風刺・戯文

鹿蹴り

武闘派で知られる政治家の発言が波紋を引き起こしている。外国人が鹿を蹴ったのを見たというのだ。ある人はこれは本当だという。しかし、別の人は疑っている。

だが、この政治家が嘘をついているとは考えにくい。もちろん、人間だから、発言のすべて、つまり100パーセント真実というわけではなかろう。だが、10割とはいかぬまでも「大陸から8割」程度には真実を語っているものと思われる。

ところが、テレビなどの取材によると、鹿の周辺にいる人々は「外国人が鹿を蹴っているのは見たことがない」と言っているというのだ。すべての人に取材したわけではないだろうから、もしかしたら、鹿を蹴った外国人を目撃した人には出会わなかったのかもしれない。しかし、それでも、鹿を蹴っている外国人の目撃例が報告されていないことは重視すべきだろう。

とすると、この政治家が嘘をついているのだろうか? それともテレビ報道がデタラメなのだろうか?

ここで私は鋭い知性を働かせ、このどちらもが真でありうる唯一の真実を突き止めた。

まず真実を述べよう。それは「外国人は鹿を蹴った」だ。とすると「蹴っているのを見たことがない」と言っている人々は嘘つきなのだろうか?

いや、この証言も正しい。なぜなら、外国人の蹴りは、目にも見えぬほどの速さで繰り出されたからだ。その素早い蹴りを見抜けたのが、かの武闘派の政治家のみだったというのも当然といえば当然だ。鹿ファーストで考えるならば、政治家などやめて鹿の監視係にぜひ就任してほしい。

苦い文学

自殺ゼロ都市宣言

黒鍬市議会で「自殺ゼロ都市宣言」が全会一致で採択された。我が国の自殺者の数に心を痛めた黒鍬市長が、まずは黒鍬市から自殺をなくそうと始めた肝いり事業だという。いったい誰が反対できようか。

「自殺ゼロ都市宣言」では、黒鍬市の3つの決意が高らかに述べられている。

・私たちは自殺のない黒鍬市をつくります。
・生きづらさを感じている人々を笑顔にする行政をつくります。
・心の豊かさにあふれた暮らしをつくります。

さっそくこれらの決意を盛り込んだ「自殺ゼロ都市宣言」関連施策が実施された。もっとも、当初はなかなか自殺が減らず、市民団体から激しい批判が繰り返された。あまりのひどさに、市長みずから自殺を考えるほどだった。

だが、いつだって正しいものが勝つ。年を追うごとに、自殺者が減っていったのだ。そして、とうとう市長の任期の最終年、ゼロになった。

いま「自殺ゼロ都市」がここに実現しようとしていた。この業績を引っさげて市長は国政にうって出るつもりだ、そんな噂も流れていた。

そのとき、とあるビルの屋上に思い詰めた人が立っている、という通報が寄せられた。

「市長! 自殺しそうな人がいます!」

「なんだと!」

市長は大慌てでビルに駆けつける。見ると、今にも飛び降りそうだ。

市長は叫んだ。「待て! はやまるな!」

思い詰めた人は叫ぶ。「うるさい! 死ぬしかない!」

「すきにしろ!」と市長。「だが、飛び降りるなら、ビルの反対側からにしてくれ! そっち側は隣の市だ!」

苦い文学

落とし物

私は若いころ、交通事故に遭って死にかけたことがある。

病院に搬送されたが、頭を強打したせいか何日も意識が戻らず、生死の境をさまよう状態だった。

もちろん私はなにも覚えていないが、うっすらと残る奇妙な記憶がある。

私はずっと川のほとりいたのだった。そこには交番があって、外にはベンチが置かれていた。私はそこに座って、川を行き来する船を眺めていた。

その交番には一人の警官がいた。私が外にいるのに飽きて交番に入ろうとすると、彼は無言で外に追い払うのだった。

私はしかたなくベンチに戻り、川を眺め続けた。見ているうちに自分も船に乗って川を渡りたくなったが、いざ立ちあがろうとすると体が動かなかった。

どれくらいそこにいたかわからない。あるとき、影のように薄い存在が交番にやってきた。それは交番に入り、警官と話しはじめた。窺い見ると、なにやら書類を作成しているようだ。

すると、警官が私を呼んだ。私が交番に入ると、警官はそのぼんやりした黒い影の隣に座らせ、こう言った。

「この方が、お前の命を拾ってくれたそうだ。感謝をしたまえ」

私はよくわからないまま、お礼を言った。

「この方はお前に10%のお礼を請求しているが、どうかな」

「お礼?」

「お前のこれから生きる寿命の1割だ」

私がうなずくと、警官は書類を作成した。そして、私はその薄暗い存在に自分の命の10%を差し出した。

その黒いシミは命を受け取ると、奇妙な声を発し、弾むような足取りで立ち去っていった。

警官は私に言った。「さて、お前も交番を出て、こっちの方にずっと歩いて行くのだ」

私は交番を出て、言われた通りに歩いて行った。気がつくと病室の中にいた。

ときどき、私はあの影のような存在について考える。まったく見当もつかないが、私が与えた10%の命を有意義に使っていてくれればと思う。

苦い文学

テロリストの孤独

いつの頃からか、私は、自分をこのような無残な境遇に追いやった世界に対して復讐したいと思うようになった。

だが、私には権力も、マシンガンも、猛毒も、殺人バクテリアも何もなかった。あるのはただ孤独だけ。

そう、孤独こそは我が武器なのだ。

孤独な人は、そうでない人に比べて早死にする、というではないか。孤独は、心疾患リスクを押し上げ、認知症のきっかけとなり、心身を衰弱させるというのだ。

私は孤独を伝染病のように蔓延させることで、この世界を破壊しようと考えたのだ。

だが、問題は、この「孤独のテロ」は私一人では不可能だということだ。そこで私は、この世でもっとも悲惨で邪悪なネット空間に果敢に飛び込み、自分と同じような眼をした者たち、つまり胸の奥底に孤独という鋭い匕首を抱えたテロリストたちを召喚したのだ。

そして、今日はこの恐るべき精鋭集団の最初の会議が行われ、我々は「孤独のテロ」の極秘アジェンダについて討議を重ねた。

会議の後は、親睦を深めるためにカラオケに行った。「エリナー・リグビー」をみんなで涙ながらに熱唱した。

来週は、一緒にディズニーランドに行くことも決まった。

「秋には仲良くモミジ狩り」なんて声も上がりだしている。