風刺・戯文

歴史の試練

僕たちが恐れていたことが、現実になろうとしていたんだ。

2025 年 12 月、アメリカのトランプ大統領はびっくりするような行動に出た。ナイジェリアのイスラム過激派に、キリスト教徒が迫害されているといって、空爆を実施したんだ。大統領は、キリスト教徒を守るためならば、軍事行動だってやるぞ、と世界に睨みを効かせてる。

このニュースを見て、僕たちは本当に心配になったんだ。トランプ大統領は、次に僕たちのこの日本を攻撃するに決まっているから。

だって、トランプったらこんなふうにいったっていうじゃないか。

「Run of Shimabara(島原の乱)!」

僕たちは、アメリカの飛行機が日本中を飛び回って、爆弾を落としまくる様子を想像して、震え上がった。おしっこも漏らした。キリスト教徒の怒りの焼夷弾で黒焦げになるのが、僕たちの運命だったとは。

だけど、そんなとき、僕たちの素晴らしい首相が立ち上がった。彼女は勇ましくアメリカに飛んで行って、トランプ大統領に恭しくひざまづいていった。

「閣下、島原の乱は、キリスト教徒とは関係ありません。極左の暴動に過ぎません」

そして、首相は大統領に、日本の歴史の教科書(検定合格)を見せたんだ。確かに、島原で暴れ回っていたのは、みんな民主党みたいな顔をしてたんだ。それで大統領はいったんだ。

「善哉善哉、それでこそ同盟国じゃ」

僕たちは、首相が彼女で本当に良かったと、胸を撫で下ろした。首相にかかっちゃ、歴史の改竄なんて朝飯前なんだ。

苦い文学

アポストロフィなう

我が国はいま危機に直面している。絶えずミサイルは落下し、怪しい船が領海内を侵犯しまくっている。いまこそ、鉄壁の防衛を実現しなくてはならない。

では、その鉄壁の防衛を実現するためにはどうしたらよいだろうか? 巨大な軍艦を何隻も建造することだろうか? 核爆弾を全都道府県に配備することだろうか? それとも、我が国の全領域を電磁バリアーで覆うことだろうか?

確かに重要なことだ。だが、それだけでは不十分なのだ。アポストロフィ防衛がなくてはならない。

アポストロフィ防衛とはなにか? 日本語がローマ字表記されるとき、アルファベットの他にアポストロフィと呼ばれる「’」が出現するのにお気づきであろうか? たとえば、以下のような場合だ。

恋愛(れんあい)ren’ai
全員(ぜんいん)zen’in
新横浜(しんよこはま)shin’yokohama

もしも無知な人が「なんだこのゴマつぶみたいなの」と、このアポストロフィを消してしまったらどうなるだろうか。恐ろしいことが起きるのだ。

れない renai
ぜにん zenin
しにょこはま shinyokohama

そう、すべての意味が消え失せてしまうのだ。つまり、このアポストロフィが n と母音が結びつくのを妨げ、身を挺して言葉を守っていたのだ。そして、この捨て身の防御のおかげで、新大久保が「篠窪」にも、新大阪が「篠坂」となる大混乱を未然に回避でき、日本文化、ひいては日本国が守られていたのだ。

強大な兵器や防御は確かに必要だ。だが、これらの装備も、アポストロフィ防衛がなければなんの役に立とうか。

国民たちよ、今こそこの小さなアポストロフィになろう。そして、全身を捧げて、日本を守ろう。

苦い文学

聖なる取材

神が作ったというこの世界に、なぜかくも悪が満ちているのだろうか。なぜ苦しみと悲惨が隅々まで染み渡っているのだろうか。

罪のない人々は戦場に送り込まれ、子どもたちは戦火に手も足も未来も奪われる。真実は独裁者たちに踏みにじられ、嘘でなった縄で人々は縛りつけられる。

金と賞賛は強い人間だけに集まり、罪と誹謗中傷は弱い人間だけに集まる。世界中で叩きあい、火をつけあい、温暖化もあいまって、ゆっくりと地獄みたいに加熱されていく。

こんな世界をよくも作ったなどとぬかせるものだ。いったい、製造者責任をどうやって問えばいいのだろうか。それとも、とっくに保証期間が過ぎたから、対応しないということなのだろうか。なんにせよ、神は空の高みに雲隠れするばかりで、生産者の顔を見ることなど、とんだ高望みなのだ。

被造物になにができるというのだ。「なぜ? なぜ? なぜ? なぜこんな世界を作った?」と、ただ問い続けるほかないのだろうか。

そんな疑問を抱いた本誌は、この世界の不正な現状について、神に取材を敢行すべく、質問状を送付したが、期日までに回答はなかった。

苦い文学

5 類に移る

政府が、新型コロナウイルスを現在の「新型インフルエンザ等感染症」から季節性インフルエンザと同等の「5 類」に移すことを決めた。

移動予定日は、ゴールデンウィーク明けの 5 月 8 日となった。3 月、4 月の引越しピークを避けた格好だ。

引越し先の「5 類」は、季節性インフルエンザ、破傷風、麻疹、風疹、梅毒、百日咳、アメーバ赤痢などの、危険性がもっとも低いとされる感染症がひしめき合って暮らす集合住宅だ。

これまで暮らしてきた「新型インフルエンザ等感染症」の広々とした一戸建てに比べるといかにも格下げの感は否めない。

当初は「1 類」「2 類」のタワマンへの引っ越しも検討されたが、投機目的で外国由来の感染症が買い占めてしまい、ほぼほぼ満室の状態だという。

さて、引越し先が手狭になるとあって、持っていける荷物・家具類も限られているようだ。

一部の公費負担を除けば、全数把握、入院勧告、外出自粛要請、我慢の思い出などは入る余地がなく、粗大ゴミとして廃棄されるという。

大量にあるマスクのコレクションも泣く泣く手放すことになりそうだとか。

苦い文学

遅筆の励まし

あとがき

本書を執筆するにあたり、数多くの方々から支援と助言をいただいた。

本書の前半部は、飯田勘平先生の勉強会での活発な議論によって生まれた。そして、草稿の段階では、井成太志氏、箱田助六氏、ジャック・バラン氏に数々の助言をいただいた。

また、執筆の遅れがちな私を辛抱強く見守ってくれた編集の折田詰仁さんにもお礼を述べたい。折田さんは、本書の後半部にいたって筆の進まなくなった私を、時には優しく励まし、時には厳しく尻を叩いてくれたのである。

その尻の叩き方はといえば、まずは優しくなでるようであったが、それでもなお私の筆が遅々としていると、徐々に力を強め、ついには満身の力で青あざができるまでになった。

しかし、相変わらず私の遅筆は改善しなかったため、折田さんは今度は棍棒や鞭できつく叩いてくれた。さらには、針やピンチなどで鋭い痛みを付け加えることも忘れなかった。

にもかかわらず、逆に筆が渋りがちとなった私の尻に、折田さんは習得したばかりの攻撃呪文をかけて爆発させたり、悪霊を憑依させて痙攣させたりしてくれたのである。

そして、ついにはいっこうに動かなくなった私の筆を動かすべく、折田さんは尻に対して宣戦布告し、太平洋沖で大艦隊を指揮して猛攻撃をしかけた。

だが、それでも頑固に筆が進まぬと見ると、折田さんはヒマラヤの奥地で得たタリスマンをかざして異次元の扉を開き、暗黒世界の魔物どもを召喚してあらゆる邪悪な力を尻に集中させたのである。

その結果、私の尻には奇怪なる人面疽が生じるにいたり、この人面疽の口述筆記によりなんとか本書の後半を完成させることができた。この人面疽への感謝を述べて筆を置きたい。