散文

溢れる学識

二十年以上前、ある研究会で発表した。かなり力を入れた内容だった。終わってからある先輩からこんなコメントをいただいた。

「学識が溢れている」

ついにそんな領域にまで達した。簡単に言いかえれば「詰め込みすぎだ」ということだ。一切合切放り込めばいいというものではない。

また博士論文の初稿の審査のとき、ある先生からこんなことを言われた。

「ずいぶんと難しいことを書いている」

私の頭のレベルの高さの証だ。これを簡単に言いかえると「ごちゃごちゃしてなにが言いたいかわからない」ということだ。それどころか、読むに値しないまである。

大いに恥じた私は、余計なものをどんどん捨てて、書き直した。

それはともかく学識の問題に戻すと、論文でもなんでも学識の詰め込み過ぎは危険だ。まず、学識豊かでうれしいのは当人だけで、周りの人は消化不良に苦しむ。それに、そもそもそんな災いを引き起こす人間に学識などないのだから、誰でもわかる単純なことを丁寧に書くのがいちばんだ。そして、たとえ学識があったとしても、溢れる学識を抑えるのが学識というものだ。

おそらく、学識とはにじみ出るものなのだろう。余計なものをすべて削った状態で、自然ににじみ出て溢れてしまうもの、それが学識なのだ。

いつかにじみ出たい。