会場は地下二階にあり、来場者たちは階段に整理番号順に並び、開場の時を待っていた。整理番号41の彼は、地上と地下一階の間の踊り場に立ち、自分がほとんど列の後ろなのを悲しんでいた。
彼のいる踊り場と地上を繋ぐ階段の中程に若い男性スタッフが立ち、来場者を整列させていた。ときどき、早い番号の人々が慌てて階段を駆け降りていった。そして、彼は小さなネズミが階段を降りてくるのを目撃した。ふさふさの濃い灰色の毛をしていて、妙につややかだった。赤っぽい手の先が見えた。
そのネズミはスタッフの足元から現れたようだった。柔らかな体をくねらせて、階段を一段降りた。そしてもう一段、落ちるように降りた。壁沿いに数名の人々が並んでいたが、ネズミに気がついているのは彼だけのようだった。彼は声を上げようかと迷った。
列の最後尾には、黒い服を着た女性がいた。ネズミはその女性の足元に降りると、靴と靴との間に入り込んだ。女性は携帯を見るのに夢中で気がつかないようだった。彼はここで女性に声をかけたらかえってまずいことになるような気がした。
ネズミはやがて靴の間から出てきて、踊り場に着地した。このとき、近くの女性が悲鳴をあげた。黒い服の女性も、とっさに階段を一段上がった。彼の横に立っていた女性はすぐに地下へと逃げた。
彼ははじめてネズミに気がついたようなふりをして、すばやく壁にへばりついた。