苦い文学

非対面世界(2)

あるとき、彼はひとりの学生をオンライン講義中に当てた。なかなかカメラをつけてくれなかったが、強く言うとやがて眼鏡をかけた女子学生の顔が現れた。教科書の一節を読ませると、かなりしっかりした発音で朗読した。

彼女が「検討を行った」を「けんとうをおこなった」とちゃんと読んだのにも、感心した。この学校の留学生たちときたら、彼が何度口をすっぱくして言っても「けんとうをいった」以外の読み方をせず、むしろこちらの方が正しいような気がしだしていたのだった。また「働く」を「うごく」とも言わなかったし、「強いの傾向」のように勝手に「の」を入れもしなかった。

彼は手元にある名簿を見て、この学生の名前のところに「女、日本語よくできる」とメモした。性別を記したのは、中国の慣習に疎い彼は、名前だけでは男女がわからないことがあるからで、学生を当てるたびに記録していたのだった。

次の講義で、再び学生を当てる必要が生じた。そのとき彼はとても疲れていて、ただでさえ聞き取りにくいのに、オンラインのためさらに聞き取りにくくなっている留学生の発音につきあう気にはなれなかった。そこで名簿を見て、「女、日本語よくできる」と記したあの彼女をもう一度当てることにした。

彼がその名を呼びかけると、返事が聞こえた。カメラをオンにするように求めると、すぐに顔が映し出された。そして、その顔を見て彼は目を疑った。

男子学生だった。

彼は名簿に目を戻し、「彼女」の名前を確認すると、もう一回、呼んでみた。すると、小さい画面の中の男子学生が「はい」と口を動かした。彼が朗読箇所を指定すると、若者はスラスラと、あの女子学生よりも上手に読んでみせた。

読み終わると男子学生はカメラを消し、元の黒い画面に戻った。彼はまるで狐につままれたような気分で、その日の講義を終えた。