風刺・戯文

本当にやさしい日本語

私は、差別語などは使わないように日ごろから気をつけているが、ポリチカル・コレクトネスの欠乏した人や、無知な人は差別語を使いがちだ。もっとも、教養豊かな私も、ときには間違えることもないではない。

先日、犬と散歩している人がいたので、「汚い犬ですね」といったらイヤな顔をされた。どうにも納得がいかなかったので、後で友人に尋ねたら「ワンちゃん」というべきなのだそうだ。現代では動物も命あるものとして尊重すべきだということなのだろう。

そのような観点からすれば「豚児」「豚箱」などという表現も現代にはふさわしくない。なぜなら豚に失礼だ。「馬齢を重ねる」も同じで、馬に配慮が足りないというべきだ。そう考えると「馬鹿」などもはなはだ危険だ。現代ならば「人児」「人箱」「人齢を重ねる」「人々」が適切だろう。

最近では「尻切れ蜻蛉」も差別語に加えられたようだ。私などは差別に対する備えがしっかりしているせいで、もう十年以上前から「蜻蛉返り」も使わない。

差別語を見逃せないタチの私は、しばしば指摘や注意をしてしまう。ネットならば差別語警察、いや差別語ワンちゃんと言われるかもしれないが、やはり黙っていられない。

先日なども、ある人がしきりに「外人、外人」と繰り返すので、「差別主義者め、外国人と言いなさい」と注意したら、こんなふうに言い返された。

「うるさい、俺は差別なんかしてない」

「いいや、していたぞ」

「愚か者め。外人の外を外国と言い換えれば、外国人になる。だが、この外も外国に言い換えたほうがいいのではないか。すると外国国人だ。だがそれでも外が残る。そんなこんなで外国国国国国国国国国国国国国国国国人になっても、まだ終わらない。これじゃあキリがないから、俺は国を省略して外人と言っているのだ。この二字の間に収められた差別を憎む心はそれこそ無限大なのだ!」

人々人々しいにもホドがある。まったく呆れた人野郎だ。