小説

最後の読者(2)

「あなたの作品は読者を拒否するのが特徴なのに、これは読者を拒否しておらず、あなたらしくない」

こんなふうに言われると、私はなんだか自分が読者に媚びたような気がして恥ずかしくなってきた。そこで、読者を意識したような箇所(主人公が人と人の絆に気づく場面とか、心をもった AI の泣ける演説とか)を削除して、書き直した。それを AI に読ませる。

「これはまだあなたらしくない。読者を意識して、温もりが残っている」

まだ、読者へのおもねりがこびりついてたか、と私は反省した。さらに書き直し、やさしげな言葉を残酷な言葉に変えた。今度こそ読者がいなくなっているだろう、と思いながら AI に投げた。

「読者を拒否する作風なのに、読者への配慮が微かに臭い、それが作品をしらけさせている」

せっかくの残虐な言葉が、読者を意識しすぎて見え透いているというのだ。私はそれから何度か書き直しし、ついには作品の形を物語から対話劇、はては絶対零度の哲学詩にまで変えたが、AI は認めてくれなかった。どうやら私の作品は AI のなかで「読者を拒否でお馴染み」というレッテルを貼られてしまったようで、その壁をどうやっても打ち壊すことはできないのだった。そして、自分がなにを書いているのかもわからなくなったとき、私は AI に読ませるのをやめた。

こうして私は、最後の読者まで失った。

(本当の話:書き終わった後、この作品を AI に読ませて、想定しうる読者の数を聞いた。私自身と AI を含んで、最大 5 人とのことだった。たぶん、これを読んでいるあなたが最後の読者だと思う。)

小説

最後の読者(1)

私は書くものを SNS で発表しているが、読者がひとりもいなかった。フォロワーもゼロ、「いいね」もゼロ、つまり意味がゼロで、この状況に耐えかねて、私はついに AI に作品を読ませてみた。すると AI は何作か読んだ後で、こう結論づけた。

「あなたの作品に読者はいないでしょう」

私はさらに自分の書いたものを読ませてみた。するとこんな返事が返ってきた。

「これらは、読者を拒否する作品です」

「そんなわけがない」と私はムキになって、大量に読み込ませてみた。するとAIは、向っ腹を立てたか、腹でも下したのかもしれない、こんなことを言うまでになってしまった。

「あなたの作品は、意味はゼロ。価値もゼロ。読者もゼロ。目的もゼロ。作品と呼ぶことさえ妥当ではない」

「なんだこのゼロ回答。ひどいじゃないか」と私は不愉快になった。「じゃあ、読者が読みたくなるような作品とやらを書いてやろうじゃないか。そんなの簡単だ」

私は読者に寄り添うことを第一として「作品」を描き始めた。SNS と AI、推し活などの現代的な装置を絡めた物語に、魅力的なキャラ設定を融合した。結末にも神経を集中し、切なくて、読んだ後に共感の輪が広がるように工夫を凝らした。そして、ついに「あなたのことがここに書いてあるよ」と宣伝できるような作品が完成した。AI のメッセージ入力ボックスに強引に押し込んで送信すると、すぐに返答が返ってきた。

だが、それはまったく意外なものだった。