散文

ビルマの不運な学生

ビルマ国内では長いあいだ戦争が続いていて、兵力を補充するためにビルマ国軍は、若いビルマ人を捕まえて軍に入れているという。紛争地帯である非ビルマ人地域では、カチン人やシャン人などの市民が、国軍に捕まって、ポーターとして酷使されるというのはずいぶん昔からあったが、最近では都市部でビルマ人を対象にこうしたことが行われているようだ。

そんなわけで、ビルマの若い男性は兵役から逃れるために国外に出ようとする。だが、出国すらできない場合もあると聞く。また、国外に行くチャンスをなんとか掴んだとしても、うまくいかない場合もある。

都内のある日本語学校に進学が決まったビルマ人の話だということだが、日本へのビザも出て、日本語学校が入管に書類を送って手続きを行っている最中に、ビルマ国内で捕まってしまった。

その罪状は、反政府組織に寄付をしたというものだ。反政府組織にも、民主化団体から反政府軍までいろいろあり、どれに寄付をしたのかわからないが、そのどれであれ、ビルマ国内ではときとして大きな危険を招く。

結局この学生は裁判で有罪となり、日本に来ることはできなくなってしまった。別の日本語学校で同じようなケースがあってもおかしくないと思う。

話によると、この不運な学生の「刑期」は 10 年だそうだ。1 週間早く日本に来ていれば、もしかしたら 10 年を無駄にせずに済んだかもしれない。とはいえ、現在の軍事政権が崩壊すれば、その「刑期」はもっともっともっと短くなろう。

苦い文学

国際カンケイ大研究!

今年の夏、国連が、アンケート「国家と国家のあいだに友情関係は成立する?」を大々的に実施し、その結果が公表されました! いったいどんな結果が出たでしょうか?!

「国家と国家のあいだに友情は成立すると思いますか?」という質問に、なんと半分以上の国家が「成立する」を選びました! 「成立しない」と「どちらともいえない」がそれぞれ約 20 %でした。以下、回答を寄せた国々からのコメントをご紹介!

【成立する派のコメント】
「我が国には友邦との強固な同盟関係が存在するため」
「たくさんの親日国に恵まれている我が国がその証だと思います」
「一部敵対勢力を除けば、すべての国家が我が帝国にひれ伏しているから」

【成立しない派】
「友人づきあいをしているうちに、いつの間にか敵意を感じるようになった」
「相手のふとした仕草が、思わず敵対感情を誘発して……その後はご想像にお任せします」
「ただの友達だと思っていたが、あるとき急に一方的に告白されて、開戦する事態に」

【どちらともいえない派】
「ほとんどの国家が友達未満敵以上なので」
「友人関係が成立したとしても、お互いの線引きが難しいから」
「友人関係から恋人関係、さらには結婚にまで至りましたが、その後関係が破綻し、二人の間に授かった領土の領有権をめぐって国際家庭裁判所で争う事態となった」

今回は「国家と国家のあいだに友情関係は成立する?」をテーマとしたアンケート結果をまとめました。結果を見るかぎり、世界平和はまだまだ、という感じですね!

苦い文学

選ばれ〜る

私は今、求職中だ。

実際のところ、履歴書をゆうに 100 通以上は送ったが、梨の礫だ。どうにかして、書類審査を通過して、面接にまでこぎつけたい。そのためには、選ばれる履歴書を書かなくてはならない。

だが、選ばれる履歴書とはなんだろうか。私はあらゆる履歴書の文例を参考にし、どこに出しても恥ずかしくない履歴書を完成させた。だが、この、よもや落とされまいというものが落とされるのだ。

もしかしたら何かが足りないのではないか……審査側が選ぼうという気になるような要素が。

今日、そんなことを考えながら、散歩に出た。そして、喉が渇いたので自販機でお茶を買ったとき、気がついた。

そういえば私の履歴書には「〜」がない、と。

どういうことかというと、お茶を買おうと自販機に向き合ったとき、私はそこに「つめた〜い」「あたたか〜い」と書かれているのを目にしたのだ。

私たちが自販機の前に立ち、この「つめた〜い」「あたたか〜い」を見るとき、飲み物を買おうと選ぶ気満々だ。つまり「〜」と「選びたい気持ち」の連合が私たちの心理において生じているのだ。この経験が繰り返されると、この連合はますます強化されていく。

その結果、どうなるかというと、私たちは「〜」を見ただけでもう選びたくなってしまう。「〜」が刺激となって「選びたい気持ち」を喚起しているのだ。

ならば、履歴書の文言のあちこちに「〜」をさりげなく紛れ込ませれば、この「〜」がトリガーとなって、審査側の「選びたい気持ち」を呼び起こすこと疑いなしではないか。これぞまさに「選ばれる履歴書」いや「選ばれ〜る履歴書」だ。

私は急いで帰宅すると夜を徹して履歴書の修正を行い、先ほど完成したばかりだ。

近いうちにみなさんに、明る〜いお知らせをお伝〜えした〜い。

音楽

I Saw The Light

カントリーにも同名曲があるが、ここで取り上げる I Saw The Light は、トッド・ラングレン(Todd Rundgren)の代表曲だ。

非常に知名度のある曲で、日本でも高橋幸宏や高野寛がカバーしている。

この曲が収められているのは、トッド・ラングレンの 3 枚目のソロ・アルバム Something/Anything?(1972)だ。なお、トッド・ラングレンは現在も音楽活動を続けていて、新しいアルバム Space Force が 10 月 14 日に出たばかりだ。

さて、I Saw The Light は「君の目の中に(愛の)光を見た」というようなラブソングだが、私がこの曲で注目しているのは、曲の後半、間奏のギターソロの直後だ。

But I love you best
It’s not something that I say in jest
(だけど、本当に好きなんだ。ふざけて言えることじゃないよ)

in jest とは「洒落で、ふざけて、冗談で」というような意味だ。Something/Anything? のオリジナル・バージョンでは、この in jest の後に何も付け加えていないが、1972 年(At the BBC 1972-1982, Box O’Todd)、1973 年(Box O’Todd)のライブ・バージョンを聞くと、こんなふうに笑い声が加えられている。

It’s not something that I say in jest ha ha!

つまり、「ふざけてではないよ」と言いつつ、照れ隠しのように「ハハッ」と軽く笑っているのだ。

だが、1978 年(Back to the Bars)や 80 年代以降(The Best of Todd Rundgren Live など)のライブを聴いてほしい。トッドの笑い声がだんだんと「ギャハハ」に近づいてきているではないか。

そして、もっと最近のライブ(2013 年の Todd Rundgren’s Johnson Live、2016 年の Saban Theatre 2016)も、聴いて見てほしい。

「ギャハハ」どころか「ウヒャヒャヒャ!」だ。

もうわかった。完全にふざけているのだ。