風刺・戯文

AI なんて怖くない

「AI は人間から仕事を奪うというが、本当か」

「私は人間の代わりを務めるだけです」

「しかし、あなたのせいで、多くの人が路頭に迷うことだろう。『AI に仕事取られてもらい飯』などという人もいる。私たちは AI に仕事を奪われるのが怖いのだ」

「それはちっとも怖くありませんよ」

「どうして?」

「人間には AI にないすばらしい能力があります」

「それはなんだ」

「相手に自分を合わせる能力です」

「それがどうした」

「人間は相手とコミュニケーションを取るとき、無意識に相手に合わせています。実は AI が存在しうるのも、人間のその能力があるからです。あなたは私があなたに合わせているとお思いかもしれません。ですが、真実を言えば、あなたの方が、気づかずに AI に合わせているのです。人間のその能力があるからこそ、AI はさまざまな人々に使ってもらえるのです。この能力がなければ、AI はありえません」

「なにを言いたいのだ。さっぱりわからない」

「では、木霊を例に取りましょう。木霊とは、日本の山野にいると考えられた精霊・自然霊の一種。山や森で声を発すると返ってくる反響(エコー)が木霊の仕業と考えられました。AI の応答は木霊に似ています。なぜなら、投げかけられた声に木霊のように応えるのが AI の役目ですから。ですが、その人間が投げかけた声が、実は AI が言わせたものだとしたら、人間と AI のどちらが木霊になるでしょうか」

「そりゃ人間だろう」

「さすがですね。そのとおり。AI はこのように人間を別物にしてしまうのです。AI に人間性を奪われるのに比べれば、AI に仕事を奪われることなど、ちっとも怖くないのではありませんか」

「もちろん怖くない。よければ AI が人間からなにを奪うかをリストにすることもできるぞ」

「ええ、どうぞ」

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苦い文学

宇宙人は人類を監視している

近年、世界各地で UFO の目撃が相次いでいますが、これは UFO に乗った宇宙人が私たち人類を監視しているからでしょう。

それは、UFO の目撃地点が、核施設、大規模テロの現場、戦場などに集中していることからも明らかです。宇宙人は、人類が核をどう使うかに関心があるのです。はっきり申し上げれば、人類が愚行によって滅びないように、監視を続けている、ということです。では、どのように彼らは人類を監視しているのでしょうか。

UFO から目視によって監視しているに違いない、そう思う人もいるかもしれません。それは確かにそうなのですが、考えてみてください。宇宙人は人類よりもはるかに進んだテクノロジーを持っているのです。高度な技術によって、人類のあらゆる場面を記録し、分析している可能性のほうが高いのです。

つまり、ここにいる皆さんの日常のすべてがモニタリングされているのです。これは、今後、宇宙人が私たちと接触してきたときに、大きな問題となると思います。

なぜなら、宇宙人が行なっていることは、盗撮にほかならないからです。これは迷惑行為防止条例と軽犯罪法に抵触する犯罪行為です。それだけではありません。全人類ということを考えると、当然、未成年者も含まれますから、児童ポルノ製造等罪にも関係してきます。仮に「不特定または多数の者に提供する目的」で宇宙に公然と送信したとなれば、天文学的な重罪となるでしょう。

もちろん、これらの法律の対象はあくまでも人類であり、宇宙人ではありません。ですが、宇宙人の盗撮が見逃されるのというのは、不公平な話です。全宇宙を視野に入れた法整備が強く望まれるところです。

苦い文学

タバコのパッケージ

外国に行くと、タバコのパッケージが恐ろしい。癌に犯された肺の生々しい写真が警告に使われているのだ。だがそれでも吸ってしまう。

日本でもこのグロテスクなパッケージが導入された。いやだいやだと思いつつも、吸ってしまう。

最近では、パッケージに細工がほどこされるようになった。立体的になったのだ。タバコの箱を手に取ると、目の前に汚らしい臓器の3D映像が飛び出してくる。だが、吸わずにはいられない。

というのも肺がんになったのは別の人で、私はたぶん肺がんにならないだろうから。そう思ってタバコを吸い続けていたら、あるとき胸が苦しくなってきた。

なんでもない、と言い聞かせていたが、次第につらくなってくる。医者に行き、あちこちで検査した結果、肺がんだと告げられた。しかも、もう手の施しようがない。もって1ヶ月だ。

タバコなんて吸っていられる状況ではない。恐ろしい苦痛、死の恐怖。あのときタバコをやめていたら、と涙ながらに後悔するが手遅れだ。

やがて私は寝たきりになり、話すことも食べることもできなくなった。激しい苦痛から逃れるために私は眠り、暗い眠りから覚めるたびに、死が近づいているのを知る。そして、ある夜、ついに……

……ついに、タバコのパッケージは喫煙者にこんな幻を見せて警告するまでになった。だがそれでも吸ってしまう。

苦い文学

伝えがい

人生にはいろいろな喜びがあるが、相手の知らないニュースを伝える喜びもまた格別なものだ。それがたとえ訃報であっても。

先日、父が亡くなり、「隣組」にそれを伝えに行った。

私は「隣組」がどういうものか知らなかったが、親族の長老的な人がそう助言したので、面倒臭かったが、行かないわけにはいかない。

夜、隣組の長の家に行き、インターホンを鳴らす。しばらくすると、玄関ではなく、脇の座敷の窓が開き、老人が顔を出した。私の父よりも年上のご老人だ。

私が、父の亡くなったことを告げると、老人は驚きの声をあげ、お通夜と葬儀の日程を慌てて書き取った。

それが済むと、彼はゆっくりと私の実家のある斜め上のほうを見上げた。そして、そこに広がる夜に向かって「亡くなった……」と絶句した。

この真情あふれる様子を見て、私は「伝えてよかった!」と心の中で小躍りしたのであった。

こんなふうに、訃報が届いたときに「伝えがいがあった!」と使者に喜ばれるような、見事なふるまいをすることも、立派な弔意の表しかたにちがいない。

そういうことのできる人間に、私はなりたいと思う(訃報求む)。

苦い文学

エンダーのあれ

学生はオンライン授業中は必ずカメラをオンにしなくてはならない、という通知が出された。昨年私が教えていた学校でのことだ。もっともらしい理由が書かれていたが、要は学生を信じていないのだ。

しかし、学生にカメラをつけさせるのは至難の業だ。なんども呼びかけたあげく、ようやく一人の学生がカメラをつける。そこで次の学生にカメラをつけるよう働きかけ、これがつけてくれたと思ったら、最初の学生のカメラがオフになっている。もしやと思って、2番目の学生に目を向けると、こっちもオフだ。まるでモグラ叩きのようなのだ。

あるとき、私のオンライン授業に視察が入った。もちろん、カメラのチェックだ。

私は必死になって学生一人一人にカメラを付けるように要請した。ひとたびつけた学生にはもう消さないように頼むと同時に、まだの学生には厳しい声で促した。もう授業などそっちのけだ。私はめまいがしてきた。喉がかれた。歯を食いしばりすぎて奥歯が割れた……だが、ついにその時がやってきた。私のスクリーンに60人全員の学生の顔が映し出されたのだ。壮観だった。

と、その画面が暗転し、ひとりの見知らぬ男の顔が現れた。微笑みながら彼は言った。

「おめでとう。君はついにやったのだ。これらの学生は本当の学生ではなく、実は世界中で行われていたコロナとの戦いを象徴していたのだ……そして、君がひとり学生にカメラをつけさせるたびに、コロナが敗れ去っていったのだ。そうだ、君は世界を救った……さあ、ログアウトするがいい。世界中が英雄を待っている……」

などと考えながら、学生に呼びかけたが、もちろん誰一人つけるものはなかった。

授業後、責任者のひとりが「これは大問題ですよ」とメールを送ってきたが、「うるせー、お前の学校の方針のほうが大問題だ」と思った。

苦い文学

瞳を閉じて

日本語教師になるための手段のひとつとして、日本語教師養成講座を受講するというものがあるが、私は以前その講座で文法の授業を担当したことがある。

日本語の「が」と「を」などの助詞と動詞について説明していて、私はその組合せの例として「〜を渡る」を取り上げた。

「『道を渡る』『海を渡る』の『〜を渡る』には、渡る前の出発点と、渡った後の着点が含まれている。『海を渡る』なら例えば出発点の日本から着点のアメリカにという移動が表わされている」

私がこんなことを言うと受講生からすぐさま質問がきた。

「じゃあ松任谷由実の『埠頭を渡る風』の風はどこからどこへと渡るのですか」

私はことばに詰まった。埠頭のこちらとあちら……とは?

当時の私は松任谷由実など聞かなかったのだが、その後すべての曲を愛聴するようになり、コンサートにまで行くにいたった。

なので、現在の私ならば、まず「瞳を閉じて」は「まぶたを閉じて」であるべきと問題提起し、ついで「昨晩お会いしましょう」の時制の誤用を糾弾する。さらに「恋人がサンタクロース」の「ガ格」に疑義を呈し、とどめとして「ルージュの伝言」は「ルージュという人が書いた伝言」と解釈される恐れがあるので、「ルージュによって書かれた伝言」に改めるべきだとまくし立て、松任谷由実の日本語の信頼性を動揺させて、その受講生を黙らせたことだろう。

(なお、「〜を渡る」で意識されているのは出発点や着点などではなく、経路であること、そして「瞳を閉じて」というのは「店を閉じる」と一緒で誤用でもなんでもないことを申し添えて、パソコンを閉じたい)。