苦い文学

AI の個性化

最近の AI は、特定のテーマを指定すると、それについての小論文を書いてくれるまでになった。

学生のレポートなど簡単にできてしまうので、大学ではいろいろな対策が取られている。

AI 使用禁止もそのひとつだが、他には、テーマを書き手の個性や状況にリンクさせる、つまり、その人にしか書けないものを書かせる、というものもある。

AI の作文は、ネット上にある既存の情報を素材に作成されるので、書き手の個性という情報をうまく組み込むのは難しいと考えられるからだ。

だが、これも、AI が進化して、今の携帯電話のように個性化されたら状況が変わってくる。使用者の生育歴、経験、考え方、思考の癖、言葉づかいまでも情報として蓄積・利用できるような AI にとっては「その人にしか書けないもの」をその人に成り代わって生成することなど朝飯前だろう。

もちろんこのような偽造品をレポートや卒業論文として大学が受け取るわけにはいかない。だが、その対策はかなり難しい。

AI の使用を禁ずる、というのがもっとも簡単な解決策だ。これ自体難しいことだが、それができたとしても AI の個性化はさらに大きな問題をはらんでいる。

たとえば、試験会場の学生に「眼鏡をかけていると、眼鏡をかけていない人に比べて有利になるから、テスト中は眼鏡の使用を禁ずる」と言ったらどうなるだろうか。人権侵害だと問題になるに違いない。

AI に関してもこれと同じようなことが起きる可能性がある。AI が、個性化を通じてもはや分かち難いほどにその使用者に結びついている、そうした状況が当たり前の世界においては、AI の使用禁止がそのまま人権侵害ともなりうるのだ。

となると、大学は AI の作文の提出を認めざるをえなくなる。だが、これは本当に学生の書いたものと言えるだろうか?

このように AI の進化は、教育において重要かつ難しい問題を提起する。AI が解決してくれることを期待したい。