散文

保証人のポロシャツ

何年か前、カレン人の友人から、在留期間更新許可申請書の身元保証人を頼まれた。何度もしていることなので、拒む理由はない。待ち合わせの場所に行き、近くの喫茶店で署名を済ませると、紙バッグに入った服を渡された。

ユニクロに勤めているその人は、良さそうな服をみつくろって、お礼としてくれたのだった。ユニクロにはほかにもビルマ難民の知人が働いている。

紙袋の中には、真っ白なポロシャツが入っていた。もらったはいいものの、私はこのポロシャツを何年も着なかった。なぜなら、私は服を必ず汚すから。とくに食事中は危険だ。食べ物たちときたら反抗的なのか、いつも私の服やズボンを汚そうと狙っている。

しかし最近、私はこの白いポロシャツを着はじめた。食事のときは、汚れてもいいシャツに着替えればいいからだ。それに気がついて以来、何度も着るようになった。自信がついて、都内にまでポロシャツのまま行ってみたりした。そして、いつの間にか、目立つところに黒い汚れがついていた。

先日、その友人から連絡があった。更新が近づき、また身元保証人になってほしいというのだ。私はそのポロシャツを着た。汚れがうっすらと残っていたが、そのまま会いにいった。その人が待ち合わせ場所に来たとき、私は自分の服を指して、着てきたことを示したが、ピンときていないようだった。

新たな申請書に署名をした。今度も紙袋をもらったが、白い服は入っていなかったので安心した。

苦い文学

切り取りの怪物(3)

切り取り報道をつなぎ合わせてできた怪物は、フラフラと街を歩きだした。まわりでは人々が悲鳴をあげ、罵り、嘔吐していた。彼の歩む道の先には線路があり、何本もの電車がけたたましい音を立てて、猛スピードで行き来していた。山手線、京浜東北線、東海道新幹線、西武新宿線、目蒲線……。

彼はまるで吸い寄せられるように線路に近づき、鉄柵をよじ登り、その上に立った。もはやひとつのことしか考えられなかった。轢き殺されてバラバラになって、もとの切り取り報道に戻ろうと、彼は突進する電車に身を投げた。

そのとき、あたたかい光が彼を包んだ。その光はふわりと線路から運び去り、安全なところに着地させた。そして、さらに驚くべきことが起きた。怪物の身体中にある切り取り報道のツギハギが、すっかり消えてしまったのだ。怪物はもはや醜くなかった。その肌はスベスベで、光り輝いていた。首に刺さっていたペンもポトリと落ちて、彼の足元に転がった。

光の中から、不思議な声が聞こえた。「私はファクトチェック機関のスタッフだ……切り取りだというお前の体の報道をひとつひとつファクトチェックしたところ、ぜんぜん切り取りではないことが確認できた……」

「フンガー!」 歓喜の叫びがその口から響き渡った。

そして今、人間となった彼は、愚かな保守政治家たちの歴史修正発言に目を光らせ、新聞をチョキチョキ切り刻んで、スクラップする毎日だ。(おわり)

苦い文学

絶景コンビニ(箱根の旅4)

さて、箱根神社を出て芦ノ湖湖畔を歩いていると、ものすごい人だかりにでくわした。

がんばって人垣の向こうを覗くと、コンビニがある。そのコンビニの屋根には黒い大きな覆いが建てられていて、その向こうは見えなくなっていた。

群衆はほとんど外国人で、みなそのコンビニの前で記念写真を撮っているのだった。地元民らしき日本人がたまたまやってきたので尋ねてみると、こんな答えが返ってきた。

「絶景コンビニのことはご存知かと思います。富士山が屋根の上に乗る映えスポットとして有名になったあのコンビニです。観光客がたくさん集まったせいで、観光公害が問題となり、とうとう黒幕を作って富士山を遮断するということになりました。ここ箱根にあるこのコンビニもまったく同じ状況となり、先日、黒い遮蔽物を屋根に建設して富士山を見えなくすることに成功したのです」

「ですが、ものすごい観光客ではないですか。富士山も見えないのにこれでは、以前はもっとすごかったことでしょう」

「いえいえ、じつは黒い覆いができてから、観光客が一段と増えてしまったのです。本当に困ったことです」

「それはそれはさぞお困りでしょう。ですが、どうしてそんなことが起こりうるのでしょうか」

「ええ、これがじつに不可解なことで、ずいぶん頭を悩ませたのですが、最近になってようやくそのわけが判明しました」

「いったい、どのような理由が?」 大いに好奇心を刺激された私は身を乗り出した。

苦い文学

カーッペッ!

「カーッペッ!」と喉を鳴らす音も高らかに勢いよく痰を吐くのは、吉田二郎さん。「ここまで来るのにずいぶん苦労しました」とスッキリした顔で微笑みます。

吉田さんが痰吐き技術の再現に取り組んだのはおよそ2年前のこと。たまたま訪れた山奥で、勢いよく痰を吐く老人たちに出会ったのがきっかけでした。

「昔は東京のどこでも痰を吐く人を見かけたものでした。ですが今は……」と肩を落とします。

痰吐き衰退の原因について専門家はこう述べます。

「都会から痰吐きが姿を消した要因は、健康状態の改善、大気汚染の解消、社会の衛生化の傾向、喫煙率の低下などが挙げられる。つまり、現代ほど痰が絡みにくい時代はかつてなかったのである」

そこで吉田さんが思いついたのが、痰吐きの復活でした。今では、吉田さんの活動に共感する仲間たちが集まって、痰吐きの技を磨き合うようになりました。

「カーッペッ!」「お! 上手上手!」「いやそれほどでも」「じゃあ、今度は痰壺めがけてやってみようか」

「昔はどの駅にも必ず痰壺が置いてあったものです」と吉田さんは懐かしそうに語ります。「あの頃は日本が元気でした。その元気の象徴が痰吐きだったのです。これを次世代に伝えていくのが私たちの役目です」

近いうち、東京のあちこちで「カーッペッ!」という威勢のいい音が聞こえるようになるかもしれません。

苦い文学

カラフル

学校での暴力が問題になっているけど、昔はこんなことは問題にはならなかったな、と平助は思った。

平助が子どものころは、教師は怒り狂って殴るものと決まっていた。そのための教員免許だったのだ。

平助もよく殴られた。小学生の頃もだが、中学生に上がったらもっと殴られるようになった。

かといって、平助が反抗的であったとか、不良であったというわけではなかった。むしろ、普通の朗らかな少年であった。だが、もしかしたら朗らかすぎたのかもしれない。それが教師たちの気に触ったのだ。なんにせよ、平助が教師のビンタから逃れる術はなかったようだ。

平助をよく殴ったのは白石という体育教師だった。そして教師だけでなく、先輩たちにもよく殴られた。とくに黒木という一学年上の先輩は、殴るだけでなく、蹴りも入れてきた。

おかげで平助は中学校に行くのがすっかりいやになってしまった。朝になると体が動かなかった。だが、一日か二日も休めば、またぞろ登校しだした。そしてまた、白石と黒木にさんざん殴られるのだった。

だが、平助がその後、大人になって、多少物事がわかってくると、この経験を別の角度からとらえることができるようになった。

中学のことをありがたく感じるようになったのだ。

中学時代を思い出すたびに彼は「ああ、白石と黒木だけでよかったな」と感謝する。そしてこんなふうにつぶやくのだ。

「もし、青山とか、赤坂とか、緑川とか、黄谷とかがいたとしたら、きっと中学生の俺の体は持たなかったろうな……」