散文

備えあれば

近所のスーパーでは、夕方になると生鮮食品がまばらになる。これはひとつには食品ロスを減らすためだろうが、もうひとつには私たちが出費を抑えるようになったためでもあろう。

あくまでも印象にすぎないが、他の商品も種類が減っているように感じる。いつも買っていたヨーグルトが姿を消した。豆腐もいつの間にか見たことのないメーカーのものに変わった。刺身も薄くなった。無料の牛脂もワサビもなくなった。

今日の夕方、そのスーパーに行ったら、果物もなにもなくなっていた。野菜の棚もカラだ。いつもよりたくさんの人がいて、残り少ない商品から選びに選んでカゴに入れていた。

まるで台風のときみたいだ。

だが、すでに台風は去り、別の台風が来るにはまだ間があった。私は、このスーパーが明日から三日間、店内改装のために休業することになっていたのを思い出した。

日本もついに昔の共産圏のようになったかと衝撃を受けたが、どうやらそれにはまだ間があったようだった。

私は買い物カゴを抱え直すと、売り場を慌ただしく動き回る人々の中に飛び込み、三割引の豚肉と半額の厚焼き卵を素早く掴み取った。八枚切りの食パンはすでに売り切れていたので、わずかに残っていた六枚切りで我慢した。

来るべき通貨危機もこの動きで乗り切れそうだ。