ライブ

ともちゃん赤ちゃんごきげんライブ2

今年は何度かお笑いライブに行ったが、そのたびに思うのは、女性の客の多さだ。おそらくこれはお笑いだけのことではなく、東京のいろんな分野のライブがこれらの熱心な女性によって支えられているのではないだろうか。

それはそうだとしても、私は困惑せざるをえなかった。今日の夜、中野で開催されたモグライダーのともしげさんと赤ちゃんことネコニスズの舘野忠臣さんのトークライブで、50 人の観客のうち私以外すべて女性に見えたときには。

いや、もしかしたら 1 人ぐらいはいたかもしれない。だが私には後ろを振り返ってジロジロ見るだけの勇気はなかった。

あまりに場違いなように思えて、私は前から 2 列目のいちばん端の席に隠れるように座った。だが、だからといって周りの人に邪険にされることもなく、またトークライブが始まってからは、内容に引き込まれて、そんなことも気にならなくなった。

内容はといえば、ネコニスズの敗者復活戦の話が聞けたのがよかった。また、2 人の共通のアルバイトである中野のカラオケ店でのエピソードの数々も面白かった。このときにやはり同じアルバイト仲間である元プールの小海さんがゲストとして登場して、ほとんどのエピソードを話したのだが、話術が巧みでさすがに芸人だと感心した。

その後ストレッチーズの福島さんもシークレットゲストとして登場して、さらにリラックスしたトークで観客を笑わせた。「クリスマス忘年会スペシャル」と題されていたこともあり、最後にはクリスマスらしく出場者とスタッフ、観客全員でプレゼント交換となった。私は女性ばかりなどと思いもよらなかったので、不似合いなものを用意してしまった。その品についてはここでは書くまい。もしもそれをもらった人が私のだと知ったら、恨まれそうだから。結局、自分のところに回ってきたプレゼントとして、私は「リップバーム レモンシトラスの香り」を獲得して帰途に着いた。

小説

新しいサービス(8)

私は朦朧としたまま、どこか薄暗い場所で目を覚ました。ズキズキと痛む頭を巡らせて、自分が馴染みのない場所にいることに気がついた。立ち上がると、あちこちに黒い大きな物体が転がっているのが浮かび上がってきた。ソファだ。私はすべてを思い出し、エレベーターに向かって走り出し、ソファにつまずき、転んだ。人の唸り声が聞こえた。私はかまわず壁に駆け寄り、叫んだ。

「出してくれ!」

私は誰かに掴まれ、その瞬間、全身の力が抜け、倒れた。

再び目を覚ましたとき、私はあの明るい待合室にいた。飛び起きたかったが、体が動かなかった。老人が現れ、私の体に手を置き、小声で言った。

「静かに! また酷い目に遭うぞ」 老人は私が大人しくしているのを見て続けた。「まずは私の話を聞くんだ。私たちはみな、ここで自分の iPhone の修理が終わるのを待っている。問題は、私たちはあまりにも iPhone のある生活に慣れすぎて、なしでは不安になってしまうことだ。だから、私たちは修理が終わるまでのあいだ、ここに滞在することを選んだのだ。定期的な投薬も、不安を和らげるためだ」

「そんな、同意もなしに……」

「いや、同意したはずだ」と老人はささやいた。「ここに来る前にサインをしたのではないかね」

苦い文学

見知らぬ飛行物体

シアトル発成田行きのジェット旅客機が太平洋上空を飛行しているとき、その前方に奇妙な飛行物体が出現した。

それは銀色に輝く球体で、まるで重力などないかのようにジグザクに移動していた。そして、瞬く間にコックピットの前に接近し、機体ギリギリのところで停止した。それは不思議な音波を発しながら、その前をしばらく動き回り、やがてものすごいスピードで遠ざかった。

異様な光景に機長と副機長が呆然としていると、その飛行物体は再び目の前に現れた。そして、前回と同様に、不可解な音波とともに動き回り、一瞬のうちに消え去った。

未確認飛行物体はその後もこれと同じことをいくども繰り返した。最後は不意に上昇をはじめ、空のどこかで消滅した。最初の出現から時間にして約 10 分ほどの出来事であった。

無事にフライトを遂行し、成田に着いたとき、機長は副機長に、この異常な出来事を口外しないよう求めた。だが、副機長はこのような重要な事件は上部に報告すべきだと主張し、機長に対してその理由を問うた。

すると機長は当惑のあまり顔を真っ赤にして答えた。

「だって、見知らぬ飛行物体に上空で声をかけられたなんて知られたら、軽い機長だと思われちゃいそうで……」

苦い文学

武里のカレン新年祭

今日は埼玉県春日部市の武里大枝公民館の講堂で、カレン新年祭(Karen New Year)が開催された。

カレン人というのはビルマの民族の一つで、ビルマ軍事政権の弾圧の結果、世界中で難民として暮らしている。

武里には 2 家族のカレン難民がおり、その日本語支援を行っている「武里日本語教室」が在日カレン人と協力し今回の開催となった。2019 年に引き続き 2 回目となる(カレン新年祭自体は日本では 1999 年から毎年開催されている)。

関東のカレン人、武里の日本人、その他のビルマの人々などが集まり、キャパ 250 人のホールは立ち見が出るほどの盛況となった。

内容は、カレン民族の歴史や現状を語るスピーチやダンス・歌の式典で、そののち、食事と歓談となる。

さて 2 週間ほど前、私はカレン人の主催者から、カレン民族に関する 8 分程度の日本人向けのプレゼンテーションを頼まれていた。プロジェクターで写真・動画なども見せてほしいという。

だが、準備に取りかかるにあたり、私は考えた。これはアヤしいぞ、と。

会場でどういうプロジェクター、どういうパソコンが用意されているかもわからない。

せっかく準備しても、プロジェクターが古すぎて接続できないという可能性だってある。いや、そもそもプロジェクターそのものだって、どうだかだ。

そんなわけで、私はかなり手抜きしたスライドを作って武里に向かったが、案の定、プロジェクターは用意されていなかった。

とはいえ、もともとなしでもできるように考えていたので、無事に短いプレゼンを終えることができた。

苦い文学

質問のし方

私は犬を飼っていて、毎日のように散歩に出かける。普段は夜だが、最近は冷えてきたので、陽のあるうちに出かける。

散歩するのは市役所の周辺だ。歩道が広くて車もないので安心なのだ。

あるとき、散歩の最中に、私はうっかりリードを放してしまった。慌ててリードを拾おうとすると、犬は私の動きに驚いたか、一目散に逃げ出した。私は追いかけたが、追えば追うほど犬は一心に逃げるのだった。

そのうち、犬はある大きな建物の中に駆け込んでいった。私はぜいぜいいいながら建物の前に着くと、扉が開いている。中に入ると、カウンターがあり、年配の女性が立っている。

「いまここに犬が入ってきたと思うのですが」

「いいえ、そんなことはないです」

「しかし、見たのですが」

「いいえ、いません」

しばらく押し問答をしたが、「いない、ない、なかった」の一点張りなのだった。

私は建物の外に出た。途方に暮れていると、友人が通りがかった。彼は事情を聞くと、私の肘をつかんで中に入っていった。

あいかわらず受付の女性が立っていた。友人はこう尋ねた。

「中に入る許可の必要はありますか?」

「いいえ、ないです」

彼はそれを聞くとずかずかと受付の先に入っていき、しばらくすると犬を抱えて出てきた。

犬を抱きしめながら私が感謝を述べると彼は言った。

「いや、なにほどのことでもないよ。大事なのは、人にものを尋ねるときは、相手に合わせるってことさ。特にここのような『ない、なかった』と言うのが仕事のような場所ではね」

と彼は建物の看板を私に示した。

そこには『教育委員会』と書かれていた。