小説

駅の秘密(3)

「日本、男、上下」

長いあいだ駅について思いを巡らせてきた彼らにとって、この暗号を解くのはさほど難しくなかった。「日本」というのは、駅の東改札口のことだ。なぜなら、駅には他に中央改札口しかなく、日本には東日本と西日本はあっても中央日本はなかったから。次に「男」。駅で男と女が問題になるとしたら、トイレ以外にありえない。

「上下」の解釈は難しかった。だが、彼らが東改札口のトイレの入り口に立ち、その両側の壁を見たとき、その答えは自ずと明らかになった。タイル張りの壁は下部が薄いグリーン、上部が白になっていたのだった。彼らは、駅員たちの注意をひかぬようこっそりと二色のタイルの境目の部分を調べていった。

やがてそれは見つかった。そのタイルを押すと、カチリと軽い音がして、隠し扉が開いた。階段が下へと続いている。彼らはすばやく忍び込むと早足で何段もの階段を降りていった。

底についた。懐中電灯で照らすと、ゴミ箱が並んでいる。彼らはカバンの中からペットボトルや空き缶を取り出すと、リサイクル用のゴミ箱に捨て、紙クズやお菓子の紙は燃えるゴミ箱に突っ込んだ。自分たちのゴミを捨ててしまうと彼らは、フードの男から渡されたビニール袋をひっぱり出した。しばしの間、どのゴミ箱に捨てようかと迷ったが、結局、燃えないゴミ箱の中に放り込んだ。

小説

新しいサービス(7)

そのとき、待合室の奥の扉が開き、スタッフたちが入ってきた。皆、白い服を着ていて、二人組でソファに座る客たちのところに散っていった。そこで客を囲んで、何やら話している様子だ。

やがて、私たちのところにも、二人組がやってきた。老人は慣れているのか、口をモゴモゴさせて挨拶をした。すると、ひとりのスタッフがカプセルのようなものを差し出した。もうひとりが紙コップに水を注ぎ、老人に渡した。

老人はなにも言わずに、薬を水で流し込んだ。「で、私の修理はまだですか」と老人が尋ねると、スタッフは「もうすぐですよ」と答え、私のほうを向き、薬を差し出した。

「これは、なんですか?」

「薬の時間ですよ」

「いや、薬なんて必要ないですよ」

「そういうわけにはいきませんよ」

「いや、いらない」

「困りましたね。大人しく飲みましょうよ」

私は急に腹が立ってきた。「俺はこんなものはいらない!」 私は別のスタッフが差し出した紙コップを手で払った。水が床に跳ね飛んだ。「もういい、下に行く!」 私が立ち上がったとき、スタッフたちが私の肩を掴んだ。私はさらにカッとなり、その手を外して、スタッフを押し返した。「なんだ! やめろ!」

その次の瞬間、私は急にスタッフたちに組み伏せられた。苦しさに絶叫したことは覚えているが、それだけだ。

苦い文学

クリスマスの伝説

東ローマ帝国時代のアナトリア半島では、聖者と悪魔の物語が広く流布していた。

その悪魔は、夜になると民家に忍び込み、子どもを誘惑し、さらっていく。そして、どこかの暗がりで、その子の肉や骨を食べるというのである。

こうした伝承には、当時の人身売買の習慣が反映されていると考える人もいる。いずれにせよ、残されたわずかな資料からも、当時の人々がどれだけこの悪魔を恐れていたかがよくわかる。

さて、たびたび悪魔に子どもを奪われた小さな村があった。子を失った村人たちが悲嘆に暮れていると、どこからともなくひとりの聖者が現れ、悪魔の退治法を教えた。

「ウイキョウの種を練り込んだパンを子どもに持たせよ。なぜならば、悪魔のもっとも厭うものなれば」

そこで村人たちがこの言葉の通りにしたところ、悪魔は二度と現れなかったという。

ウイキョウ入りのパンを子どもに持たせて、悪魔を避ける風習はその後、小アジアに広まっていった。やがて、この風習が祝祭化すると、子どもにお菓子やオモチャなどを持たせる行事として定着した。

これが現在のクリスマスの源流のひとつとなっている。サンタクロースの衣装が赤いのは、かつて悪魔だったころ、子どもの血で全身血まみれだったことの名残りであろう。

苦い文学

浮気調査

探偵の依頼の大部分は浮気調査だが、この浮気調査には2つの種類がある。

ひとつは、自分の配偶者なり恋人なりが浮気をしているのかどうか調べてもらう浮気調査。

もうひとつは、自分がバレずに浮気できるかどうか調べてもらう浮気調査だ。これは浮気適性調査とでも言ったらよいだろう。

こうした依頼の根底にある考えは、浮気を明るみに出すのに長けているのならば、浮気を隠す方法も熟知しているに違いない、というものだ。つまり、善に強きは悪にも強し、というわけだ。

この後者の調査においては、探偵は依頼者を一定の期間尾行し、その素行を調査する。その後、依頼者は探偵から調査結果を聞くことになる。

「ええと、浮気適性は4段階評価のうちD評価になります。職場から家まで、脇目も振らず早足で帰るようではいけませんね……」

しかし、適性がないからといって簡単に諦められるものではないのが浮気だ。そうした場合、探偵は依頼者に「浮気能力検定試験」の受験を勧める。

「これに合格すれば、まったくバレずに浮気する実力が身につきます。決してバレないのですから、ある意味、堂々と浮気ができるのです」

「受けない」などといえようか。たちまち依頼者は受験者へと転ずるのである。

しかし、この試験に合格するには広範囲の知識を身につけなくてはならない(民法・刑法はもちろんのこと、心理学、経済学、地政学、文化、文化、文化など)。難易度から言うと、司法試験と司法書士試験の間ぐらいだ。

だから、必死になって、それこそ寝食を忘れて勉強しないと合格はおぼつかない。そんなわけだから、難関をくぐり抜けて、合格した時の喜びはひとしおだ。なにしろ、これで晴れて浮気ができるのだ。

合格者には立派な合格証書が送付される。あまりにうれしくて、たいていの人は額縁に入れてリビングに飾ってしまう。そのあとに何が起きるかはいうまでもなかろう。

苦い文学

苦い文学

今年2月のビルマでのクーデターを受けて、入管の在日ビルマ人への態度が変った。

今年の夏に出た「本国情勢を踏まえた在留ミャンマー人への緊急避難措置」というのがそれで、「緊急避難措置として、在留や就労を認める」というものだ。

この話を聞いたKさんが、私のところに来た。彼は難民申請者で、入管にも三度収容されていたことがある。去年の春に仮放免された人だ。

私は彼の身元保証人をしているのだが、Kさんは自分にもこの「緊急避難措置」が当てはまるのかどうか、入管に聞いてほしいというのだった。

私たちはサイゼリアでお昼を食べていたので、私は店を出て入管に電話した。担当の人に繋がり、私は、自分が身元保証人であることとKさんの名前を告げ、事情を話した。すると担当の人は少し調べた後「順次手続きしているので入管から連絡がくるはず。もし事情があれば、入管に直接来て手続きを行ってほしい」と言った。

私は大急ぎでKさんのもとに戻り、入管の話を伝えた。我々二人に大きな感慨が訪れた。ついにKさんは日本での滞在を認められるのだ。ついに彼は正々堂々と日本で暮らすことができるのだ。おお、収容所よ、さらば!

新しい人生がはじまるのだ。

Kさんは心の重荷を下ろすかのようにため息をついた。その表情には静かな喜びがあった。

すると、私に電話がかかってきた。入管からだ。私は軽やかな足取りで再び店外に出て通話をはじめた。

それは訂正の電話だった。Kさんの場合は、一度、不法滞在になっているので、この「緊急避難措置」の対象外だとのことだった。

私は重い足取りで席に戻り、Kさんに間違いだったと告げた。私はそれ以外になんと言ったらいいか分からなかった。だが、不思議なことにKさんにはがっかりした様子もなかった。そして、意外なことを言った。

最初の電話の時、私がとても楽しそうに店の外から帰ってきたので、それがとてもうれしかった、と。

私は仕事がなく、Kさんはビザがない。我々の人生はとても苦いが、それでもそこに味わうべき何かがあったのだ。