風刺・戯文

愛国心あふれる国に

愛国心は国を守るための基礎です。核を持つことも大事ですが、愛国心のない人間に核ボタンを委ねることはできないのです。だから、日本をもっともっと愛国心にあふれた国にしなくてはならない。そんな気持ちに突き動かされて、私たちは戦後 80 年の歴史で初めて、日本国内の愛国心の増強のための取り組みを始めました。

ですが、私たちを愕然とさせたのは、日本からは愛国心が払底してしまっているという事実でした。民主主義の病理はじつに徹底していたのです。日本国内で愛国心を再興することが無理だとわかったとき、私たちが「愛国心の輸入」に目を向けたのは自然の成り行きでした。

ですが、輸入といっても、私たち日本人にふさわしい愛国心でなくてはなりません。また、生きのよさも重要です。そこで、勇ましい戦争を戦っている最中のロシア産とウクライナ産の愛国心が候補として絞られました。

どちらの国がいいでしょうか。私たちはいくども議論をした結果、ウクライナ産の愛国心を選びました。ひとつには、歴史的な共通点があります。つまり、日本もウクライナも、侵略する側ではななく、防衛するために戦争を戦ってきたという点で似ているのです。また、現地視察の結果、ウクライナ産の愛国心が非常に優れているということもわかりました。純度が高く、勇気農法で涵養されていたのです。

私たちは、ウクライナ側と粘り強く交渉を進め、ついに愛国心の輸入を実現したのでした。

ですが、その結果は、おそらくすでにお聞きでしょうが、落胆させるものでした。ウクライナの高品質の愛国心は、長い航海には向いていなかったのです。日本で私たちが目にしたのは、醜く変質した汚物でした。

私たちはここで気がつきました。愛国心は豆腐と同じだったのです。豆腐に旅をさせるな、というように、愛国心も旅をさせてはいけなかったのです。この苦い経験は私たちを挫けさせるどころか、新たなアイディアを与えました。現在、私たちは、長い輸送にも耐えられる愛国心に適した大豆の品種改良を進めています。

苦い文学

お餅の事故

「フグの卵巣より危険な食べ物を知っていますか」と博士は問いかけた。「ええ、お分かりですね。それはお餅です。フグの毒で亡くなる人より、お餅の事故で亡くなる人のほうがはるかに多いのです。餅は危険だ! 餅を禁止しろ! そう言うのは簡単です。ですが、お餅は日本の大切な文化です。お餅がなくなることは、この日本を破壊することなのです」

客として招待された私たちはじっと老博士の言葉を聞いていた。

「なんとかしなくては、この状況を変えなくては、そんなふうに考えていた私は、あるとき、ひらめいたのです。もしも人間の摂取器官が、お餅を摂取しても窒息しないような構造だったら、こんな事故など起きないのではないか、と。これが研究の出発点となりました。そして、今日、みなさんにおいで願ったのは、お餅を食べても絶対に窒息しない新しい日本人の誕生をともに祝うためなのです」

期待と多少の恐怖にざわめく私たちの前で博士は叫んだ。

「さあ、出てくるがよい!」

博士の後で凄まじい音がして、壁が崩れた。そして、見るも恐ろしい生物が現れ出たのだった。私たちは悲鳴を上げることすらできなかった。博士はポケットから餅を取り出した。「みなさん、見てください!」

博士の手に乗った餅を前にして、その恐ろしい生物は口を開いた。だが、それはなんという口であったろう。四方に裂けたその口の中には、無数の牙がびっしりと生えていた。そして、その牙の間には、蛇とナメクジの合成生物のような器官がおぞましくも密生し、うごめいているのだった。それを見るや、誰もが嘔吐を始め、ご婦人方は失神してバタバタと倒れた。

その恐怖の生物は耳を破壊するような異常な絶叫を上げるや、餅ばかりでなく老博士を飲み込んだ。そして、血にまみれた翼を広げると、お餅の事故におののく私たちを置き去りにして、空のどこかに飛んでいった。

苦い文学

終わりの始まり

ニュースで誰かが預言者よろしく「これは終わりの始まりといえるでしょう」と語ったとき、私たちはその空虚な響きに驚愕した。

「終わりの始まりだと!」

私たちはどんなに頑張っても、この「終わりの始まり」を否定もできなければ、偽だと暴くこともできなかった。

「終わりの始まり」……終わったと言いきっているわけでもない。と同時に、なにか別のことが始まったとも主張しているわけでもない……いや、それどころか、なにひとつ言っていないのだ!

なぜなら、どんなことだって始まったからにはいつか終わるのだから。つまり、なにかの始まりとは、すでにしてなにかの終わりの始まりなのだ。そして、なにかが存続するかぎり、終わりの始まり状態が続く……。ああ、「終わりの始まり」とは終わらないということだ!

なんと禍々しい言霊だろうか。この言葉を使う者は絶対に正しく、だれひとり反論できない。もう無敵なのだ。まるでこの語句には真実という頼もしい味方がついているかのようだ。

このような言葉を許してもいいものだろうか? 「徹底的にこの言葉に抵抗しよう!」私たちはついに立ち上がった。終わりの始まりの終わりの始まりのために……。

苦い文学

非対面世界(7)

次の授業の時がやってきた。彼が Zoom を立ち上げると、次々と学生たちの名前が表示された。その中に、例の学生の名前が含まれているのを彼は確認した。

授業開始時間になった。だが、彼は授業を始めなかった。教科書を開けろとも言わなかったし、用意した資料を画面共有しようともしなかった。

その代わり、彼はあの学生の名を呼び、カメラをつけるように求めた。もしそこに女子学生でなく男子学生が現れたら、徹底的に追及してやろう、そう決心していたのだった。

彼はもう一度名前を呼んだ。「カメラをつけてください」 

黒い画面が消滅した。女か、男か、コインが投げられたのだ。そして、顔が映し出された。

老人。両口脇と唇の下から三本のナマズ髭を生やした老人が静かに彼を見つめていた。髭の先は画面の外で見えなかった。

彼は唖然としたが、すぐさまマイクを通じてこの老人に名前を確認した。すると、ナマズ老人は表情を変えずにカメラを消した。

「カメラをつけてください! カメラをつけてください!」 彼は大声で繰り返し、急いで Zoom のチャットを開くと、この学生に向かってメッセージを送った。

《カメラをつけてください。カメラ! つけなければ欠席にしますよ! カメラ!》

その瞬間、その学生の名前がリストから消えた。退室したのだ。「逃げた!」 彼は思わず叫んだ。怒りが込み上げてきて、彼は一人一人の学生の名を呼びはじめた。カメラをつけさせ、顔と性別を記録していった。出席者全員終わったときには、授業終了時刻をとっくに過ぎていた。

彼はすべての学生を退出させた。Zoom を終了し、パソコンを閉じた。すると、携帯が鳴った。出ると、直ちに教務課に来るようにとのことだった。

苦い文学

入管の中の死者

死者がまるで生きているかのように街を歩き、人々を脅かした。警察はその死者を逮捕しようとしたが、法律は生きている人のためのものだった。

そこである賢い人が、死者を呼び止めて言った。「在留カードを提示しなさい」

死者はそんなものは持っていなかった。「なんだ、不法滞在外国人か」と、人々は安心した。そして、死者を捕まえて、海辺の入国管理局に連れて行った。

入管は、この死者がいつ入国したのかも、どんなビザを持っていたのかも、そしてどの国に強制送還したらいいかもわからなかった。だが、日本人ではないことは確かなようだった。なので、収容所に放り込んだ。

死者が収容されたとの噂は、たちまち収容所中に広まった。被収容者たちは憤慨し、恐れた。そして、新入りが来るや、死者ではないかと疑ってかかるのだった。だが、当の死者は、意外に生き生きとしていたので、誰にも気づかれなかった。

死者はものを食べなかった。食事に手を付けない日々が何日も経ったとき、まわりの被収容者たちが「俺たちも食べないぞ!」と騒ぎだした。死者が入管への抗議のハンストをしていると勘違いしたのだった。

ハンストは収容所中に広がった。慌てた入管職員たちは直ちに原因をつきとめ、死者を独房に閉じこめた。

死者はついに自分の墓に入れたと喜んだ。