小説

座る能力(後編)

たとえば、たまたま近くにあった社長の椅子に私が座ったとしよう。そのとき、なにが起こるだろうか。いや、なにも起きない。というのも、周りにいる人すべてが、私をまるで社長であるかのように扱いだすのだ。とうの社長ですら、私を社長と呼びはじめる始末だ。

また、うっかりして、女性の膝に座ってしまったこともある。通常ならば逮捕は免れないこの行為が、いかなる咎めも引き起こさなかったのは、おそらく周囲の目には私があどけない子どものように見えたからにちがいない。

こんな能力を持つ私だが、海外旅行、とくにアメリカに行くことだけは用心せざるをえない。一部の地域では、いまだに電気椅子による処刑が残っているからだ。

だが、私は諦めることができない。エルヴィス・プレスリーの生誕の地、テネシー州メンフィスを訪れたい。フロリダ州のディズニーランドにも家族で行きたい。だが、このどちらの州でも、たとえ歴史的な痕跡にすぎないとしても、電気椅子が法として残っている。私は恐ろしい。観光の途中で、私がふと座りたいと思った瞬間にあの能力が作動しはじめ、アメリカ合衆国の良識と法律とを総動員して、私を電気椅子に座らせてしまうのではないかと。

だからこそ、全世界から死刑が撤廃されなければならない、と私は思う。そんな理由から、今、死刑反対運動の団体で、チェアーを務めている。

苦い文学

はしゃぎすぎ問題

2024 年の外国人観光客数が 3300 万人を超え、いつのまにか観光大国となっていたニッポン。訪日外国人の増加とともに、観光地や交通機関などでの迷惑行為が問題となっています。

文化の違いなどさまざまな原因が考えられますが、やはりもっとも大きな要因は「はしゃぎすぎ・調子に乗りすぎ」でしょう。

外国人観光客はそもそも、観光するため、遊ぶため、日常から飛び出てハメを外すために日本に来ているのですから、はしゃぎすぎたり、調子に乗ったりするのは無理もありません。ただ問題は、いつも通りの日常を生きる私たちにとっては迷惑だということです。

外国人観光客の迷惑行為については、この違いを理解した上で、対策を講ずることが肝要です。

さて、私たちもまた、旅行中は、はしゃぎ、調子に乗るわけですが、いったいどんなときに、しらけてシュンとしてしまうでしょうか。それはもちろん、仕事やら出勤やら支払いやらの日常のあれこれを思い出したときです。としますと、訪日外国人の「はしゃぎすぎ問題」も同じように「解決」できるのではないでしょうか。

ここで、中国人観光客を例にとってみましょう。中国からの観光客は 600 万人を超え、訪日観光客全体の約 2 割を占めますから、「はしゃぎすぎ」による迷惑行為もかなりの件数に及ぶと考えられます。

では、これらの中国人観光客を否応なく現実に引き戻し、「ああ、結局帰らねばならないのだ……」とドンヨリとさせるにはどうしたらいいでしょうか。

もっとも確実なのは、最高指導者の習近平さんの顔を見せることです。中国の方々はこの顔を見たら故国での日常を思い出さずにはいられないのです。いや、むしろ、「はしゃぎすぎ問題」も、この顔がないから起きてしまうのではないでしょうか。

となると、私たちがすべきことは、観光地のあちこちに習近平さんの肖像を飾り、シールにして電柱に貼ったりすることです。主要な駅に銅像を建てるのもいいかもしれません。観光地で習近平マスクを無料で配布したり、そっくりさんに活躍していただくのも、効果的でしょう。

以上、中国人観光客についてお話ししましたが、他の国からの観光客に対しても、それぞれに有効な手立てがあるかと思います。また、私たちも、海外旅行のさいには、外務省の海外安全ホームページの「はしゃぎすぎ危険情報」を事前に熟読し、エッフェル塔の前での迂闊なポーズ等せぬよう十分な注意を払いましょう。

苦い文学

経済回せ!

「経済回せ!」が私たちの合言葉。それこそが、この停滞しきった日本を甦らせるたったひとつの方法だ。

経済が回れば、金が動き、人々が潤う。金が血のように日本全体をめぐり、私たちに生命を与える。

だが、経済をどうやって回せばいいのだろうか? 「そもそも経済が回るものなどと知らなかった!」 こんなふうに叫ぶものすらいるありさま。

有名な経済学者が提案した。「経済を回すには富裕層の力がどうしても必要だ。なぜなら、経済を回すには経済力がモノを言うからだ」

私たちは富裕層に頼み込み、その力を借りて回すべき経済の開発に打ち込んだ。そして、それはついに完成した。経済を回す時がやってきたのだ。

私たちは管制センターに陣取り、モニターに映された巨大な構造物を注視した。準備万端だ。秒読み開始!

10、9、8……。エネルギーが満ち、経済機構がうなりはじめる。5、4、3……経済指数が限界まで上昇する!

2、1、回せ!

ミシミシと地響きを立てて経済が動き始める。回った! 成功だ! 私たちは歓声を上げ、互いに抱き合った。

そして、回り出した経済は私たちをバリバリと巻き込み、富裕層以外のすべての人々を挽肉にすると、どんな災害よりも激甚に日本を破壊して、海の底に転げ落ちていった。

苦い文学

非対面世界(4)

ここで彼は、代理出席業者を使っている学生に対してどのように臨むべきか、つまり、放置するか、追求するか、の二つの選択肢の間で迷うこととなった。

同僚の意見にしたがえば前者だ。これはいかにもおかしな意見のように思えるが、実のところ理にかなっている。少し長くなるが説明しよう。

まず、日本は少子化のためどの大学でも学生を集めるのに苦労している。

そのため、留学生、特に金払いのいい中国からの留学生を受け入れるのはどの大学にとってもメリットのあることだ。

しかし、すべての留学生が大学で学べるだけの能力があるわけではない。日本語は最低でも N2 が必要だし、基礎的な学力も重要だ。その結果、日本の大学に進学できる留学生というのはそれなりに絞られることになる。また、大学自体にも受け入れ能力に限度があり、通常は(まともな運営をしていれば)、手当たり次第に留学生を入学させるということにはならない。

だが、世の中には、まともでない大学もあるのだ。彼の働く大学のように、日本語がろくに話せなくても、どんどん留学生を受け入れてしまう大学が。その理由はもちろん金になるからだ。

だが、そもそも、なぜ日本語の能力に欠けた学生が日本の大学に入るなどということがありうるのか。これを理解するためには留学生の実態を知らなくてはならない。

苦い文学

イデオン

私たちは高齢者が引き起こす交通事故について議論していた。

一人が憤激して叫んだ。

「まったく、どれだけ多くの子どもたちが殺され、親が苦しんでいることか、私はもう苦しくてたまらないのだ。なのに老人どもときたら、平気で車を乗り回している! 子どもを殺せば殺すほど長生きできるという奇怪かつ有害な信念にとりつかれてるんだ、やつらは! 老人どもからすべての免許を取り上げるべきだ!」

もう一人が落ち着いた声で言った。

「怒る気持ちはわかるが、そうした感情論だけでは解決しない。今、地方の高齢者から車を取り上げたら何が残る? とくに一人暮らしの場合に? みな車なしに成立しえない暮らしをしている、それが問題なのです。悲惨な事故をなくすためには、車がなくても高齢者の生活の質が保障される環境も整備する必要があるのです」

別の男が新たな論点を提示した。

「高齢者のことばかりに焦点が当たっていますが、アルコール依存症などの影響も重大ですよ……」

我々の議論はつきなかったが、結論としては「原因はイデの発現」ということに落ち着いた。

いつかどこか新しい星で、みんなで再会できたなら……