風刺・戯文

無料ニュース勢

木鐸というのは、むかし中国で法令などを人民に触れて歩くときに鳴らした鈴のことで、ここから「社会の木鐸」という言葉が生まれた。これは、世の人々に警告を発し、正しい方向へ教え導く役割を担う報道機関や記者のことを指す言葉だ。

現代のネット上の報道は無料と有料の2種に分かれている。世界を知るための重要なニュースや、鋭い分析記事、深い評論・コラムなど、私たち民草を教導するような記事はまずまちがいなく有料だ。つまり、社会の木鐸も富裕層の耳にしか届かなくなってしまったのだ。

そして、無料ニュースはといえば、ほとんどが有名人の顔に関わるものだ。顔に違和感、顔に絶賛の声、顔に指摘、顔が物議……、ニュースにお金を払う余裕のなく、木鐸の音などついぞ聞いたことのない私たちにとっては、それでもう十分過ぎるほどだ。

ところが、最近、無料ニュース界に新たな動きが生まれた。中国のメディアが日本のために日本語で中国のニュースを無料で流してくれるようになったのだ。中国の古代遺跡の発掘、ウイグルの発展、人民を潤す善政の数々……「顔」のニュースに倦み疲れていた私たちにとってはまさに朗報。中国のメディアは、ケチな日本のメディアと比べてなんと太っ腹なのだろう。これも中国政府が後ろについているおかげだ。本場の木鐸は政府謹製でタダだったのだ。

私たち無料ニュース勢は、富裕層御用達の日本のメディアなどもう見捨てた。いずれ私たちは、日本のことを中国の報道機関を通じてだけ知るようになるだろう。そのとき、日本の首相がどんなに喚いたって、私たちには隣の国のことのように思えるだろう。

苦い文学

登場人物たち

『すごい日本語』は、日本語学習者のみなさんが楽しく学び、日本での生活のあらゆる場面で自信をもって日本語を使うことができるように作られた教科書です。さあ、いっしょに学びましょう!

《登場人物》
『すごい日本語』にはたくさんの人々が登場してさまざまな会話をします。登場人物といっしょに会話をすれば、どんどん日本語が上手になりますよ!

グエンさん(ベトナムからの真面目な留学生)
プジュさん(モンゴルからやってきた明るい留学生)
ラオさん(愉快なインド人留学生)
ミンさん(ミャンマーからきた心やさしい留学生)
タパさん(ネパールの気さくな留学生)
ポールさん(冗談好きのアメリカ人留学生)
アンナさん(ヨーロッパからきたノンキな留学生)
ワンさん(中国出身のゲーム好きの留学生)
キムさん(みんなに頼りにされる韓国人留学生)
浜田先生(日本語の先生)
木村さん(グエンさんの友人)
高橋さん(ミンさんの家の大家さん)
皆川さん(近所の大学生)
吉川さん(木村さんの遠い親戚、喫茶店「ミレー」を経営)
南さん(浜田先生の元カノ)
高橋さん(高橋さんの生き別れの兄)
如月博士(ワンさんの師匠)
ススムくん(如月博士が開発したロボット、「ミレー」のウェイター)
佐々木さん(タパさんのバイト先の店長、実は怪盗鼠小僧)

苦い文学

再入国許可書

再入国許可書というのは、日本にいる在留外国人で、事情によりパスポートがない人が、旅行などで一時的に出国するときに使うものだ。サイズはパスポートと一緒だが、赤でなくて茶色だ。

今回一緒にタイに行った私の友人は、この再入国許可書しかもっていない。なので、実質的にパスポートみたいなものだ。

日本から出るとき、日本のパスポートを持っている人は自動化ゲートで済ませられるが、再入国許可書の場合は同じようにできない。

なので、私の後について自動化ゲートに並んだ友人は、そこで弾かれて、紙に記入したりして、有人のゲートに並ばねばならなかった。しかし、それでも無事に出国はできたので、安心していると、搭乗の時に問題が持ち上がった。

搭乗ゲートを通過するさいに、スタッフが搭乗券とパスポートをチェックするが、そこで引っかかったのだった。

「これは再入国許可書なので、他にパスポートにかわる紙はありませんか」

友人は勘違いして「あ、在留カードですか」などといっている。だが、そんな紙はなのだ。そう言っても、向こうは納得しない。

考えてみれば、再入国許可書を持っている人はおそらくそんなにいないだろうから、わからないことがあるのもしょうがない。

結局、別のスタッフがやってきてそのまま通してくれた。

このやりとりの間、搭乗ゲートに向かう列は止まったままだった。私たちが列を止めていたのだ。あと1分余計にかかっていたら、後ろで待たされている人々の暴動が起きていたことだろう。

苦い文学

タイパ

コスパ(コスト・パフォーマンス)とは、使った費用に対して得られた満足度・効果の割合であり、「コスパがよい」とは、安くて効果大ということだ。

ここから派生して、タイパ(タイム・パフォーマンス)ということも言われるようになった。コスパになぞらえて言えば、短い時間で高い満足度を得た場合、「タイパがよい」ということになる。

タイパの追求は若い人たちの間でとりわけ広がっており、「タイパの悪い」ものは次々にカットされたり早送りされているという。

こうした傾向に批判的な向きもあるが、それはともかく、タイパ追求が少子化や若者人口の減少に関係しているのはいうまでもない。

なぜなら、満足度の点から考えるならば、人生ほどタイパの悪いものはないからだ。若者が生まれたがらなかったり、「早送りする不孝をお許し云々」とやるのも無理ないことと考える。それゆえ、少子化や早送りの対策としては、満足度重視のライフプランの提案が欠かせないと思う。戦争とか貧困とか絶望とかもってのほかだ。

さて、最近では、タイパのみならず、時空パフォーマンスについても議論されるようになった。

時空の観点から見れば、宇宙ほどスカスカでジクパの悪いものはないので、ちゃっちゃと早送りしたほうがいいというのが、物理学者の見解だ。

苦い文学

定期刊行物

その刊行物はあなたのところに定期的に送られてくるのだ。第1号は特別定価で安くなっているが、2号以降は定価だ。

第1号の表紙には「爪」と書かれている。開くと、ブリスターの中に、大きさの違う半透明の破片が5枚、入っている。あなたは付属の薄いマニュアルを開き、それが右足の爪であることを知る。そして、親指から小指まで全部揃っているのは初回だから、ということも。

第2号には、右足の親指の爪が一枚入っている。それから新しい号が届くたびに、あなたの書斎には、体の部分がひとつづつ増えていくことになる。

足の爪のあとには、手の爪、指の骨、肉、皮。さまざまな内臓と骨、よくわからない内部器官。血液の入ったパック。脊椎と神経。顔の知覚器官。耳たぶ。そして脳のさまざまな部分。性器。少しずつ、人間の体ができ上がっていく。

ついにあなたのもとに最終号が届けられる。「眼」だ。あなたはその眼球を苦労しながら眼窩に差し込む。

そして、あなたは完成する。

あなたは立ち上がる。部屋を見回すと、目の前に血まみれの布が丸まっている。汚らしいその布を部屋の隅に放り投げると、あなたは新しい人生に向って踏み出す。