小説

未来における苦労(2)

そのとき、若者たちの楽しげな歌声とはまったく異なる物音が私たちの間に入り込んできた。目を向けると、いかにも異様な集団が近づいてくるのが見えた。

半裸の男女が巨大な荷車を動かしているのだった。ある者は引っ張り、またある者は後ろから押していた。荷車の上にはドラム缶のような大きな容器が積まれていた。

荷車の脇を、数名の制服姿の男たちが歩き、運搬人たちを口汚く罵っていた。

異様な光景に呆然とする私を、飲み物売りが後ろへ下がらせた

「危険ですよ。近づかないほうがいいのです」

「あれはいったいなにをしているのでしょうか」

「私がお話ししようとしていたのは、これですよ。あの大きな容器のなかには、『買える苦労』が入っているのです」

「『買える苦労』とは?」

「先ほども申し上げましたが、若者たちが若い時に苦労を買ってでもしてしまわないように、ああやって、私たちの国の王様が国中の『買える苦労』を買い集めているのです。そうすれば若者たちも苦労などせず楽しく暮らすことができるというのが、王様のお考えです」

私は甘いジュースを飲みながら、運搬人たちの様子を眺めた。そのとき、ひとりの男がばたりと倒れた。制服姿の男のひとりはそれを見ると、倒れた運搬人のところに駆けつけた。その瞬間、風を切るような鋭い音が聞こえた。男が手にした鞭をふるって、倒れた男の背中を打ったのだった。(つづく)

苦い文学

チョンチャンを守りたい

もう25年以上前のことになるが、私がはじめて北アフリカのチュニジアに行ったとき、街なかで「チョンチャン!」とか「シャキション!」とか、よく声をかけられたものだった。

これはジャッキー・チェンに由来する言葉のようで、中には、カンフーの真似をする人もいた。なんにせよ、一部の人々はアジア人と見るとこの言葉を発せずにはいられないのだった。

これが私には非常に不愉快だった。このような形で人間の尊厳を傷つけてはいけないと思った。そして、この振る舞いをやめさせることのできない自分の無力さに苦しんだ。

そして、今、私はチュニジアにいる。昔ほどではないが、今でも「チョンチャン!」とすれ違いぎわに言ってくる人がいる。となると、かつてはいらだたしかったこの奇習が、今や私にある種の感慨を抱かせるにいたった。

これら一部のチュニジア人たちは、少なくとも30年近くのあいだ、この「チョンチャン」をひっそりと守り続けているのだ。

この歳月のあいだ、世界ではさまざまな出来事が起きた。チュニジアもまた、2010年にジャスミン革命という大きな変革を経験している。「チョンチャン」は激動の現代史を生き延びてきたのだ。

それにしても「チョンチャン」はどのように伝承されてきたのだろうか。臨終の床で父親が「息子よ、アジア人を見たら、私がしたようにチョンチャンと必ずひとつやってくれよな……それが遺言じゃ……」 そんなふうに父から息子へ、そしてその息子が父となり、その息子へ、と綿々と伝えられてきた可能性も否定できない。

こうなると、もはやひとつの文化ではないだろうか。チョンチャン文化だ。

今後、ますます東西の交流が深まると、自ずとチュニジアの人々もアジア人に慣れ、街で見かけても珍しく思うこともなくなっていくことだろう。

そうなると心配なのが、チョンチャン文化の行末だ。いずれ消滅ということにもなりかねない。若い世代の中には、ジャッキー・チェンの映画すら知らずに「チョンチャン!」とやっている者もいると聞く。まさにチョンチャン文化のアイデンティティ・クライシスだ。

私はこのチョンチャン文化を守りたい。日本とチュニジアの友好のためにも保存会を立ち上げ、自らチュニジアの街頭に立ち、アジア人初のチョンチャン実践者として、アジア人にチョンチャンしたいと思っている。

苦い文学

セレブと鬼

私たち亡者は閻魔大王の前に引き出された。これからお裁きが始まるのだと、鬼たちが告げた。

まず私たちの中から一群のみなりよい人々が引っ立てられた。私たちはこれらの人々を見て色めき立った。生前、芸能界やスポーツの世界で活躍したセレブたちだったからだ。

閻魔大王とセレブたちとのあいだに、お地蔵さんたちが立ち現れ、これらのセレブが地上にいたあいだ、どれだけ良いことをしたか弁じ始めた。多くの人々に元気と喜びを与え、あちこちで大金を使って経済を回した。貧しい人々に施しをし、被災地ではたくさんの支援活動をした。のみならず、見捨てられた犬猫のためにも勇敢に戦ったのだ。

閻魔大王は聞き終わると微笑みながら言った。「これらの善人たちを天国に丁重にご案内せよ!」

次は私たちの番だった。だが、私たちのために弁じてくれる地蔵はいなかった。閻魔大王は手元の書類にざっと目を通すと、苛立たしげにこう宣告した。

「お前たちは、四六時中自分のことばかり考え、他の人々を助けもしなかった。お前たちの収入ときたらわずかで、寄付や支援などしたこともないのだ。こんな利己的でがめつい人間は地獄行きに決まっている。鬼たちよ、犬猫にも劣るこいつらを地獄に突き落とせ!」

こうして私たちは地獄で、鬼たちに永遠に責め苛まれることになった。苦しく痛く絶望しかない時間が、宇宙の終わりまで続くのだ。

ときおり、セレブたちが天国から私たちのところに降りてくる。セレブたちは私たちのために豚汁やお菓子を運んできてくれる。配り始められるやいなや、私たちは我先に奪い合って、一口で飲み込む。

そのあいだ、セレブたちは鬼たちと親しげに会話し、握手などしている。

私たちにはもうわかっている。セレブもまた鬼なのだ。

苦い文学

名誉ある地位

日本国憲法の前文にある「名誉ある地位」ってなんなんだろう。

こんなふうに言ってる。

「われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。」

「と思ふ」と言ってるからには、我が国はまだ「名誉ある地位」には達していないということだ。

もし達していたら、「名誉ある地位をすでに占めている」とか、「名誉ある地位を築いた」とか、「名誉ある地位まで一気に駆け上った」とか、予備校みたいに「なんで私が名誉ある地位に?」とかに改憲しているはずだ。だが、改憲論議で、そんなことが話題に上ったこともない。

70年以上経つのに、まだ「と思ふ」なのだ。「名誉ある地位をそろそろ占めだしている」でも「名誉ある地位の背中が見えてきた」でもない。それどころか「名誉がなくもない地位には手が届いた」という進捗報告もない。

要するに「名誉ある地位を占める」にはほど遠い状態なのだ。

70年もの間、「片付けをしようと思ふ」と言ってる人に、片付けを期待する人がいるだろうか? それと同じ状況だ。

もう、いっそのこと「名誉ある地位」を諦めたらどうだろうか。

改憲して「名誉ある地位を占めたいと思つたこともあつたつけ。」と回想風にすべきではないか。

苦い文学

コップの魔術師

スピリチュアルなコーチングで名高い人物が街にやってくるというので、ある夜、講演を聞きに行った。会場は、その華やかな活躍にそぐわないようなうらぶれた集会場だった。我々は、人生を変える機会を求めてそこに集まったのだった。

講師にはカリスマティックな雰囲気が漂っていた。彼が演台に立つと、我々はたちまち彼に夢中になってしまった。

講師は演壇の上に、水の入ったコップを置いた。そして、深く味わいのある声で語りはじめた。

「ここに半分水の入ったコップがあります。皆さんはこの水を見てどう思いますか。『半分も入っている』と思うでしょうか、『半分しか入っていない』と思うでしょうか」

彼はコップをそっと持ち上げ、水と空気の間の薄く透明な境界を指で示した。不思議なことに、その境界線は、彼がコップを動かしても微塵も揺れなかった。

「この境界をよく見てください。集中して見るのです」

彼の声には催眠効果でもあるようだった。我々はもはやその境界線から目を離すことができなくなっていた。

「『半分も入っている』でしょうか、『半分しか入っていない』でしょうか」

そのとき、境界線に釘付けになった我々に奇怪な想念が湧いてきた。急に空気に悪意が満ち、その境界線をどんどん押し下げて水を圧迫しているように思えてきたのだ。

我々は苦しくなった。恐ろしくなった。すると、空気が揺れ動き、竜巻のように回転し出したではないか。空気は徐々に形をとりはじめ、ミサイルのようなものができあがった。そのミサイルは轟音を立てて水へと突き進み、境界線を破って水の領域に侵入した。恐ろしい爆発が起き、水は泡立ち血の色に濁った。

我々は絶叫した。と、その瞬間、すべての幻影は消え、半分の水の入った例のコップと講師だけが目の前に現れた。講師は、波ひとつたっていない境界を指さし、我々に再び聞いた。

「『半分も入っている』でしょうか、『半分しか入っていない』でしょうか」

我々の答えは明らかだった。半分しか入っていないのだ。そして、その残った半分ですら、いま恐ろしい危機に晒されているのだ。

我々は恐怖と憎悪と怒り、そして焦りを抱きながら帰途についた。我々の人生は変わったのだ。