風刺・戯文

物語を紡ぐ

先生が私たちに物語を紡いで見せるとき、私たちはこれ以上なく元気と勇気が湧いてくる。自分たちが、まだ故郷と家族を愛せるということを知って、涙が止まらなくなる。それもそのはず、先生の物語は時間をかけて丁寧に紡がれたものなのだから。

そんなとき、ひとりのみすぼらしい男が私たちの輪の中に入り込んできた。そいつは、先生の話をしばらく聞くと、せせら笑ってこういった。

「史実もへったくれもないじゃないか。嘘ばっかりだ」

私たちは落ち着き払って言い返した。「むしろあなたのほうが嘘つきでは」

すると怪しい男は、先生の物語の間違いとやらをひとつひとつ指摘し始めた。聞くに耐えない言葉だった。

「先生の紡いだ物語にケチをつけるとは、私たちの敵だな」と私たちが迫ると、男は平然としていった。「私は、その先生とやらが紡いだひどい物語をみなさんの前でほどいているに過ぎない。そもそも、こんな物語を広めるほうが敵だ」

私たちはもはや我慢ができず、男を組み伏せ、ロープで縛り上げた。

「このロープを先生の紡いだ物語だと思え! ほどけるものならほどいてみろ!」

私たちは湖に行き、男を沈めた。

苦い文学

非包茎税

いわゆる独身税の成功に味を占めた日本政府が、新たな税源の確保を目指して開始したのが、「非包茎税」でした。これは、包茎でない者が負担する税であり、その税収の一部は「少子化対策包茎家庭支援金」の財源となりました。この制度は、包茎男性の自信を強化し、包茎家庭における子作りを活性化させることを目的としていました。

一見、非包茎者にとって不公平に思えるこの制度でしたが、ひとつ変わった特典がありました。「非包茎税」を収めた国民は「非包茎納税者」としてネット上で広く公示され、また、「非包茎納税者」であることを示すステッカーが与えられたのです。

そのためかどうかわかりませんが、多くの国民がこぞって「非包茎納税者」として納税し、政府の税収を押し上げたと記録されています。実際の「非包茎者」割合から、偽りの非包茎者が多くいたものと推定されていますが、あくまでも自己申告ベースであったので、問題にはなりませんでした。

ただし、非包茎であるのもかかわらず、包茎だと偽って納税しなかった場合、きわめて悪質な脱税として、追徴金のほか重大なペナルティが待ち受けていました。これら国の義務を遂行しない「仮性国民」は、「善悪を見分ける目が皮で覆われた皮いそうな者」と大いに軽蔑されたそうです。

苦い文学

日本脱出

近い将来、日本人たちは、この日本という国を捨てるべきだと考えはじめるだろう。

「私たちはいつまで地震に打ちのめされねばならないのか。津波の悪夢にうなされなければならないのか。いつまで涙を流さなければいけないのか。私たちはもはやこの島にはいられない。地震も津波もない土地で、幸せに生きるのだ」

「そうだ、どんなに酷い土地であろうと、揺れさえなければ、私たち日本人はなんとかやっていける!」

国家プロジェクトとして、さっそく新しい日本の候補地探しが始まった。世界中のあらゆる無人地帯が徹底的に調査され、その結果、ついに2つの候補地が浮上した。

赤道直下の灼熱の不毛地帯と、極北の広大な永久凍土だ。

どちらも、その地下にはいかなる断層もなく、少なくとも数万年の間、揺れた形跡はなかった。

そのいっぽう、2つの候補地には重要な違いがあった。不毛地帯を選ぶ場合、日本はその所有国に天文学的な金額を支払って購入しなくてはならなかった。いっぽう、永久凍土のほうは、その所有国に年ごとの使用料を払わねばならなかった。

「つまりこういういうことだ」と人々は叫んだ。「持ち家か、賃貸か」

永遠に結論の出ないこの問題をめぐって、日本中が真っ二つに割れた。いたるところで議論が繰り広げられ、そのうち激しい天災がやってきて、日本は沈没してしまった。

苦い文学

AI の個性化

最近の AI は、特定のテーマを指定すると、それについての小論文を書いてくれるまでになった。

学生のレポートなど簡単にできてしまうので、大学ではいろいろな対策が取られている。

AI 使用禁止もそのひとつだが、他には、テーマを書き手の個性や状況にリンクさせる、つまり、その人にしか書けないものを書かせる、というものもある。

AI の作文は、ネット上にある既存の情報を素材に作成されるので、書き手の個性という情報をうまく組み込むのは難しいと考えられるからだ。

だが、これも、AI が進化して、今の携帯電話のように個性化されたら状況が変わってくる。使用者の生育歴、経験、考え方、思考の癖、言葉づかいまでも情報として蓄積・利用できるような AI にとっては「その人にしか書けないもの」をその人に成り代わって生成することなど朝飯前だろう。

もちろんこのような偽造品をレポートや卒業論文として大学が受け取るわけにはいかない。だが、その対策はかなり難しい。

AI の使用を禁ずる、というのがもっとも簡単な解決策だ。これ自体難しいことだが、それができたとしても AI の個性化はさらに大きな問題をはらんでいる。

たとえば、試験会場の学生に「眼鏡をかけていると、眼鏡をかけていない人に比べて有利になるから、テスト中は眼鏡の使用を禁ずる」と言ったらどうなるだろうか。人権侵害だと問題になるに違いない。

AI に関してもこれと同じようなことが起きる可能性がある。AI が、個性化を通じてもはや分かち難いほどにその使用者に結びついている、そうした状況が当たり前の世界においては、AI の使用禁止がそのまま人権侵害ともなりうるのだ。

となると、大学は AI の作文の提出を認めざるをえなくなる。だが、これは本当に学生の書いたものと言えるだろうか?

このように AI の進化は、教育において重要かつ難しい問題を提起する。AI が解決してくれることを期待したい。

苦い文学

夢は叶う

人間らしい付き合いというもののない私には、年賀状といえば、毎年、なぜか嵐から届くきりだったが、最近はそれも来なくなった。

なので今年はゼロかと思いきや、珍しく1枚だけ私宛に来ていた。学生時代の頃の友人だ。

彼と過ごした青春の日々が不意に思い出された。もっとも、それらの日々はとても無残なものだったので、私はここ数十年思い返すこともなかった。

我々は苦しく惨めだった。だが、その悲惨の中から、あるとき彼は、ひとつの夢を掴みとったのだった。それは歴史的な瞬間だった。

「俺はこの世界を破壊する」と彼は言った。「憎しみを播種し、恐怖と侮蔑で人々を分断させるのだ。人権などというものを真っ向から否定し、弱者どもを狂わせ、無限の闘争に駆り立てるのだ。あらゆる人間性を、価値を、技術を、知性を、知恵を蔑ろにして、この世界を混乱に陥れる。そうだ、戦争だ! 戦火をあらゆる番地に燃え立たせるのだ。この世界はひとつの巨大な地獄となるだろう……」

私は我に返り、彼からの年賀状を眺めた。ありきたりの正月の文句と彼の名前が書かれ、その下に「自民党員」とあった。

どうやら、着実に夢を実現させているようで、他人事ながらうれしかった。