苦い文学

ホームの仮囲い

私たちの駅のホームに、白くて長い工事用の囲いができた。ある朝、急に出現したのだ。

長さは、いつもの鈍行の3両目から6両目まで。ホームの半分以上の長さだ。

「何ができるのだろう」

私たちは大いに期待した。あるものは地下通路といい、またあるものはエレベーターだと推測した。新幹線のホームにあるような立派な売店ができる、と予測するものもいたし、素敵な待合室ができると想像を膨らますものもいた。そして、なによりも私たちをときめかせたのは、次の言葉だった。

「まあ、まて。あれは資材置き場だ。これから駅全体の改修工事が始まるのだ。すごいことになるぞ」

しかし、仮囲いはなんとも厄介だった。ホームの幅いっぱいを占領していた。ホームの端の黄色い点字ブロックぎりぎりだ。正確に計ってみると、隙間は5センチもなかった。

そして、私たちが歩くのを許されていたのは、その5センチ弱の幅だけだった。なぜなら、点字ブロックに足を乗せるやいなや、すぐさま「お下がりください」の警告が放送されるからであった。

苦難の時期が始まった。私たちはまるで切り立つ崖を横切る人のように、囲いにへばりつき、つま先立ちでホーム上を移動し、電車を待ったのだった。

私たちは互いに身を寄せ合い、手を取り合って白い壁にしがみついた。人間の鎖のようだった。

そして、6ヶ月後のある朝、仮囲いが消え失せた。知らせを聞いて駅に駆けつけた私たちは、ホームを見て愕然とした。

何もなかった。いや、ただベンチがあった。だがそれは前にあったものと同じだった。私たちは、いかなる変化も見つけることはできなかった。

人々は「ホームの地下に最新式の電線が敷設されたのだ」とか「いや、大々的な改修の調査が終わったにすぎない。工事はこれからだ」とか「ベンチの座り心地が違うぞ!」などと口々に主張しあった。

私には事の真相はわからない。あれから何年も経ったが、私たちのホームも駅もそのままだ。

ただ以前に比べて人々はホーム上では行儀良くなった。唾を吐く人も、ガムを捨てる人も、人を押し除ける人もいなくなった。駅員に失礼な態度を取る人もいなくなった。

白くて長い仮囲いはもうごめんだ、とみんなそればかり考えている。

苦い文学

いつかまたきた道

ロシアがウクライナに侵攻する。ウクライナ、NATO とアメリカの軍事支援を受けて抗戦する。ロシア、後退する。戦線膠着する。

北朝鮮、日本の EEZ 外にミサイル発射。

NATO とアメリカ、更なる軍事支援を行う。ドイツが軍事支援に踏み切る。ウクライナ軍、攻勢強める。ロシアがウクライナ占領地域で核を使う。

NATO とアメリカ、公式に参戦する。ウクライナでの戦争激化。

北朝鮮、日本の EEZ 外にミサイル発射。

ロシアと中国が軍事同盟を結ぶ。中国、台湾侵攻開始(台中戦争)。アメリカ・日本・韓国、台湾を支援。アメリカ、自軍の派遣を決定。米中戦争の勃発。世界戦争に発展。

日本、軍事化を進める。新憲法の成立。徴兵制の再開。米中戦争に派兵し、日本参戦。これを受けて、ロシア、北海道に侵攻。中国、沖縄占領。

北朝鮮、日本の EEZ 外にミサイル発射。

日本国内での戦争激化するも、ロシアによる核使用で終結。米軍の撤退。日本占領。ロシア・中国を後ろ盾とする傀儡政権が日本で成立。

そのころ、ヨーロッパ戦線では、NATO・米軍がロシア軍に勝利する。ウクライナ解放。休む間もなくロシアに侵攻。モスクワを占領し、プーチン政権崩壊。民主ロシア誕生。

ロシアの資源とエネルギー問題をめぐり、EU で対立。ドイツ国内で反発高まる。

北朝鮮、日本の EEZ 外にミサイル発射。

米軍、中国への攻撃強める。台湾から中国軍撤退。共産党政権が崩壊し、民主政権樹立される。

日本主権回復。軍事化進む。反米・反中・極右政権の成立。国連から脱退。韓国・中国の「反日分子」殲滅を目的に出兵。

ドイツ、EU および NATO から離脱を宣言し、ポーランドに侵攻する。イタリアで極右政権成立。

ドイツ、日本、イタリアの日独伊三国同盟締結。枢軸国の成立。

日本、真珠湾奇襲攻撃。日米開戦。枢軸国と連合国とによる世界大戦始まる。

北朝鮮、永世中立を宣言。

苦い文学

オエーッ

最近めっきりオエーッとしている人を見なくなった。

昔は、男性どうしがキスしたり、女性が無理してオシャレをしたり、品を作ったりすると、オエーッとする人(決まって男だ)がどこからともなくあらわれたものだった。

そして、このオエーッに周りの人々は笑い、喝采を浴びせるのだった。オエーッとする男たちはこれがうれしいらしく、ますます得意になって、さらに大胆なオエーッをやる。口を開け、舌を震わせ、喉の奥から絞り出すのだ。目なんかもう涙目だ。

この男たちがどこからやってくるのか、そしてどうしてお決まりの状況でオエーッとやらかすのか、私にはわからない。芸人のようでもあり、宗教家のようでもある。

だが、今、彼らを見ることはない。時代の流れについていけず、とっくに絶滅してしまったのだ、という人々もいる。かつて彼らに喝采を送っていたのを忘れたかのような冷たい言葉だ。

いや、そうではない、という人々もいる。日本の片隅でひっそりと生き延びているのだ、と。まるでニホンオオカミかなにかのようだ。

これらの人々は、貴重なオエーッを次世代の子どもたちに残したいと、日本中をくまなく探し歩いている。

苦い文学

しらなみ演劇賞

しらなみ演劇賞は、現代日本の演劇文化発展に寄与することを目的として、今年から創設されました。

1 月から 12 月まで、国内および海外を股にかけて上演された演劇が審査の対象となります。

国内外の演劇関係者 100 人がテレグラムを通じて投票を行い、最優秀劇団賞、作品賞、俳優賞、演出家賞、ニューフェイス賞、功労賞の 6 部門の選考がなされました。

記念すべき第一回の受賞者は以下のとおりです。

【最優秀劇団賞:劇団ゼニカネモギトリーナ】
息子役、妻役、浮気相手役、会社上司役、弁護士役、警察役、銀行役、政治家役、プーチン役、火星人役による洗練されたチームワーク、テンポよい演出、傑出した荒稼ぎ力に対して。

【作品賞:国際ロマンス詐欺公演(配信)「アメリカン軍医」】
およそありえないような荒唐無稽な胸キュン設定を、巧みな筋書き、演技によってまんまと信じ込ませたその構想力に対して。

【俳優賞:滝沢亮八】
高額医療費還付金詐欺公演「絆(ATM)ある限り」の電話オペレーター役で見せたさわやかな弁舌と説得力ある演技に対して。

【演出家賞:巻川からし】
恫喝、脅迫、パワハラ、セクハラ、暴行なんでもありの人を人とも思わない演出手法に対して。

【ニューフェイス賞:未成年(受け子)】
「岸和田オレオレ少年団」における会社員役としてもみずみずしい演技に対して。

【功労賞:麻田芥子】
長年にわたる新人受け子リクルートおよび育成事業に対して。

【功労賞:脇田しぼみ】
シルレルの戯曲(「群盗」「強盗」「下着ドロ」など)の訳業に対して。

授賞式では、警察官立ち会いのもと副賞と賞金の贈呈が行われ、一網打尽となりました。

苦い文学

タイパ

コスパ(コスト・パフォーマンス)とは、使った費用に対して得られた満足度・効果の割合であり、「コスパがよい」とは、安くて効果大ということだ。

ここから派生して、タイパ(タイム・パフォーマンス)ということも言われるようになった。コスパになぞらえて言えば、短い時間で高い満足度を得た場合、「タイパがよい」ということになる。

タイパの追求は若い人たちの間でとりわけ広がっており、「タイパの悪い」ものは次々にカットされたり早送りされているという。

こうした傾向に批判的な向きもあるが、それはともかく、タイパ追求が少子化や若者人口の減少に関係しているのはいうまでもない。

なぜなら、満足度の点から考えるならば、人生ほどタイパの悪いものはないからだ。若者が生まれたがらなかったり、「早送りする不孝をお許し云々」とやるのも無理ないことと考える。それゆえ、少子化や早送りの対策としては、満足度重視のライフプランの提案が欠かせないと思う。戦争とか貧困とか絶望とかもってのほかだ。

さて、最近では、タイパのみならず、時空パフォーマンスについても議論されるようになった。

時空の観点から見れば、宇宙ほどスカスカでジクパの悪いものはないので、ちゃっちゃと早送りしたほうがいいというのが、物理学者の見解だ。

苦い文学

異次元の少子化対策

現代日本の問題は、少子高齢化とそれにともなう労働力の減少である。

労働力に関しては、我が国では移民でカバーする政策が取られている(もっとも日本に移民はいないことになっているが)。新型コロナの水際対策が緩和されたことも相まって、外国人労働者は約 182 万人に達し、2007 以降最大となった。

国外から労働者を連れてくることには、批判も根強い。人権侵害、不当な労働環境、外国人差別などがしばしば報じられている。

また、外国人の急増は、日本の社会にも変化を引き起こさずにはいない。その反動としてゼノフォビアが高まり、ヘイトクライムも発生する。

しかしながら、現在の日本にとって外国人労働力は不可欠なものであるから、さまざまな社会的な問題も、粘り強い取り組みがあれば、いずれは解消されていくであろう。

いっぽう、問題の根本たる少子化問題についてだが、日本政府はこれについて「異次元の少子化対策」を先日発表した。

異次元から子どもを連れてくるとはどういうことだろうか。外国から労働者というのとはわけが違うのだ。

異次元にルーツを持つ子どもたちが我が国にどんな禍々しい災厄をもたらすか、そんなことも考えたことがないのだろうか。

あまりに政治家が使いすぎるので、日本人は「異次元」に麻痺してしまっているのではないか。それは良いものなどではない。ただただ冷たく邪悪なものなのだ。

岸田首相には、ぜひラヴクラフトの「異次元の色彩」を熟読した上で、この恐るべきクトゥルー的少子化対策をすみやかに撤回していただきたい。

苦い文学

人生を変える4つの魔法

たちまち重版『人生を変える4つの魔法』

あなたの人生がどん底のとき、必要なのは4つの魔法!

「どんなにくだらない人生でも価値ある人生に変える魔法、あります」(著者)

《今話題の「4つの魔法」!》
1つ目の魔法:ひっくりがえし(価値の逆転)
2つ目の魔法:どっちもどっち(視点ずらし)
3つ目の魔法:陰謀論(卑怯な否認)
4つ目の魔法:ぴったりな靴(卑屈な是認)

たとえば、あなたの負け犬人生も、魔法を使えばこんなに素敵に!

「ひっくりがえし」の魔法:負けのほうが実は価値があるのだ。だから私の勝ちだ!

「視点ずらし」の魔法:たかがゲーム、勝とうと負けようとおんなじだ。私が勝ったと言ってもいいくらいだ!

「陰謀論」の魔法:あいつらは不正をして勝ったのだ! 本当は私が勝ったのだ!

「ぴったりな靴」の魔法:俺には負けがお似合いなのさ……似合うものを見つけたから勝ちだ!

《読者さまの声をご紹介!》
「読む前から、生きる勇気が湧きました」(大阪、会社員・女性・30代)

「3つ目の魔法を活用して再度当選を目指します!」(アメリカ、前大統領・男性、70代)

「2つ目の魔法でわかったのは、お金も糞もどちらも原子でできているということ。お金持ちになるのがこんなに簡単だなんて!」(東京、学生・男性、20代)

苦い文学

5 類に移る

政府が、新型コロナウイルスを現在の「新型インフルエンザ等感染症」から季節性インフルエンザと同等の「5 類」に移すことを決めた。

移動予定日は、ゴールデンウィーク明けの 5 月 8 日となった。3 月、4 月の引越しピークを避けた格好だ。

引越し先の「5 類」は、季節性インフルエンザ、破傷風、麻疹、風疹、梅毒、百日咳、アメーバ赤痢などの、危険性がもっとも低いとされる感染症がひしめき合って暮らす集合住宅だ。

これまで暮らしてきた「新型インフルエンザ等感染症」の広々とした一戸建てに比べるといかにも格下げの感は否めない。

当初は「1 類」「2 類」のタワマンへの引っ越しも検討されたが、投機目的で外国由来の感染症が買い占めてしまい、ほぼほぼ満室の状態だという。

さて、引越し先が手狭になるとあって、持っていける荷物・家具類も限られているようだ。

一部の公費負担を除けば、全数把握、入院勧告、外出自粛要請、我慢の思い出などは入る余地がなく、粗大ゴミとして廃棄されるという。

大量にあるマスクのコレクションも泣く泣く手放すことになりそうだとか。

苦い文学

マスクのない世界へ

「コロナ禍も終わりに近づき、マスクを外す動きが広まりつつありますね」と彼は言った。

「ええ、なんだか安心しますね。長いマスク生活で、もっとも影響を受けたのは子どもたちでしたから」と私が返すと、彼は角度の違う見解を述べた。

「いえ、私はむしろ心配です。子どもたちはマスク付きのコミュニケーションが普通になってしまってますから。どうやってマスクなしのコミュニケーションに子どもたちを移行させるか、これは思ったほど簡単ではないですよ」

「なるほど。確かに問題ですね」

「マスクなしでのコミュニケーション訓練が必要です。私たちコロナ以前の時代を知るものにとってはたいしたことのないように思えますが、そうではないのです。マスクなしのコミュニケーションには、しばしばハプニングが起きますよね。ところが、子どもたちにはマスクなしのコミュニケーションの免疫がない状態です。そうした子どもたちにこのハプニングをうまく切り抜けることができるでしょうか」

「いえ、難しいと思います」

「その通りです。子どもたちはこれに失敗する可能性が高いのです。その結果、子どもたちはコミュニケーションに苦手意識を持つようになり、それとともに自信を失っていきます。これではいけません、そんなわけで、私は子どもたちに対して、マスクなしコミュニケーション時につきもののハプニングをわざと起こすようにしているのです。そうすれば、子どもたちには免疫ができ、いざという時にうまく切り抜けられるかもしれせん」

「それはいったいどういうハプニングなのですか?」

私の言葉を聞くと、彼はマスクを外した。

鼻から鼻毛の束が飛び出ていた。

その鼻毛の太さに私がたじろぐと、彼はにっと歯を見せて笑った。

その歯には青のりがびっしり貼りついていた。

苦い文学

平和構築

ロック音楽のファンたちが先日、東京、渋谷の日本ロック会館に集まり、ロックと平和を考える講演会を開催しました。

講演会のテーマは「ロックに平和は創れるか」。ロック・ミュージックが現在まで平和のために果たしてきた役割を振り返り、これからの平和づくりに生かすのが目的です。

「ウッドストック、バングラデシュ・コンサート、ベッド・イン、バンドエイドなど、ロックの歴史は平和の歴史といえます」と、主催者のひとり、伊藤渋作さんは語ります。

講演会では、紛争地域の平和構築に取り組んできた専門家が壇上に登り、アフガニスタンやエチオピアでの平和構築の現状と課題を 400 人のロック・ファンを前に語りました。これからの平和構築活動において、ロック音楽の果たすべき役割は大きい、と強調します。

講演後の質疑応答では「ノエルとリアムを仲直りさせるのにどうしたらよいか」や、「山下達郎がサブスクに対して抱いている一方的な敵意を和らげるにはどうしたらよいか」などの質問が活発に出されました。