ライブ

Homecomings@EX THEATER ROPPONGI

たぶんバカなのだろう私は、先のことはあまり考えずに予定を入れてしまう。そんなわけで 12 月に入って 3 回もライブに行くことになってしまった。その 3 回目が今日の Homecomings だ。

全席指定で、私の席は真正面の真ん中あたりで悪くはない。

Homecomings は曲もいいが、ギターの響きと全体の音形に独自のスタイルがある。演奏が始まると、私は座りながらときおり目を瞑って聴く。激しい音が四方から体に入ってきて、目に見えるなにかではなく、それ以前の未分化の感触を生み出す。

「好きに立ったり座ったりしてください」というが、初めはほとんど立つ人はいなかった。ライブが進むにつれて少しずつ立つ人が増える。いつもスタンディングなので、私も座ったままなのが物足りなくなってきた。3 分の 1 ほどの観客が立って体を揺すっている。たっぷり一曲ぶん逡巡した末、私は立った。

音は全身で感じるにかぎる。それにステージもずっと近くクリアに見えた。私は立ったまま、音楽を聴き、激しく高揚を迎える部分にさしかかると目を瞑った。

この日は、ベースの人がこのライブを最後に「卒業」するということが告知されていた。途中の MC で、他のメンバーとベースの人とのやりとりがあったとき、会場に暖かい拍手が鳴り響いた。

そのとき私は無意識のうちに目を瞑っていた。

音が大きくなると自然に目が閉じる。バカの誹りは免れまい。

苦い文学

ノイキャン

音に敏感なタチなのかどうかわからないが、外出するときはいつもノイズキャンセリングのイヤホンをしている。一度、イヤホンを忘れて外に出たことがあったが、不安になって取りに戻ったぐらいだ。世界はうるさく耳障りで煩わしいのだ。

外界の音が聞こえないのでは危ないではないかとか、つけっぱなしでは耳によくないとか、外さないのは相手に失礼ではないかとかのうるさい小言も、ノイキャンのスイッチを入れればまったく聞こえない。

ところで、このノイキャンを憎んでいる人々がいる。はっきり言えば駅員たちだ。自分たちの自慢のアナウンスがキャンセルされるのがどうも気に食わないらしいのだ。自分の電車はいくらでもキャンセルするのにだ。だから、駅員たちは訓練の末(かどうかは知らないが)、新しい発声法を身につけた。ノイズキャンセルキャンセル話法だ。

このノイキャンキャン声で車内アナウンスされると、キャンセル機能が耳に築き上げた防壁は簡単に崩壊してしまう。駅員の声が私たちの耳にダイレクトに突き刺さってくるのだ。私たちは悲鳴をあげてのたうち回る。電車の吊り革に両手を縛りつける(そうしないと、自分の耳をもぎ取ってしまうのだ)。

私たちはオーディオ売り場に飛んでいき、新しいイヤホンの開発をお願いする。ノイズキャンセルキャンセルキャンセル機能搭載のイヤホンを早く! ……だが、私たちがこのノイキャンキャンキャン・イヤホンを手に入れるころには、駅員たちはすでにノイキャンキャンキャンキャン声でアナウンスを始めているのだ!

いったいいつまでこの戦いは続くのだろうか。それはさておき、一般の乗客は私たちのこの戦いをキャンキャンキャンキャンうるさいと思っていることだろう。

苦い文学

年賀状の罰

年末になり、年賀状の宣伝があちこちではじまると、私は父との会話を思い出す。

私は少年で、その年頃の子ならばよくあるように、世界のあらゆることをムダだと決めつけていた。そして、年賀状もそのひとつだった。

私は、年賀状を書いている父にこういったものだった。こんなものはなにひとつ意味がない、ばかげた行為だ、と。すると父は私にこういったのだった。

「なるほど、ではちょっと出かけよう」

父についていくと、町外れの汚いボロ屋に着いた。窓ガラスは割れ、壁は斜めになって地面に沈んでいた。二階は半分崩れていて、解剖図のように内部が見えた。

「ヤヘエさん、いるかい」と父が外れかかったドアを叩くと、無精髭の汚らしい男が顔を出した。目の周りは目ヤニでいっぱいだった。

父は尋ねた。「ヤヘエさんは今年は年賀状を書くのかい?」

ヤヘエと呼ばれた男は歯の抜けた口を開けた。「書かねえよ。バカバカしい。くっだらねえ」

父は声を出して笑うと、財布から千円札を2枚出して、渡した。「そんなこと言わずにさ、これで年賀状でも買いなよ」

ヤヘエは札をひったくるように奪うと、こう言い返した。「はっバカ言うなよ。酒に決まってんだろ」

短い訪問を終え、私たちは家に戻った。父は再び年賀状に取りかかり、私は部屋で寝転んでいた。そして、同級生たちの顔を思い浮かべながら「明けませんでおめでとう」とか「お餅を食べすぎないように」とかいう文句を考えていた。

それから長い年月が過ぎた。父はすでにいない。私はといえば、年賀状を辞めてもう何年にもなる。聞けば同じように年賀状を出さない人々が増えているそうだ。

私たちの国もなんとなくヤヘエの家みたいな感じだ。

苦い文学

覚醒する飛翔体(終)

議場で意識を失った出来事から数週間後、ドバイでの休暇を終えたバーシーが再び議場に現れたとき、すでに参集していた議員たちはみな呆気に取られた。いや、肩透かしを喰らったというほうが正確かもしれない。

かの勇猛なるバーシーの面影は今いずこ、そこにいたのは、影の薄い柔和な男なのだった。

彼は微笑みを浮かべ、周りの議員に丁寧に頭を下げながら自分の議席に座った。

やがて審議が始まった。彼は静かに議論を見守っているようにみえた。

だが、不意に信じがたいことが起きた。彼が目を閉じ、頭をがくりと落としたのだ。彼がとことん憎み、亡国のもとと糾弾した居眠り、その悪徳が今まさに彼を飲み込んだかのようであった。と同時に、議員たちは、他に二人の議員が寝息を立てているのにも気がついた。

議員たちの口から驚きの叫びが漏れた。テレビ中継を見守る国民たちも一斉に嘆きの声を上げた。マスゴミたちは「民主主義が睡魔に負けた日」と書き立てた。だがそれらのざわめきもバーシーらを起こすことはなかった……。

そのとき——

バーシーはリトル・ウィングとなって日本上空へと舞い上り、日本海へと急いでいた。

彼の左右にも二機のリトル・ウィングが展開していた。右翼には共産党の議員、左翼にはゴリゴリの保守議員。バーシーの精神体は思わず吹き出した。

「おいおい、どっちが右翼で左翼だい!」

二人の議員はくすくすと笑う。そのとき、バーシーの脳に埋め込まれたミサイル防衛システムが《それ》を捉えた。

「さあ、おいでなすった!」

三機のリトル・ウィングは凄まじい速度で散開すると、その間に飛び込んできた北朝鮮製の弾道ミサイルの動きを封じた。三議員の精神体の放つパワーに絡め取られたミサイルはたちまち日本海のEZZ外へと跳ね返された……。

それから——

笹木田美那のもとに資料が届けられた。

彼女は困惑しながらパラパラとめくったが、印付きの議員が一人増えたこと、そして、その欄に、飛翔体となって任務に当たった日付とおおよその経緯度が記されていたことに気づかずに、他の書類と一緒くたにしてしまった。

苦い文学

悔悟の時間

年老い、もはや死を待つばかりとなった私は、自分に残された時間の僅かであることを悟り、最近、時間について研究をしている。

時間とは何だろうか。

古来多くの哲人を悩ませてきたこの問題について私は一つの答えを見出した。

時間とは後悔である。あるいはこう言い換えてもいいかもしれない。時間の経過とは後悔の量である、と。

この結論の証明には難解な数式を持ち出さねばならない。だが、それではみなさんにはわからないだろうから、割愛させていただく。

しかし、この発見によって今まで不可解とされていた多くの事柄が説明可能となったことは述べるに値する。

例えば「後悔先に立たず」という現象である。

時間の経過が後悔の量そのものであることを考えれば、これは至極当然のことだ。

また、「憎まれっ子世にはばかる」とか「善人は短命」といった現象も同様に説明される。

人に憎まれるような人とはどんな人であろうか。そう、後悔などしないふてぶてしい人に決まっている。では、善人とは? もちろんおのれの行いについて反省し、よく後悔をする人である。

そして、後悔が時間であるならば、後悔すればするほど、時間が進むのであり、その分、寿命が尽きるのが早くなる。いっぽう、後悔をしない人は、あたかもその人においては時間が停まっているかのようなのであり、ひょっとしたら永遠に生きかねないのだ(なので長生きしたい人は後悔などしないがいいだろう)。

「なるほど、時間が後悔であることは分かった」 みなさんはこう言い、それからこんな問いを投げかけることだろう。「だが、あなたの言う後悔とはなんなのか」

これほど簡単なことはない。この理論(「後悔性理論」とでも呼ぼうか)についてはじめて明らかにした本論文は、さして長くはないものだが、それでも、読むのにいくばくかの時を要する。そして、みなさんは、今、人生の貴重な時間を使ってこの論文をここまで読んだところだ。

今、みなさんの心の中に何があるだろうか。

そう、それが後悔だ。