風刺・戯文

脳の兵士

いつの日か私たちは、どん底まで落ちぶれて、髪の毛を売っても、汗を売っても、血を売っても、体を売っても、臓器を売っても、生きていくことができなくなるだろう。

そんなとき、私たちはスタッフたちの勧めるままに頭に小さな装置を埋め込むことだろう。そして、私たちは幸せになるのだ。なぜなら、私たちは脳を長期契約で貸しに出したのだから。小さな装置の力で脳が外部の世界に貸し出されているあいだ、私たちを待っているのは、月々のリース料とペットのような安逸な暮らし。住処もあるし、餌も出てくる。ほとんど寝て過ごすのだ。

私たちが寝ているあいだ、私たちの脳は猛烈に働き続ける。小さな装置の出す神経パルスのおかげで一睡たりともしない。私たちの脳はひとつになって、宇宙ほども広い内部表象空間を形成する。統治やさまざまな管理手法や世界中で展開している作戦について次々と立案し、判断を下していく。私たちの脳は兵士で、今、恐ろしく長く、深く、凄惨な戦争を戦い続けているところなのだ。

内部表象空間でときどき爆発が起きる。階層に穴が空き、意味が漏れ出す。私たちの脳がパラメータ片手に急行し、時間なき復旧作業に従事する。

眠る私たちはそんなふうに戦争について考える。それ以上のことはわからないけど、いつか立派になった脳が返還されたとき、勇ましい追憶の数々が蘇ることだろう。

苦い文学

ふりだしに戻る(2)

そのカレン人女性がビルマに帰国してからの状況は、彼女の友人からときおり聞くくらいで、詳しくはわからなかった。

ただ、それらの話から私は、彼女がまるで異世界にいて、出口のない迷宮をさまよっているかのような印象を受けたのだった。

それから1年して、私は彼女がカナダに出国した、という話を聞いた。

さて、彼女のボーイフレンドだが、私はタイで会ったことがあった。彼女がまだ日本にいるときで、私がチェンマイに行くと聞いた彼女が紹介してくれたのだった。

彼女がカナダに行ってからは、二人がどうしているかについて、私に教えてくれる人もなく、すっかり忘れてしまった。

それが、今年の春、二人から急にメッセージが来た。11月に日本に遊びに行くから、会おうというのだ。そして、11月25日、私たちは再会し、巣鴨で食事をした。

難民としてカナダにやってきた二人ではあったが、今ではしっかりとした生活を築きあげていた。彼女は現在、看護師として働いている。夫のほうは聞くのを忘れたが、彼の下で二人のカナダ人が働いているそうだ。

政治については、それほど積極的ではない。というのも、そのせいでいろいろと苦労してきたからだ。カナダにはカレン人を含めたくさんのビルマの難民が暮らしているが、彼がいうには、自分たちは距離を置き、カレン人としてよりも「カナダ市民」として、自分たちの生活を楽しむことを優先している、とのことだった。二人の間には子どもがいないので、ときおり、二人だけで海外旅行に出かけ、そのひとつが今回の日本訪問だった。

とはいえ、彼女にとっては、日本再訪だった。以前、東京で働いていたときは、他の場所に行ったことなどなかったので、今回は大阪と広島を回ってきたそうだ。日本語もほとんど忘れたと言っていたが、それでも多少の会話はできた。

思えば、彼女の難民すごろくは 20 年近くも昔にこの東京で始まり、カナダで立派に上がりに到達したのであった。すごろくでは、ふりだしに戻ることほど悔しいことはないが、いったん上がった後でふりだしに戻るのは、喜ばしいことにちがいない。

苦い文学

エゴマの葉

先週、韓国に行ったとき、「エゴマの葉」論争というものが流行したのを知った。

エゴマの葉の漬物というのは、何枚も重なっているため、箸で剥がしにくい食べ物だ。それを、自分の恋人が別の女性(なり男性)を手伝ってやるのを許せるか許せないかで、論争が起きたのだという。

韓国の若い人の間でも意見は分かれたとのことだ。また、韓国で知り合った日本人の若い女性は断然「許せない」派とのことだった。

エゴマの葉という食べ物は、韓国では男女関係に結びついているようだ。ドラマでも、エゴマの葉をご飯にのせてあげる関係ならば結婚すべきだ、などというセリフも聞かれた。

これは、別の見方をすれば、エゴマの葉が原因で、別れたカップルや夫婦がいるということでもあろう。エゴマの葉が、社会の基盤となる人間関係のひとつを危うくしているのだ。

我が日本にとって、韓国は民主主義という価値観を共有する隣国であり、持続的な友好・協力はなによりも重要だ。その隣国の直面する問題は見過ごすことはできない。

エゴマの葉を剥がすロボットの開発や、剥がれやすい葉を持つエゴマの品種改良など、日本としても協力を惜しむべきではないだろう。

苦い文学

透明人間

ロシアがウクライナに侵攻して以来、私たちはテロしかないという考えで一致した。

つまり、この戦争を終わらせるにはプーチンを暗殺するほかないのだ。

だが、どうやって? 私たちが達した結論は、透明人間だった。そう、透明になって、クレムリンの最奥部に侵入し、そこでプーチンを密かに殺害するのだ。

そして、この数ヶ月の間、私たちは莫大な資金と労力を開発に注ぎ込み、ついに、透明人間化に成功したのだった。

プーチン暗殺という歴史的かつ英雄的作戦にあたるのは、私たちの中でもっとも体力と地力・忍耐力に優れた男だ。私たちは彼に「キエール」(5mg)を投与した。

徐々に、彼は消えだした。足が消え、手が消え、そして胴体が徐々に……。消滅が首から上に及んだとき、それまで冷静沈着だった彼の顔が驚きに歪む。と、その瞬間、すべてが消えた。彼は私たちには見えない世界へと消え去ったのだ。

それから数週間経った。プーチンは死んでなくてはならず、また戦争は終わっていなくてはならなかったが、なんの変化も起きなかった。

そして、今日、彼が帰ってきた。私たちの前に姿を現したのだ。

開口一番いうには「密かにプーチンを狙うなんてムリムリ! クレムリンの前は透明人間の人だかりで押し合いへし合いで!」

なんでも、実はこの世は透明人間の人口のほうが多いくらいだとか。