風刺・戯文

お花畑

「パヨクはお花畑、そう日本国民はおっしゃいます」と、案内人は私たちに言いました。

「そこで、みなさまにここにおいで願ったわけです」と、目の前に広がるお花畑を私たちに示しました。「日本の国民の方々は、お花畑という言葉で、私たちが何も考えていない愚か者だと嘲り、罵ります。ですが、よくご覧ください」

案内人は美しい花々に注意を向けました。「色とりどりに咲き誇っていると思いませんか? 考えてみてください。このお花畑を維持するのにどれだけの手間と時間かかっているか。それは決して簡単なことではないのです。ああ、ご覧ください」 案内人はお花畑の向こうからやってくる男を指差しました。

「あの方は、このお花畑の責任者なのです」 私たちはその園丁を見て笑わずにはいられませんでした。「男のくせにお花畑なんて!」 「男なら国を守るべきだろ!」

園丁は黙って軽く会釈をすると、屈んで花の世話を始めました。そのときです。一群の男たちが花畑にやってきて花を踏みにじり始めました。案内人が悲痛な叫びをあげます。すると、園丁は素早く立ち上がり、男たちの中に飛び込んでいくと、素手で格闘を始めました。パンチで撃ちのめし、回し蹴りを見舞い、当て身で突き飛ばし、たちまち乱暴者どもをなぎ倒しました。男たちは血まみれになって花畑の中に転がっています。

まるで映画のワンシーンのような光景に私たちは息を呑むばかりでした。案内人が興奮して叫びました。「あの方はああやって陰謀論者からこの美しい花園を守ってくれているのです!」

園丁は、筋骨隆々たる両腕を腰のあたりでぐいと引いて「押忍ッ」と私たちに挨拶すると、再び花の世話を始めました。

風刺・戯文

家庭裁判所

日本の政治家や野球選手は、不倫や性加害などのスキャンダルが発覚したとき、追及をうまく切り抜ける方法を知っている。その方法とは、追求が始まったらこんなふうにいうことだ。

「妻に怒られた」「妻に叱責された」「バカだね、と奥さんに怒られた」……

言い方はいろいろあるが、我が国のジャーナリストたちはこれを聞くと「なーんだ、もう怒られたのか、じゃあ追求はやめにしよう」とか「てことはもう奥さんの許しは得ているのだな、もう非難はやめだ!」と考えて、追求の矛を収めてしまう。

こうしたことが起こるのは、我が国では、妻が司法の一翼を担っているからだ。そして、この妻が裁判官を務める司法機関が家庭裁判所である。我が国の優秀なジャーナリストたちが、あっさりと追及をやめてしまうのは、すでに家庭裁判所において妻によって審理がつくされた訴訟を、家庭の外で蒸し返すのは、おかしなことだからだ。

さすがに法治国家だけあって、一事不再理の原則が徹底しているというべきだろう。

風刺・戯文

日本人はバカ

「日本人はバカだ」

ある知識人がこうツイッター(現X)に投稿した。すると、たちまち轟々たる非難が沸き起こり、ツイッター(現X)は怒りの声で溢れた。「バカというやつがバカだ!」「なんだこの上から目線」「こいつは反日だ!」 するとその知識人、再びツイッター(現X)に投稿した。

「日本人は馬鹿だ」

同じく大炎上が巻き起こった。「日本人を貶すものは日本から出ていけ!」と息巻く者もいたし、「こんなのが日本人とは恥ずかしい」と嘆く者もいた。また「日本人がバカだというのならば、日本人であるあなたもバカということですよね」とお得意の遠くからの詰め寄り芸で、怒りを発散させる者も続出した。

X(前ツイッター)は沸騰し、ついには殺害予告まで飛び出す事態に。しかし、それにもかかわらず知識人はもう一度ツイート(現ポスト)した。

「日本人は莫迦だ」

不思議なことに、まるで炎上しなかった。そこで知識人は「やはり日本人はバカだった」と結論づけた。

風刺・戯文

人生の回り道

人生回り道協会さま

突然のお便り失礼致します。

「人生は回り道、人生をゆっくりと回り道をして楽しもう」という貴会の活動に励まされているものでございます。ですが、貴会の主張が広まるにつれ、これは本当に回り道かな、これは回り道の詐称では、と思わされることも多くなりました。

ひとつ例を挙げれば、「人生に無駄はない、回り道をしよう」をモットーに活動している方がいらっしゃるのですが、その方の経歴を見て驚きました。

「進学校に入学。4年かかって高校を卒業(アメリカに留学という回り道)。東京大学に入学(在学中、1年留年。若くして起業するという回り道)。大学を卒業後、しばらく就職せず(世界放浪という回り道)。その経験を書いた旅行記『人生は回り道』がベストセラーに」

これは果たして回り道でしょうか? これはインチキ回り道ではないでしょうか? こうした偽物が世にはびこったら、回り道でないものを回り道と誤認する人が出てくること疑いなしです。

そして、そうした人が、もし、回り道でないものを回り道だと思い込んでその回り道に時間を費やしたとしたら、それこそ、とんだ回り道ではないでしょうか。

そこで、貴会に提案がございます。貴会の回り道に関する知見を生かし、「回り道公認制度」を立ち上げて欲しいのです。

貴会が本当の回り道に公認という形でお墨付きを出せば、偽の悪質な回り道は淘汰されていくことでしょう。そうすれば、人々は偽の回り道に惑わされることなく、優良な回り道に近道できるのです……

風刺・戯文

スカッとする社会

私たちの社会はスカッとする話で溢れている。スカッとする話は、まとめサイトやツイッター(現 X)には欠かせないトピックだし、テレビでは再現ドラマのお馴染みのテーマのひとつだ。

スカッとする話はたいてい次のようなパターンを持っている。

・語り手は、スカッとする話の体験者か、近くにいる目撃者である。

・語り手もしくは体験者が、なんらかのマイノリティによって不快な目に遭う。

・「なんらかのマイノリティ」は、社会的に弱い人、異常な人、特殊な集団に属す人、孤立した人などだ。スカッとする話ファンは、シングルマザー、嫌われ者の管理職、外国人、オタクが特にお気に入りだ。

・「不快な目」とは、「なんらかのマイノリティ」」の理不尽な要求、過剰な利己主義、度を越した吝嗇などによって引き起こされる。

・この「不快な目」から体験者を救うのが、「秩序の体現者」だ。「秩序の体現者」の役目は、マイノリティを懲らしめることにある。だが、「マイノリティ」と同じ土俵で争うことでそれを行うのではなく、ただ秩序を体現することによってのみ行う。通常、この「秩序の体現者」は「マイノリティ」の上位に立つ権力者・有力者、富裕層である。

・そして、「マイノリティ」による秩序の破壊という不快と恐怖が、「秩序の体現者」による秩序の回復を通じて解消される過程が、スカッとする印象を生み出す。

スカッとする話は秩序の回復の物語であるから、社会不安の緩和に有効である。そして、社会不安がないということは、政権を維持維持するのに好都合である。

それゆえ、現在の政府は、極秘の部署に、似たようなスカッとする話を大量に作らせ、ネットとメディアを通じて密かにばら撒いている。

そんなわけで私たちの社会はスカッとする話で溢れている。だが、現実にはスカッとするできごとなど、起きたためしがないのだ。