苦い文学

マスクのない世界へ

「コロナ禍も終わりに近づき、マスクを外す動きが広まりつつありますね」と彼は言った。

「ええ、なんだか安心しますね。長いマスク生活で、もっとも影響を受けたのは子どもたちでしたから」と私が返すと、彼は角度の違う見解を述べた。

「いえ、私はむしろ心配です。子どもたちはマスク付きのコミュニケーションが普通になってしまってますから。どうやってマスクなしのコミュニケーションに子どもたちを移行させるか、これは思ったほど簡単ではないですよ」

「なるほど。確かに問題ですね」

「マスクなしでのコミュニケーション訓練が必要です。私たちコロナ以前の時代を知るものにとってはたいしたことのないように思えますが、そうではないのです。マスクなしのコミュニケーションには、しばしばハプニングが起きますよね。ところが、子どもたちにはマスクなしのコミュニケーションの免疫がない状態です。そうした子どもたちにこのハプニングをうまく切り抜けることができるでしょうか」

「いえ、難しいと思います」

「その通りです。子どもたちはこれに失敗する可能性が高いのです。その結果、子どもたちはコミュニケーションに苦手意識を持つようになり、それとともに自信を失っていきます。これではいけません、そんなわけで、私は子どもたちに対して、マスクなしコミュニケーション時につきもののハプニングをわざと起こすようにしているのです。そうすれば、子どもたちには免疫ができ、いざという時にうまく切り抜けられるかもしれせん」

「それはいったいどういうハプニングなのですか?」

私の言葉を聞くと、彼はマスクを外した。

鼻から鼻毛の束が飛び出ていた。

その鼻毛の太さに私がたじろぐと、彼はにっと歯を見せて笑った。

その歯には青のりがびっしり貼りついていた。