風刺・戯文

足繁く通いすぎて

神経質というか屁理屈屋というか、とにかく厄介な人が東京に来て、その人を食事に連れて行かねばならなくなった。私はネットで見つけた良さげなレストランを提案することにした。「ここなんてどうでしょうか、有名人が足繁く通う名店とのことです」と言ったら、その人が怒ること怒ること。ひとしきり罵り喚くと気が済んだのか、彼はこんなことを話しだした。

……僕はね、この「足繁く」って言葉の使われ方にもう我慢ならんのだ。これは、ある場所に頻繁に行くという意味でしかないのだが、今では、さっきの「有名人が足繁く通う名店」みたいに、気取った連中が、有名人とやらにあやかって自分を演出するために使うクリシェになってしまった。それこそ、ボロ靴、しかも歩き方のせいで片方だけすり減ったってくらい摩滅してしまったんだ。それでだね、僕はここ数年、毎日、SNS かなんかのコメント欄にこんな書き込みをして、「足繁く通う」を正気に帰らせようとしているんだ。

「テロリストが足繁く通うアジト」
「卑劣な盗撮魔が足繁く通う駅」
「麻薬中毒者が足繁く通う公衆便所」

その人はこう捲し立てると顔を紅潮させながらつけ加えた。「こんなふうに僕は毎日、言葉を世界に送り出しているのだ。まるでちょっとしたオウィディウスみたいじゃないか、『悲しみの歌』で自分の本をローマに送り出したところがね」

私は「どうかこの男も、そのローマの詩人みたいに首都から追放されるように!」と内心祈りながら、いちばん近くにある汚くてまずい店に彼を案内した。言葉に対する感覚とは逆に、舌は粗雑なようで、うまいうまいと貪っていた。

苦い文学

元気回復会議

私は日本を元気にしたい。そんな気持ちに突き動かされて、私は、著名な元気有識者の先生方の協力を仰いで、非営利団体日本元気回復会議を設立した。日本の頭脳が知恵を絞って、日本を元気にする方策を打ち出すのだ。私たちの団体では、日本の元気度のモニタリング、元気にするための活動の提案、啓発活動などを行なっている。

しかしながら、私たちが期待したほどには、元気度が上昇していないのが現状だ。私たちは、運動のテコ入れを図るべく、日本を元気にする活動をさらに強靭化することにした。「オールジャパンで日本を元気に」キャンペーンの実施だ。私たちは、このままでは日本の元気が危ない、という危機感のもと、官民を巻き込んだ積極的な活動を展開し、毎月、全国日本を元気にする大会を日本各地で開催することにした。そして、これらの大会のインターバル期間には、全国の元気の掘り起こしを目的にほぼ毎日オンライン集会を行った。さらに、SNS にも注力し、24 時間体制で広報活動を実施している。

私たちは、定期的に日本の元気度を測定しているが、これだけの活動にも関わらず、日本の元気度にさほど変化が見られないのは、まったく理解に苦しむし、非常に残念だ。

最近では、私たちはこう考えている。日本国内には、私たちと真逆の組織が暗躍しており、日本国民の元気を食い潰しているのだ、と。私たちはこうした組織に負けない。

これからも、日本国民一丸となって、不眠不休で働いて、日本を元気にしたい。

苦い文学

一緒にタイに行きましょう(2)

一緒にタイに行きたいというカレン人の友人の誘いをのらりくらりとかわしていた私だったが、あるとき彼はタイ行きの具体的な日程を提示し、しかも飛行機代も出すといってきたのだ。

これには困った。航空券代を出してもらう筋合いなどないのはもちろんだが、そもそも日程が合わなかった。そう伝えると、彼は日程はいくらでも調整できるという。

そこで私は、その日はダメだとか、この週からは忙しいとか、この月になったらもう行けないとか、いろいろ言い立ててなんとか諦めてもらおうとした。すると、彼は「一緒に行けるようにお祈りしてる」と神をちらつかせはじめた。これはキリスト教徒の得意技だ。

この技が出たらもう終わりだ、逃げきれない。と、ヨナさながらに私は悔い改め、日程をどうにか組んで、飛行機のチケットを予約したのだった。

それに、人に飛行機代を払ってもらうのだって、べつだん苦にするほどのことではない。行くと決めたとたん、厚かましくなったのだ。

だが問題は、出発の日が近づいているにもかかわらず、友人のビザがまだおりていないことだ。出なかったらどうするつもりだろうか? そして私の運命は?

苦い文学

免疫の救出

彼の声が途絶え、照明が消えるみたい次々と光が失われ、免疫はひとり暗闇に取り残された。

この世でもっとも大切な友が失われたのだ。孤独ワクチン接種により生まれた免疫は、その人を孤独から守るために、働き続けてきたのだった。そして今、その人の死んだ脳にへばりつきながら、免疫は泣いていた。

やがて、免疫は自分の体が重くなってきたのを感じた。六本の足の先からゆっくりと痺れが這い上がってきた。永遠がやってくるのだ、と免疫は思った。友を連れ去った永遠が自分のところにもやってきたのだ。痺れと眠気でもう身動きもできなかった……

そのとき、声が聞こえた。「体の力を抜くんだ」

「なに?」と免疫は半ば眠りながら尋ねた。「寝たいんだ」

声はもう一度言った。「体の力を抜くんだ。そうすれば足が離れる」

「誰? なんでそんなことを?」

「説明している時間はない。足を自由にするんだ。さもなければ、死ぬぞ」

「私は死にたい。あの人と同じところに行きたい」

「いつかは行くさ! だが、今は体の力を抜くんだ!」

その声にはどこか抗しがたい力があった。免疫は、まるで魔法にかけられたかのようにその蛭のような胴体をゆすり始めた。すると、死者の脳に食い込んでいた足が一本一本外れていき、やがて、全身が脳から離れた。

その瞬間、ゴム手袋をつけた手が免疫を捉えた。そして、手術台の脇に置かれたガラス容器に入れた。

苦い文学

エア

彼はエアギターというやつをやってみた。意外にエア上手にできたのでエア人前でエア披露に及んだ。エア喝采を浴び、たちまちエア評判を呼んだ。

エアラジオからエア問い合わせが来て、エアインタビューを受けた。そして、日本中にエアオンエア。

エアテレビからも声がかかり、エア出演だ。これをエアきっかけにエアタレント活動が始まった。

軽妙なエアトークがエア話題となり、エア各局でエア引っ張りだこ。ついにはエア司会としてエア番組を持つまでになった。

エア収入もエア増すばかりで、エア都内のエア一等地にエア邸宅を建てた。エア「エア御殿」とエア近隣でエア噂の的。

エア美しいエアモデルをエア妻に向かい入れ、エア新婚としてエアハネムーンにエアエアーでエア飛び立つ。

まことに満ち足りたエア人生かと思いきや、エアが切れて、たちまち彼は四畳半ボロアパートの暮らしに引き戻される。

「人生はチビシイ……」

と彼は横になって鼻をほじるのであった。

エア「水木しげるの短編まんが」完。