ラテン語の catus/cattus は、のちにロマンス諸語に受け継がれていった。だが、そこで興味深いことが起きる。イタリア語やスペイン語など一部のロマンス語では、catus/cattusの ca [ka] が ga [ga] に変化したのだ。例えば、イタリア語では gatto、スペイン語では gato となる。
同じ地中海に面する北アフリカのアラビア語方言の qaṭṭūs/gaṭṭūs、あるいはベルベル語の k を考えると興味深いが、これだけならば地中海の両岸でたまたま似たような変化があっただけかもしれないとも言える。
だが、面白いのはここからだ。
gatto なり gato なりの存在は、ラテン語の catus/cattus に、gatus/gattus という別の形があった可能性を示唆する。とはいえ、ca [ka] から ga [ga] への変化は、ロマンス諸語においては珍しいというのだ。菅田茂昭先生の『ロマンス言語学概論』(56-57)でもこの変化を「奇妙なこと」とし、「孤立的な事例」だという先行研究も引いている(私ははるか昔に菅田先生のロマンス言語学の授業をとったことがある。だから「先生」をつけるのだが、私にも若き日のロマンスの思い出の一つや二つないわけではなかった……)。
そして、菅田先生は「閉鎖音の有声・無声の区別が確立していなかった地中海基層言語(前印欧語)」を想定することで説明できるのではという仮説を提唱している。
つまり、ラテン語やギリシア語以前に地中海に存在した謎の言語の影響ではないか、と考えるのだ。