散文

国宝

日本にはビルマからやってきた人がたくさんいる。昔は多くの人が不法滞在で働いていた。しかし、今世紀の初めごろから、不法滞在に対する取り締まりが厳しくなってきた。それで、警察に捕まって、入管に収容されたりする人も増えてきた。それで、多くの人は難民申請をするようになった。というのも、これらの人々が国を出た原因は、軍事政権のせいだったから。難民申請は簡単ではなく、最初は誰もが大変な苦労をしたが、やがて少しずつ、正規の滞在資格を得る人も増えてきた。今では多くの人々が日本で安全に暮らしている。

さて、ビルマからやってきたある男性がいる。私は全然知らない人だ。彼が日本にやってきたのは、もう 25 年以上前のことだ。それ以来、日本で生活している。今の年齢についても私は全然知らないが、少なくとも、私より年下ではない。

そして、驚くべきなのは、この彼がいかなるパスポートもビザも持っていないということだ。つまり「不法滞在(非正規滞在)」なのだ。ビザがなければ労働は違反だ。だが現在、彼は都内のどこかの居酒屋で働いている。しかも店側の信頼も厚い。

もちろん、彼のような人はいないわけではないが、たいていは、数年のうちに、職務質問か何かで捕まって、入管に収容されてしまう。だが、いまのところ彼は警察に捕まったこともない。入管で連泊したこともない。日本の入管だって間抜けではない。その当局に気がつかれぬまま、彼は 25 年以上もの歳月を生き抜いてきた……経済の浮き沈み、たびたびの大地震、コロナ、オリンピック……いったいこの 25 年の間に何発の北朝鮮製のミサイルが打ち上げられたことだろうか?

もう偉業といっていい。いや、この人にビザなどもったいない。ぜひ我が国の人間国宝に指定してほしい。

苦い文学

息苦しさの原因

数年前から、私は満員電車がイヤになった。息苦しくなって逃げたくなるのだ。もう乗ることを考えただけでも苦しくなる。精神的なものかもしれないが、体の衰えもあるのかもしれない。もともと私は蒲柳の質で、モヤシっ子世代だが、そのモヤシもどうやら萎びてきたようなのだ。

このあいだ、ヒマつぶしに健康診断に行った。検査のなかに肺活量の検査もあった。肺の大きさや息を吐く勢いなどを調べる検査だ。私はマウスピースを咥え、看護師の指示に従い、息を吸ったり吐いたりした。思いっきり吐けというので、限界まで吐いた。

2種類の検査をし、数値がモニターに表示された。看護師は、どの数値も基準より低いと教えてくれた。肺の機能に問題があるのだ。

「だからか」と私は思った。「満員電車で苦しくなるのは」 肺に何か異常があることは心配だけど、息苦しさの原因がわかったことのほうがうれしかった。

「数値が低いです」と心配そうな声で告げる看護師に、私は深刻な表情で答えた。「ええ、ずっと息苦しいのです」

看護師は、私からマウスピースを取り上げ、チューブとの接続部分を締めなおした。「もう一度お願いします」

も一度やってみた結果、数値は正常だった。

苦い文学

私たちの奴隷解放宣言

どこからともなく現れたその人は、私たちに勇気と愛と正義を与えた。

その人は、腐り切った政治家たちをぶちのめし、その裏金にまみれた手から、政治を奪い取った。そして、不正を正し、誰もが不当な扱いを受けることのない公平な社会づくりのために、全力を尽くした。

その人は私たちから熱狂的な支持と信任を受ていたが、それには決して満足しなかった。その人は、私たちが自分で声を上げ、正義のために働くように鼓舞した!

その人の現れる前と後では、世界はまったく変わってしまった。以前は私たちにとって世界は誰か他人のものだった。だが、今は! 私たちのものになったのだ!

私たちの国の指導者となったその人は、ある日、奴隷解放宣言を行うことを発表した。私たちは熱狂した。私たちはもはや人に使われ搾取される存在ではない! 本当の自由が実現し、そこではもはや誰もが奪われることがないのだ。

そして、ついに奴隷解放宣言の日がやってきた。私たちはこの解放の日を記念するため、朝から外に出て、行進し、喜び合い、歌いあった。その人は、正午きっかりに私たちの前に姿を現し、奴隷解放宣言を行った。この記念すべき瞬間を歓喜と花火が祝福した。

それと同時に、私たちの引き出しから、物置から、靴箱やクローゼット、便器の中、ありとあらゆる隙間から、見たこともない人がぞくぞくと現れた。それらの人々は、解放されたと主張し、あっという間に私たちを数で圧倒し、私たちの世界を埋め尽くした。

苦い文学

気球人間

中国発の気球、世界の空に出没する。

アメリカ、無人偵察用気球と認定し撃墜する。中国、気象観測用だと反論し、猛反発。

日本にも気球が飛来する。気球を安全保障上の脅威として捉え、撃墜する。中国から激しい非難。

中国、無人偵察用気球を廃止。有人偵察用気球の開発に取り組む。高高度の厳しい環境に耐えられるように人間に強化処理および適応処理を施し、気球と一体化することに成功。気球人間、誕生。

アメリカ本土に再び偵察用気球が出現する。撃墜作戦が実行されるが、気球から生体反応が検出され、中止。アメリカ、有人の偵察用気球と断定。米中関係に重大な変化をもたらすという懸念から、有人の気球に対する攻撃は行われず。

日本でも同様の事態起きる。日中関係への配慮から、有人気球に対していかなる措置も取られず。

気球人間の大量生産が進む。このころ中国国内から民族主義者、民主化活動家、政府批判者などが一掃される。

中国の有人偵察用気球、全世界に溢れる。

気球人間たち、思考も感情もなく、極寒の大気の中、酸素貪りながら、ただただ虚空見つめ続ける。

苦い文学

他動詞と自動詞

毎週参加している読書会の課題の本を読んでいて、私はすっかり気分が塞いでしまった。

それは言語学の本で、こんな例文が出てくるのだ。

(1) 太郎が花子を殴った。

例文 (1) では、他動詞(つまり主語と目的語を必要とする動詞)の例として「殴る」が用いられている。その下に出てくるのはこんな例文だ。

(2) 太郎が花子を殴っている。

「ている」が継続をあらわしている。私はまるで、暴力を前に自分が見て見ぬふりをしているような気になる。さらに、こんな例文も出てくる。

(3) 太郎が花子を殴るかもしれない。
(4) 太郎が花子を殴るそうだ。

人々は暴力の予感に脅えているのだろうか。いや (4) では期待すらしているように聞こえる。言語学とはなんと残酷なのだろうか。

太郎と花子の関係が気になる。恋人、夫婦だろうか。いや、私の見るところ、親子なのだ。すると、以下のいくつかの例も考えられる。

(5) 太郎は花子に熱湯を浴びせる。
(6) 太郎は花子を寒空に放置する。
(7) 太郎は花子に食べ物を与えないはずだ。

そして、最後に次の例文を見てほしい。

(8) 花子は死んだ。

言語学がひとりのこどもの命を奪ったのだ……。これほどまでに、むごたらしいことがあろうか。

なお、「死ぬ」は自動詞である。