットを広げている。

私は決心した。チケット購入の手続きに進むと、担当の人が言った。「以前、登録していただいたパスポートなんですが、去年の九月に有効期限が切れていますよ」

そんなはずはない、と思ったが手元にパスポートがないので、確認できない。「一度切らしてしまっているので、再取得まで二週間かかります。ゴールデンウィークがあるので、もっとかかりますよ」

ああ! と私は嘆いた。平和も、パスポートも、期限があるのだ。とすれば、この私の命だって!

限りある命をひしひしと感じながら、私は急いで帰宅し、パスポートを確認した。トラベル・エージェンシーの情報は、ひとつ前のパスポートのものだった。去年のことなのに、切替申請したことをすっかり忘れていたのだ。

期限が切れていたのは記憶のほうだった。

苦い文学

クマ・サガル LIVE IN TOKYO (4)

私は最初のエレベーターの便で、7階の会場に到着した。紙のチケットは持っていなくて不安だったが、オンラインチケット専用のチェックポイントがあって、そこで携帯をかざせば無事に入場することができた。だが、その間に、紙のチケットを持った観客たちはどんどん追い越していった。

会場となる「T2 SHINJUKU」は、これまで私が行ったどのライブ会場とも違っていた。「ナイトクラブ」ということだが、会場の半分強がメインフロアになっていて、奥のほうに低い壁で囲まれた DJ ブースがある。その向こうにステージがあって、バンドがリハをしていた。私たちはといえば、メインフロアの外側に立たされていて、そこから先に入ることはできなかった。メインフロアの広い空間の左右には、コの字型の大きなシートが3つづつ設置されている。これが1万5千円の「VIPシート」だろうか? 数名の人が座っていた。

メインフロアの外側の私たちがいるところに別のブースがあり、そこにはクマ・サガルがいた。マイクを片手に、サウンドチェックをしている。私はその横に立ち、はるか向こうのリハーサルの演奏を聴いていた。ネパールの伝統的な音楽ということだが、聴いていると、フォークのプログレといった感じで、とても良い。

やがて開演時間の5時になった。クマ・サガルがステージに向かい、その中央に立つ。観客たちから歓声が上がる。何も言わずに歌い始める。だが照明も付かずステージは薄暗いままだ。

しかも、ステージから私たちのいる場所まで広大なメインフロアが広がっている。例の「VIP シート」には人もほとんど座っていず、フロア中ががらんとしている。そんな中、演奏が始まったのだ。

私はさすがに呆れた。観客をメインフロアにも入れるべきではないのか? そう思っていると、メインフロアと私たちを隔てていたベルトのバリケードが取り払われた。私たちは演奏中のステージに向けて突進する。私はうまく最前列、DJ ブースの脇に入り込むことができた。

クマ・サガルとバンドは暗いステージで演奏を続けていた。すると、20分ほどで演奏を止めてしまった。撤収を始める。彼らはステージを降り、満員の観客たちの中を押し合いへし合いしながら、奥の方に消えていった。

これで終わりなのだろうか? いや、ようやく気がついたのだが、これもリハーサルだったのだ。開演はチケットに書かれていた5時ではなかった。結局、私たちは6時まで待った。その間に、会場には次から次へと観客が流れ込んできた。

苦い文学

計画殺人(1)

昨年の7月、60代の男性Aが都内の自宅で心臓発作で死亡した。通報したのは知人男性B。Bによれば、二人で雑談している間に、Aが倒れたのだという。

検視ではとくに不審な点は上がってこなかったから、今ごろは単なる病死と片付けられているはずだった。もしも、BがAの死亡保険の受取人だという事実に、敏腕刑事、吉田三郎が気づかなかったならば。

吉田刑事は、Bの自宅を訪ね、Aの死亡時の様子を詳しく聞くことにした。

「雑談の最中にいきなり発作に襲われたとのことでしたが」

「ああ、そうだね」とB。

「その時の様子を詳しく教えていただけますか」

「いったい何のために? もう何度も話したじゃないか」とBがいら立つと、吉田刑事はほほえんだ。「ええ、確かに発作のことについてはそのとおりでした。ですが、発作の前についてはまだお話しいただいていないように思います」

「発作の前? 何のことだ」

「雑談をしていらっしゃったとおっしゃっていましたよね。そのことですよ。いったい何の雑談だったのでしょうか」

「それが何の関係がある? 何を話そうと勝手ではないか」

「ええ、その通りです。ですが、仕事柄、こうしたことまで調べておかなければならないのです」

吉田刑事はBが一瞬、冷たい目つきをするの見逃さなかった。「釣りだよ。Aは釣り好きだったからな」

「ほほう」と吉田刑事は手帳を開いた。「救急隊員の話によれば、Aさんは朦朧としながら、『このまま行けば、この世界は俺のものだ』と繰り返していたということですが、それが釣りの話といったいどんな関係があるのでしょうか」

Bは一瞬答えに窮したように見えたが、その戸惑いはもとの平然とした表情にかき消された。

「ああ、そのことね。計画、ただの計画だよ……」

苦い文学

赤ちゃんポスト

【ザンゲー新聞社説】
最近気になっていることだが、赤ちゃんポストはいつ成長するのだろうか。

赤ちゃんポストが話題になってずいぶんたつ。だが、成長したという話はいっこうに伝わってこない。

いつまでも赤ちゃんでいるというのは社会通念上どうだろうか。少しずつ成長して独り立ちし、大人ポストとして職務を果たすべきときが来ているのではないだろうか。

もしかしたら、ポストの成長過程は人間とは違うのかもしれない。だが、それにしても赤ちゃん時代が長過ぎやしないか。

それとも「まだまだひよっこです」という謙遜なのだろうか。

もうひとつ最近気になっていることがある。ジェンダーレストイレだ。

人々がこの言葉について議論するのを聞いて、トイレに男性と女性がいるということをはじめて知った。

男子トイレも女子トイレもみんな同じトイレかと思っていたらそうではないのだ。性別があるのだ。

うっかりして、男性トイレなのに女性扱いしたり、その逆に女性なのに男性扱いしたりしていた可能性も否定しきれない。それにジェンダーレスだ。勝手な先入観から女性や男性と決めつけて、不快な思いをさせていたかもしれない。

男はこうで、女はこうだ、というステレオタイプや、この世には男と女しかいない、という思い込みはもう時代遅れだ。深く反省しつつ、よりよい社会を目指したい。

苦い文学

マスクを外す時

2020年の2月にコロナ禍が本格的になり、私たちのマスク生活も2年以上となった。

ワクチンの接種の普及と、社会あげてのコロナ対策のおかげもあって、近頃では、制限緩和にむけての動きも見られる。

欧米ではすでにマスクの着用は限定的なものになりつつあるというし、韓国でもマスクなしでも外出できるようになったという。

我が国でも、マスクの着用が必要かどうかについての議論が活発になってきている。

ある記事ではこんなことが書かれていた。

「マスク着用が義務化された欧米に比べ、マスク着用が自発的になされている日本では、政府が主導してマスク着用を段階的に緩和していくべきだろう。」

私もこの見解に賛成である。そこで、私なりに、マスクの着用を完全になくすまでのステップを考えてみたので、関係者にはぜひ参考にしてほしい。

ステップ1:マスクを完全につけている状態
ステップ2:マスクを下にずらして鼻だけ出している状態
ステップ3:さらに下にずらして口も出している状態
ステップ4:マスクの耳掛けを右耳だけ外している状態
ステップ5:マスクの耳掛けを両耳外して、握りしめている状態
ステップ6:机の上に置いたマスクをじっと見つめている状態
ステップ7:マスクのことを考えまいとしても考えてしまう状態
ステップ8:外出中に、家に置いてきたマスクのことをふと思い出した状態
ステップ9:完全にマスクへの気持ちを断ち切って新たに歩み出した状態

散文

ただいま禁酒中!(4)

 アルコール依存症を、お酒を飲んで暴れだす病気だと思っていたが、そうではなくて、これは単なる症状の一つに過ぎないようだ。また、朝から飲まないから依存症ではない、というわけでもない。依存症の人の中には何年も飲まなくても平気な人もいるのだ。

 いろいろな話をまとめると、アルコール依存症とは、長年のアルコールの摂取によって脳が変質し、その結果、ある種の「スイッチ」が形成されることのようだ。このスイッチは、アルコールの摂取とある行動を直接的・強制的に結ぶ。すなわち、アルコールによってある行動にスイッチが入り、それを止めることができないのである。スイッチが入ると、暴れる人もいれば、静かに飲み続ける人もいるが、スイッチができたという点では同じなのである。

 私の友人で、同い年のチュニジア人男性がいて、依存症なのだが、一口飲んだだけで表情が一変したのには驚いた。それまでこわばっていた彼が一瞬にして人間らしさを取り戻した。スイッチが入って、人間になったのだ。もう素面では人間ではいられないほどの状態ということだろう。

 彼はまるで酒でなくては咲けない花のようだった。さすがのSMAPもこの花を「Only One」にするくらいなら、No. 1になったほうがマシだと歌うことであろう。

 それはともかく、去年のチュニジア訪問では、この彼は私にかこつけて「そうさ僕らも」といわんばかりに飲み出した。それで、彼の家族が激怒して、私は彼の家で調査をする予定だったのだが、できなくなってしまった。

 アルコール依存症の人がいる家庭は、その依存の程度がなんであれ、つらい。私は無責任なことをしたものだと反省し、今年の2月末にチュニジアに行った時は、彼に連絡を取らなかった。

チュニジアのビール「Celtia(セルティア)」(チュニスのレストランで)