風刺・戯文

宇宙の鍵

私は宇宙物理学のことはよくわからないが、その研究がある種のパスワード探しであるということはよくわかる。

そのパスワードのうち、もっとも有名なのは、次のものだろう。

𝐸=𝑚𝑐2

これは「質量とエネルギーの等価性」を示す方程式であるが、このパスワードにより、人類の原子力時代の扉が開かれることとなったのである。

だが、宇宙にはもっと巨大で、はるかに開けるのが難しい扉がある。それは、わかりやすくいえば「異次元への扉」だ。この扉が開けば、普通なら光速で何百年もかかるような旅路、人類の力ではとうてい不可能な移動を、瞬間で達成することができるのだ。ある意味では人類の旅の終わりといえるかもしれない。なぜなら、この扉を通れば、どんな距離でも一瞬で飛び越えることができるのだから。

そして、ある日、人類はそのパスワードを見つけることだろう。

「このパスワードによって、異次元への扉が開くのだ」

人類はこのパスワードを用いて、ついに異次元移動マシンを作り上げた。ひとりの男がマシンに乗り込む。カウントダウンとともに、量子エンジンが回転数を上げる。3、2、1、出発!

だが、その瞬間、異次元移動マシンは動きを止めるだろう。扉は開かれなかったのだ。思いもよらない事態にうなだれる人々に、そのとき、不思議なメッセージが届くだろう。

「追加認証のお願い:みずがめ座 91 番星に送った 4 桁の番号を入力してください」

人類はその 4 桁の番号を求めて、150 光年の旅に出発するだろう。

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苦い文学

老後の移住

老後は、物価の安くて暖かい国でのんびり過ごせたら……そんな夢を抱いて日本への移住を決断したのは 68 歳の A さん。貯金と退職金は資金としても十分です。異国の地で何不自由ない生活が待っているはずでした。

しかし、思わぬ落とし穴が待ち受けています。

「なによりも大変だったのは現地の人との習慣の違いでした。時間に遅れると怒り出すし、野菜のこと(おそらく報連相のこと)ばかりいつも言っているし……道はゴミひとつないというのは評判の通りでしたが、歩いている人がみなゴミでした。それに、聞いていたよりもトイレも汚かったんです」(A さん)

ストレスフルな生活にさらに拍車をかけたのが、考え方の違いです。

「日本人は顔以外のことに関心がないのです。いつでも『あの人は顔が変わった』とか『整形だ』とか『メガネだ』とか言っています。ニュースもそんなニュースしかないのです」

そしてついに決定的なできごとが A さんの身に降りかかります。

「日本人はついに私の顔のことまで口を挟むようになったのです。『お顔の激変ぶりに唖然です』『ビジュに賛否ありそうですね』 もうたくさんです」

ついに帰国を決意した A さん。

「地球温暖化のおかげで気温も寒くないし、失われた 100 年のおかげで安く過ごせると思いましたが、やはり、安い国は安い国でした。移住の前に十分下調べをしておけば、と悔やまれます」と後悔しきりです。

今回の移住で、資金の一部を失った A さんですが、「安物買いの銭失いですが、安物だけあって大した損もしていないのが不幸中の幸いです」と、明るく語ってくれました。

苦い文学

イケおじ・ワークショップ

「イケおじ」になるためのワークショップが、先日、市民ホールで開催された。

会場に集まったのはおよそ 50 人の男性たち。みな、イケおじになりたい、との一心でやってきた市民だ。もっとも多いのは 50 代、60 代だったが、90 代の参加者も何人もいた。ただし 20 代はひとりもいなかった。

はじめに参加者がひとりひとり意気込みを語った。98 歳の参加者が「イケおじになるという最後の夢を叶えて旅立ちたい」と言ったときは大きな拍手が巻き起こった。また 15 歳という最年少参加者が緊張気味に「みなさんのようなイケおじになりたい」と語ったときは、だれもがまんざらでもない顔つきだった。

次のブレイン・ストーミングは「どんなイケおじになりたいか」をテーマに自由に意見を出し合う時間だ。いろいろな意見が出たが、「モテる」と「スローセックス」の言葉が出たときは誰も我が意を得たりという表情で拍手をした。

引き続いて、「イケおじが日本を救う」というタイトルの特別講演が行われ、その後、3 つのグループに分かれてセッション・タイムとなった。セッションのテーマは「イケおじのファッション」「イケおじのセックス」「イケおじの魅力」。それぞれで活発な討論が行われ、まとめの時間での各グループからの発表は、終始笑いに包まれ、大盛り上がりだった。

だが、今回のワークショップで一番盛り上がったのは、クロージングの時間だ。そこでは主催者がこう言ったのだ。

「15 歳から 98 歳までのみなさんが、世代を超えて協力し、討論し、楽しんだ。こんなことがありうるでしょうか。もう、みなさん全員がイケおじです」

一日がかりで行われたワークショップは盛況のうちに閉会した。会場を出た参加者たちは手に入れたばかりの「イケおじ認定証」をちらつかせながら、女性たちに声をかけはじめた。

苦い文学

左右盲

裁判官殿、左右盲という言葉をご存知でしょうか。

これは、右と左がどっちかとっさには判断できないことでして、左右失調ともいわれます。

実は、この私も昔から左右が混乱しておりまして、「右手を上げろ」といわれてもすぐにはできないのです。

まず、「箸を持つほう」と自分の手を確認いたします。それから、その手とは逆の手を上げる、ということになります。ええ、つまり、私は左手で箸を持つからでして、この辺りからして、もう混乱しているのです。

しかも、この左右盲、私の知能の他の部分にも広がっているようなのです。

といいますのも、私は左右以外にも、ペアの区別ができないのです。

例えば、同僚に「石山さん」と「石川さん」がいるとしましょう。すると、もう私はどっちの人が「山」で「川」なのかわからなくなってしまいます。

「石山さん」に「石川さん」と呼びかけたり、逆に「石川さん」を「石山さん」としてしまったりするので、もう、最後には名前を呼ぶのを諦めてしまうほどなのです。

ですので、裁判官殿にはぜひご理解いただきたいのですが、ちょうどこれと同じような具合で「善」と「悪」のほうも混乱しておりまして……私としては善のほうに賭けたつもりだったんですが……

苦い文学

ナイショの話

2015年10月、ビルマで総選挙が行われた。この総選挙でアウンサンスーチー率いる国民民主連盟(NLD)が勝利し、新しい政権が生まれた。そして、その5年後の総選挙でもNLDは勝利し、これに対し数ヶ月後に軍がクーデターを起こすことになる。

2015年の総選挙の時は、NLDだけが選挙に出たわけではなかった。軍政寄りの政党もあれば、少数民族政党もたくさん立候補者を出していた。

私はこのときビルマにいて、カレン民族の政党の立候補者がエーヤーワディ・デルタを遊説するのに同行していた。

移動は借りた車だった。持ち主がNLD支持者だったため、車にはNLDの旗がついていた。カレン人の立候補者は気がつくと旗を外した。

ボーガレーという町に向って夜道を車で進んでいるときのことだった。カーステレオから、歌が流れてきたのだった。運転する支持者と助手席に座る立候補者は、K-Pop だ、と断言したが、後部座席で聞いていた私は、日本の歌だとすぐにわかった。どうやら、その車は日本から来た中古車で、CDが入ったままだったようだ。

女性アイドルの歌だ。メロディーは少し古い感じだったが、アレンジは Perfume にも似ていた。

気になった私は、耳を澄まして歌詞をいくつか聞き取り、暗い車内でメモしておいた。

日本に帰ってその歌詞を頼りに調べてみると、すぐに ClariS というユニットがひっかかった。曲はといえば、アニメの主題歌ばかりだ。

なんだ、テレビまんがかよ、と思ったが、音楽に罪はない。すぐに全曲を購入し、愛聴した。