散文

渋谷カート祭り

昨日は午後からずっと渋谷にいた。夜の Spotify O-nest でのライブのことは書いたが、その前に会場から歩いてすぐにあるユーロスペースで 15 時から開催されたイベント「ラブレターズの非常階段腰掛け男」にも行っていた。ラジオ番組「ラブレターズの階段腰掛け男」が開催したイベントだ。

イベントが終わったのが、16 時半で、O-nest のライブの開場が 18 時すぎだから、時間がある。私は渋谷の街を少し歩いた。私にとっての渋谷は、洋書とレコードの街だったが、今は来る用事もなくなった。ライブ会場があるので来ないこともないが、いつも夜なので、昼間の渋谷は物珍しかった。

ゴーカートが列をなして道路を走っていった。愉快な着ぐるみを着た外国人観光客だ。日本の映画のサムライやニンジャを見たら、日本でサムライやニンジャをやってみたくなるのは当たり前だ。だから、マリオカートを見て、渋谷でカートに乗っても当然という世界基準の理屈だ。

もっとも、たいていの日本人はそうは思わない。なぜなら、江戸時代には誰もマリオ・カートなどには乗っていなかったから。

とはいえ、外国人観光客が今のように渋谷を走り回る時代も、いずれ終わるのだろう。この厄介なカートもいつか姿を消すのだ。

そのとき、私たちはこのカートすら懐かしむ可能性だってある。

外国人の扮装をした子どもをカートの神輿に乗せ、威勢のよい掛け声とともに町じゅう練り歩く「渋谷カート祭り」だって、いつか開催されることだろう。

散文

ただいま禁酒中!(2)

 禁酒そのものは私はつらくなかった。飲みたくなるということもほとんどない。

 食事の時に酒はつきものだったが、今は炭酸水だ。1996年に初めてチュニジアに行ったら、レストランで普通に炭酸水が出されていて、それ以来、私はときどき炭酸水を飲むようになった。

 この習慣は日本ではどちらかというと少数派で、割るための炭酸水を除けば、高価なペリエぐらいしか選択肢がなかったし、炭酸だけ飲んでいると変わり者のようだった。

 だが、最近では、ごく当たり前の習慣となり、普通にコンビニにもおいてあるし、お酒がわりに飲む人も多い。

 禁酒の妨げの一つに、周囲との関係がある。飲み会への誘いや、飲酒の強要など、ストレスフルな状況は多い。

 ただ私の場合は、最近は飲みに行くと年下の人が多いので、飲め、と言ってくる人はいない。ただし、酒が進むと、そうでもなくなるが。

 もっとも、最近では飲まない人も増えているので、そうした先達たちのおかげで、私は酒の場ではそれほど不快な思いはせずに済んでいる。

 在日のカレンの人々ともよく食事に行く。私はずいぶんカレンの人と楽しく飲んできたので、飲まないのは少々寂しい。カレンの人も残念がる。なので、「あと3ヶ月ぐらいしたら飲むかも」と適当なことを言っていたら、「この前も同じことを言っていた」と指摘された。

 私より年上のカレン人の男性が、かつて禁酒をしていた。それが、2年ほど前から、少しだけ飲むようになった。何かの用があって一緒の食事をした時、ビールをすすめるので、「今はやめました」と答えると、いかにも感心したというふうで「私ももうやめた。これが最後」というので、こっちもうれしくなった。だが、次に会った時、彼はまたビールをすすめてきた。

 酒好きが飲まない人に酒をすすめるというのならまだしも、一滴も飲めない人が文句を言ってくるのには、不快を感じた。「そこまでして生きたいのか」と嘲笑するのだ。そうとも、生きながらえて、お前の墓の前でたらふく飲んでやる、と私は固く誓ったのだった。