ライブ

仮名手本忠臣蔵

4年ほど前から浄瑠璃の脚本を読みはじめ、それが昂じて、今年は義太夫節の語りや三味線にまで興味をもつにいたった。もっとも私は詳しいことはよくわからないし、筋も良くないが、それでも教えてもらったり、聞いたりするのは楽しい。

今日は深川江戸資料館で義太夫節演奏会があり、師走だけあって仮名手本忠臣蔵のいくつかの場面(身売りの段、勘平切腹の段、一力茶屋の段)が上演された。文楽は語りと三味線と人形遣いだが、義太夫節だけだと人形は出てこない。語りと三味線だけで話を追うことになるが、上演部分の脚本も用意してあるので、それをみていれば話の筋はわかる。

人形がないと何か足りないように感じられるが、三味線が鳴り、語りがはじまると、それだけで独特の物語空間ができあがる。これは文楽とはまったく異なる経験だ。初めは語りと三味線が別々に聞こえているが、物語に引き込まれるにつれて、不思議にもひとつの印象にまとまっていく。私は演目も物語もすぐに忘れてしまうのだが、この物語空間の感じだけは忘れられない。

通常の演奏は語りと三味線弾きのペアだが、「一力茶屋の段」では、定番の太棹三味線のほか、軽みのある細棹三味線と太鼓も加わった。また登場人物に応じて5人の語りが登場し、年末にふさわしく華やかな舞台であった。私が習っている先生方も出演されていた。先生方の話を聞いていると、ひとつひとつ細かいところに注意を払い、考えを重ねて準備されていることがわかるが、そうした努力があるからこそ、きっと物語世界が自然に立ち上がってくるのだろうと思う。

小説

新しいサービス(4)

エレベーターから降りると、目の前にはホテルのラウンジのような空間が広がっていた。白いレースのかかった窓からは穏やかな光が差し込み、ソファに座る人々を包み込んでいた。そこここにデスクが置かれ、人々はその上の iMac の画面を見つめている。ラウンジの中央には円形のテーブルがあり、その上にはコーヒーサーバー、水差し、ジュースの入った大きな瓶、スナックやお菓子が並べられていた。

「なんだ、初めからここにいればよかったのだ。なんであのスタッフは教えてくれなかったのだろう!」

もっとも、この素晴らしい待合室を前にして、私は怒る気も失せたのだった。そのとき、私の目の前に、スティーブ・ジョブズが忽然と現れた。

「お名前を……」 驚きを押し包みながら名乗ると、ジョブズ、いやもちろんジョブズにそっくりなスタッフは細い指で iPad を操り、私の名前を探りあてた。

「では、お荷物、貴重品をお預かりいたします」 彼が iPad を叩くと、小さなテーブルがスッと足元にやってきて止まった。「この上にお載せください」

私がショルダーバッグを置くと、テーブルの表面が輝き、その端からレシートのような長いテープを吐き出した。スタッフは屈んでそのテープをちぎり、私に差し出した。

「これを手首に巻いてください。お荷物お受け取りのさいに必要です」

私が巻きつけようとそれを左手首に当てると、ひとりでに巻きついて紙の腕輪になった。

苦い文学

人間文

宇宙から巨大な船が何隻も飛来し、地球の上空を飛び回った。私たちはついに地球の侵略がはじまったと考えた。そこで、人類は史上初めて一致団結して、入念な戦闘準備を進めた。

だが、ある日、巨大な船は世界の上空で停止した。そして、その船のうちでももっとも大きな船から、見慣れぬ生命体が姿を現し、あらゆる波長で信号を発信したのだった。

世界中の言語学者がその解読に取り組み、その信号を翻訳し、公表した。

「ワレワレは宇宙人だ」

地球上は大騒ぎとなったが、私たちは徐々に落ち着きを取り戻した。というのも、これで宇宙人の意図がはっきりしたからだった。むしろ友好的なのだ。というのも、もし悪意ある宇宙人であれば、「ワレワレは」などという自己紹介なしにいつでも襲いかかって来れたはずだから。

私たち人類は、ついに宇宙世界の一員に迎え入れられたのだ。なんと素晴らしい未来と冒険が待っていることだろうか!

私たちは武器を捨て、歓迎の準備を始めた。そのとき、言語学者たちが大あわてで追加の報告を発表した。そこにはこんなことが書かれていた。

・「ワレワレは宇宙人だ」の「宇宙人」とはこの生命体から見ての「宇宙人」であり、この文脈では地球人を指していること。
・「ワレワレは宇宙人だ」は日本語の「うなぎ文」に該当すること。
・うなぎ文とは「ぼくはうなぎだ」という文のことであり、うなぎを注文するときに使われる。
・したがって、「ワレワレは宇宙人だ」は誤訳であり、正確には「我々が食べるのはこれらの地球人だ」と宣言していると考えられる。

だが、この報告が世界中に届く前に、船から無数の生命体が出現し、私たちをつかまえてバリバリ食べはじめた。

苦い文学

ウェイトリフティング

この前の日曜日、私はウェイトリフティング大会に参加した。

入賞すると国際大会へのチャンスもある大きな大会だ。

私がエントリーしたのはもっとも下のクラスである「無職級」だ。もちろん自信はあったが、やはり日本の経済が厳しくなっているのか、私程度の人生の重荷を背負っている人などいくらでもいた。あえなく一回戦敗退という結果となった。

早々に脱落した私であったが、大会そのものは見応え十分だった。

痛ましい虐待、恨みに満ちた離婚、憤ろしい犯罪被害、重い病気、精神的苦しみ、不慮の災難、絶えざる憂愁、身に覚えのない債務、愛する者を奪われた悲しみと絶望……

競技場で選手たちがこれらのウェイトを必死の形相で持ち上げていく姿は、驚異でもあり、感動的でもあった。私たちはそれこそ我を忘れて応援の声援を送った。

特に見ものだったのは決勝戦。あらゆる絶望と悲嘆を持ち上げてきた二人の選手の一騎打ちとなったのだ。ウェイトに加えられたのは「難民」。相当の重量だ。

最初にチャレンジした選手はまったく歯が立たなかった。もう一人の選手がバーベルを握る。これに成功すれば優勝だ。全身に力を漲らせ、持ち上げようとする。ビクともしない。顔を歪める。真っ赤になる。

「ガンバレ、ニッポン! 挙げろ! 挙げろ!」 私たちは叫ぶ。

そのとき、バーベルが宙に浮き、一気に頭上にまで上がった! 優勝決定だ!

私たちはもう大興奮。「ありがとう! 勇気を、元気を、ありがとう!」 私たちは、この新たなヒーローの誕生に割れんばかりの拍手を捧げた……。

その後、この選手のドーピングが発覚した。

苦い文学

不壊なるもの

仕事を首になり、行き詰まった私は、なけなしの金を払って、あるセミナーに参加することにした。心の糧となるようなメッセージが聞けるというのだ。私は、もしかしたら立ち直るきっかけを掴めるかもと、期待を抱いて会場に赴いた。

講師を務めるのは、50代の落ち着いた男性で、どことなく超然とした雰囲気を漂わせていた。彼のスピリチュアルな講話が、今、世間で感動の渦を引き起こしているのだった。

そして実際その通りだった。彼の話は世俗的でありながら、宗教的であり、あけっぴろげでありながら、秘義的だった。彼の引き起こす笑いは涙であり、その悲しみは、朗らかに輝いていた。私は感動に震えた。

彼のメッセージの核心は、魂は不壊なるものだということであった。

「我々の魂は、聖なるものだ。傷つけられることもなければ、損なわれることもない。だから、どんな試練に遭おうとも、恐れてはいけない。いかなるものもあなたの魂に触れることすらできない。どのような苦難の中でも、あなたは決して失われないだろう。なぜなら、あなたの魂は不壊なるものだからだ」

この確信に満ちた言葉に人々はあられもなく泣き、そして、私もあふれ出る涙をどうすることもできなかった。人々は、彼の話を聞く前には気づきもしなかった事柄に出会えたことを心から喜んでいた。

ひとりの男が感極まって立ち上がった。彼はある企業を経営していると語り、今日の集会に参加したことで、その経営の苦しみや悩みがすっかり消え去ったと断言した。晴れ晴れしい表情だった。

「私の会社は、今、深刻な経営危機にあります。立ち直るためには、たくさんの従業員を解雇しなくてはならないのです。それが、私の苦しみでした。ですが、今日、先生のお話を聞いて、決心できました。リストラを敢行します! なぜなら、どんな試練も従業員たちの魂を傷つけることができないからです。ああ! 安心して解雇できます! どんなに路頭に迷おうとも、彼らの不壊なる魂は決して迷うことなどないのです!」

彼はその場で分厚い財布を開き、札束を取りだすと、「これはほんの、お気持ちまで」と講師に渡した。そして、講師はやさしく笑ってそれを受け取った。