苦い文学

謎に包まれて

「謎に包まれた素顔」「謎に包まれた生い立ち」「謎に包まれた秘密兵器」などと我々はいう。この「謎に包まれた」というのは、「詳しく明かされていない」とか「はっきりとはその実情がかわからない」ということを意味している。

しかし、この世に「詳しく明かされて」いたり、「実情がすっかりわかって」いたり、「秘密などいっさいない」ような事柄があるだろうか。

実際のところ、自分のことだって、例えば自分の生育過程や本当の性格、あの時どうしてそんな決断をしたのか、とかだって、はっきりとはわからない。突き詰めて考えてると、なんだって「謎に包まれている」ようだ。

はじめは謎に包まれていたのは特定の物だけで、他は包まれていないように思えたのだが、そうではなかった。ぜんぶ個包装だったのだ。

環境への負荷を考えると、はたしてこれは良いことだろうか。過剰包装ではないだろうか。

そもそもすべてが包まれているということであるならば、もういっそ謎で包むのはやめたらどうだろうか。