苦い文学

我々は何を持って生まれてくるか

我々は生まれるとき、何を携えて生まれてくるか。

これは、時代、文化、宗教によって、さまざまに考えられてきた。おそらく、もっとも基本的なものは、魂を持って生まれてきたとするものだろう。

この魂には運命や宿命が刻まれている考え方も広く見られる。生まれた日や、曜日や、時間、星の運行、星座が重要なのはそのためだ。同じ運命でも、神の定めた運命とする文化も多い。

仏教的な考え方では、生まれるときに人は、カルマ、因縁、前世の業を抱えてやってくるという。これと似ているのが、前世の記憶や生まれる前の記憶を持って生まれてくる人がいるという信念である。

家というものが人間を規定する文化では、子どもは血を背負って生まれてきたとみなされる。先祖の霊、先祖の守り神、守護霊といった存在もやはり、生まれたときから付いてくるものとされる。この家が拡大すると、人は民族の血を受け継いで生まれてくることになる。

だが、生まれるときに持ってくるものが、これらのように宗教的で非科学的なものばかりとはかぎらない。現代では人は遺伝子情報や環境をともなって生まれてくるという考え方も広く見られる。

また、すべての人間が人権を持って生まれてくるというのもあるが、これは倫理的な要請から生まれた虚構である。人は使命を持って生まれる、という考え方もやはり同様に倫理的なものである。

このように、時代や文化によってさまざまな考え方がある。

さて、現在の日本はといえば、我々は「人は自己責任を持って生まれてくる」と信じている。