二〇二二年の末頃、AIに「ベトナムのビートルズ」の画像を作成するように指示すると、銀色にも灰色にも見えるスーツを着た四人の若者の画像が出てきた。四人はアジア風の街角に立っている。スーツは、ビートルズの襟なしスーツにも似ている。四人ともベトナム風のとんがり帽子を被っているが、金属製で、しかも頂点からはアンテナが伸びている。若者たちの顔はアジア人のそれだったが、奇妙に潰れていた。
そして今、AIに同じことを指示すると、まったく別の画像が出てくる。本物のビートルズがハノイの街角の屋台で食事をしているのだ。プラスチックの椅子に座って談笑しながら手に丼を持っている。食べているのはフォーだ。なぜなら看板にフォーと書かれているから。ポールは左利きだが、箸は右手で持っている。四人の服装からすると、写真は『リボルバー』の頃に撮られたようだ。言うまでもなくフェイク画像だ。
どちらの画像が面白いかというと、もちろん最初のものだ。奇妙で謎めいている。ユーモラスで異様だ。たった数年だが、AIは指示を適切に解釈し、もっともらしい画像を作り上げるように進化してしまった。AIが奇妙な画像を作る時代は終わってしまった。
そして、AIがおかしな四人組の画像を生成した時代はもう来ないのだ。そんな時代は人類の歴史で一回しか起きなかった。しかも、とても短いものだった。もちろん、巧妙に指示をすれば、現在のAIだって、野蛮で珍妙な画像を生成してくれるだろう。だがそれは、結局のところオリジナルのフェイクに過ぎない。
私は、ベトナムの怪しい四人組の画像を、まるで自分の子どもが赤ん坊だった頃の写真のように眺めている。