散文

溢れる学識

二十年以上前、ある研究会で発表した。かなり力を入れた内容だった。終わってからある先輩からこんなコメントをいただいた。

「学識が溢れている」

ついにそんな領域にまで達した。簡単に言いかえれば「詰め込みすぎだ」ということだ。一切合切放り込めばいいというものではない。

また博士論文の初稿の審査のとき、ある先生からこんなことを言われた。

「ずいぶんと難しいことを書いている」

私の頭のレベルの高さの証だ。これを簡単に言いかえると「ごちゃごちゃしてなにが言いたいかわからない」ということだ。それどころか、読むに値しないまである。

大いに恥じた私は、余計なものをどんどん捨てて、書き直した。

それはともかく学識の問題に戻すと、論文でもなんでも学識の詰め込み過ぎは危険だ。まず、学識豊かでうれしいのは当人だけで、周りの人は消化不良に苦しむ。それに、そもそもそんな災いを引き起こす人間に学識などないのだから、誰でもわかる単純なことを丁寧に書くのがいちばんだ。そして、たとえ学識があったとしても、溢れる学識を抑えるのが学識というものだ。

おそらく、学識とはにじみ出るものなのだろう。余計なものをすべて削った状態で、自然ににじみ出て溢れてしまうもの、それが学識なのだ。

いつかにじみ出たい。

旅・観察

ドイツの移民

Sushi Bar についてこの前書いたが、この異国風寿司屋以上に、ベルリンの街角に溢れているのがケバブ屋で、3 軒くらい並んでいたりする。これらはトルコからの移民が経営しているものと思われる。タイ料理もあるし、インド、ネパール料理もある。夜、街を歩いていて餃子のようなものを出す店があったので、食べてみた。おいしかったが、どこの国の料理かわからなかったので、会計時に尋ねると、お店の女性が「私はチェチェンだ」と誇らしげに答えた。チェチェンを含むコーカサス料理ということだった。

また、街を歩いていると、たくさんの中東系、アジア系の人を見かけた。Uber Eats の自転車で走り回っているのは南アジア系の人のようだった。駅のベンチに座っていると、作業着を着た髭の男性がアラビア語で電話していた。ドイツはシリア難民をたくさん受け入れたことでも知られ、ベルリンにはシリアの人々が住んでいる地区もあるそうだ。

短い滞在の私にはわからなかったが、ドイツではこうした移民に対する反発が高まっているそうだ。これが結局、極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」の躍進につながった。そのため、ドイツ政府も、AfD への対応策として、今年「移民政策の厳格化」を打ち出さざるをえなくなったという。

さて、9 月にドイツに滞在しているあいだ、こんなふうに私は多少は移民のことについて考えさせられはしたものの、自分にはあまり関係のないことのようにも思っていた。だが、まんざらそうでもなかった。

ポツダムの街を歩いているとき、日本のビルマ人から電話がかかってきたのだった。その人は要件のついでに、私がかつて身元保証人をしていたビルマ人の話をしたが、その人は難民と認められず結局帰国したのだった。2021 年の軍のクーデターの前だった。

「それから彼は、なんとかしてビルマを出ようと、ブローカーを使って、トルコに出稼ぎに行ったのです。それで、トルコからドイツに行って難民申請しようとしたのですが、ドイツが厳しくなったので無理だということがわかって……トルコのビザがもうすぐ切れるそうなのですが……大変です!」

苦い文学

首の回転

ポーランドのポズナンで9月に開催された第21回世界言語学者会議(21st International Congress of Linguists)で、私はいくつかのプレゼンテーション・セッションを見にいった。

そのうちのひとつに、私でも知っている有名な言語学者が聴衆のひとりとして来ていた。

プレゼンテーションは、20分の発表と10分弱の質疑応答からなる。

いくどか質疑応答が繰り返されたのち、私はあることに気がついた。その有名な言語学者は前の方に座っていたのだが、質問が出ると必ず振り向いて質問者の方を見るのだ。

しかも、ただ見るだけではない。いかにも楽しそうな顔つきで、議論を見守っていた。

「これか」と私は思った。「これが優れた先生の態度というものなのだ」

私はおおいに反省した。私はといえば、どこかで質問が出ても、ただボケーっと前を見ているだけなのだ。

「いったいいつお前はそんなに偉くなったのか?」 私は自問せずにはいられなかった。「お前は、あの大先生が振り返っているのを見て、まだノウノウとふんぞりかえっていられるのか?」

私は決意した。「よし、俺も真似して振り向くことにしょう」

この私にもまだ、首を後ろに向けるだけのかすかな向上心は残っていたのだ。

そして、次のプレゼンテーションが終わり、質疑応答の時間となった。さっそくフロアから質問が飛び出した。偉大な先生が振り向く。

私は……その質問者の席が自分の真後ろでなければ、振り向いていたことだろう。首の回転にも限度はある。

苦い文学

悲しい物語

つい最近、日本での在留を認められた人が、こんな話をしてくれた。


私の国はとてもひどい。政府が国民をいじめる。弱いものいじめね。みんななにも言えない。我慢して頭を引っ込めてる。政府が怖い。でも、私は怒ったよ。いじめるのをやめなきゃだめ。私は政府に反対の活動はじめた。

そしたら、警察に捕まった。刑務所に入った。2年。出たとき、もうこの国あぶないから、逃げた。それで日本に来た。

日本に来たら、私の国の人たちたくさんいる。みんな困ってる。だから、私、助けた。がんばった。みんな難民申請するの助けた。でも、自分はしなかった。準備してたら、捕まって入管に入った。

品川の入管。海の近くにあるでしょ。

はじめの入管は3年。それから仮放免。そのときもみんな助けた。また入管に入って2年。その後は長崎の入管に3年入った。

みんなどんどんビザもらった。けど、私だけくれなかった。どうしてかな?

最近、ビザくれた。15年かかった。あっという間。夢みたい。でも、どうして私だけくれなかった? 理由わからない。みんなはもっと前にビザもらって、仕事して、結婚して、いい生活している。

でも、私なんにもないよ。

もうどこにも私の知っている人いない。あんなに助けたのに、私ひとりだけ。お金も仕事もない。若くもない。

もうおじいさんだよ。


この悲しい物語を、私は「浦島太郎」として語り継いでいきたい。

苦い文学

秘密の箱

森羅万象に及ぶ広大な帝国を築き上げた独裁者は、軍に命じてひとりの男を連れて来させた。

「お前は、我らが帝国を崩壊させる秘密を知っていると言うではないか」

男はうなずいた。

「その秘密を私に教えよ。あるいはこの場で死ぬかだ」

男は身につけていた首飾りを手に取り、それにぶら下がる小さな立方体を示した。「その秘密はこの箱の中に封じ込めてある。だが、私は渡さない」

独裁者は直ちに男を殺し、その秘密の箱を手に入れた。

「この箱さえ隠しておけば、我らが帝国は安泰だ」

だが、やがて独裁者は抑えがたい好奇心にさいなまれるようになった。

「これほどの帝国を滅ぼす秘密とはなんだろうか」

そこで、帝国でもっとも優れた科学者を呼び、この箱を開けるように命じた。

だが、それは非常に困難だった。箱が開けられないと聞かされた独裁者は怒って、科学者を殺した。すると、奇妙なことが起きた。血まみれの科学者の遺体は見る間に消失し、ただ、あの小さな箱だけが残されたのだった。

独裁者はすぐさま別の科学者にふたつになった箱を開けるように命じた。だが、それはもうひとつの箱を増やしただけに過ぎなかった。つまり、2番目の科学者も失敗し、殺されたのだった。

独裁者は次から次へと科学者を呼び集め、開けられないと知るや、殺していった。そして、その度に、小さな箱が増えていった。

やがて独裁者は、自分が秘密の箱に囲まれていることに気がついた。

もはや取り巻きは誰もいなかった。というのも、みな科学者と一緒に殺されていたからだった。

箱はあまりにも多かった。どうやら、帝国を作り上げる過程で殺してきたすべての人間たちも箱を残して死んでいったようなのだ。

このときだ。自分の帝国が秘密の箱の積み木に過ぎないのを、独裁者が知ったのは。

秘密の箱で築かれた帝国の玉座に座りながら、独裁者は箱が崩れ始めるのを感じていた。