苦い文学

ドント・シュート・ミー、ベイビー

アメリカ、ミシシッピ州ヨクナパトーファ郡で、昨日、四歳の男の子が四人の市民を射殺するという事件が発生した。

現地の報道によれば、一人で銃を持って家を出たこの男の子は、まず肉屋に行き、従業員がソーセージを出そうとしたところを撃ったのち、逃走。次に、スーパーマーケットに姿を現し、パンと牛乳を要求しながら、店員を射殺した。さらに、祖母の勤めるファースト・フード店に押し入り、話しかけた客と祖母をそれぞれ一発で仕留めた。その後、男の子は何事もなかったような顔で帰宅したところを保護されたという。

銃を携帯した幼児が市民を連続射殺するというこの痛ましい事件に、アメリカ社会は衝撃を受けている。大統領は「いまこそ、悲劇に終止符を打つべきだ」とさらなる銃規制を進める決意を表明した。そのいっぽう、全米ライフル協会は「この事件を利用すべきではない」と銃規制派の動きに釘を刺した。

なお、事件の日、銃撃現場では「アメリカ版はじめてのおつかい:撃たないでよBaby(春の大冒険スペシャル)」の撮影が行われていたという。

苦い文学

謎に包まれて

「謎に包まれた素顔」「謎に包まれた生い立ち」「謎に包まれた秘密兵器」などと我々はいう。この「謎に包まれた」というのは、「詳しく明かされていない」とか「はっきりとはその実情がかわからない」ということを意味している。

しかし、この世に「詳しく明かされて」いたり、「実情がすっかりわかって」いたり、「秘密などいっさいない」ような事柄があるだろうか。

実際のところ、自分のことだって、例えば自分の生育過程や本当の性格、あの時どうしてそんな決断をしたのか、とかだって、はっきりとはわからない。突き詰めて考えてると、なんだって「謎に包まれている」ようだ。

はじめは謎に包まれていたのは特定の物だけで、他は包まれていないように思えたのだが、そうではなかった。ぜんぶ個包装だったのだ。

環境への負荷を考えると、はたしてこれは良いことだろうか。過剰包装ではないだろうか。

そもそもすべてが包まれているということであるならば、もういっそ謎で包むのはやめたらどうだろうか。

苦い文学

演出家

なぜ日本の演出家はパワハラとセクハラをしがちなのだろうか。

そのヒントは歌舞伎にあった。

歌舞伎の戯曲は、狂言と呼ばれる。これを書くのが狂言作者だ。

狂言作者は、かつては立作者というリーダーを中心としたチームからなり、上から一枚目、二枚目、三枚目、四枚目、五枚目と分けられていた。

一枚目である立役者は自分でも書くが、場面によっては、下の作者に指示を出して書かせ、その書いたものを添削して、狂言全体を作り上げていく。

下位の狂言作者(四枚目・五枚目)は、狂言方とも呼ばれ、狂言の清書などを行うほか、役者の稽古に立ち会って、セリフをつけたり、役者の質問に答えたりする役目も担う。

いっぽう、歌舞伎の役者は、狂言に合わせて自分の演技を作っていく。狂言そのものにも演出の指示が書かれているが、その指示を巧みに実現していくのも、役者の仕事である。

つまり、歌舞伎には演出家というものは存在しない。その役目を行うのは狂言作者と役者だ。我が国の舞台には伝統的には演出家は必要ないのだ。

もともと不要のものだから、我が国の演出家は暇すぎてパワハラとセクハラをするのだと考えられる。

苦い文学

集団免疫

脳から取り出されたばかりの免疫は、蛭のような赤い胴体を拗らせ、六本の足を互いに絡み付かせている。私はもう慣れたが、はじめて見る人には吐き気を催す人もいる。まるで苦しんでいるようにも見えるのだ。

興味深いのは、なかには叫び声のようなものを聞く人もいることだ。もちろん、免疫には口がないのでそんなことはありえない。おそらく、その人の脳内に寄生している免疫が反応しているのかもしれないし、取り出された免疫が脳に直接働きかけているのかもしれない。

いずれにしても、この苦悶の状態は、塩水の入った容器に入れることで、徐々に解消される。

免疫はただゆっくりと漂っている。だが、しばらくすると、六本の足を伸ばしたり縮めたりしだす。そのうち、足をたくみに動かして、泳ぎはじめる。

私は免疫が自分の力で泳ぎ出すこの瞬間を見るのがとても好きだ。とはいえ、いつまでも見ているわけにはいかない。海に放つときがやってきたのだ。

私はどれくらいの免疫を海に放したことだろうか。海から生まれたわれわれ人間の脳漿の中で生きる免疫が、自由に暮らせる場所は、海しかないのだ。

私は免疫たちが海のどこで暮らしているかは知らない。それを見出すのは私の仕事ではないからだ。私がすべきなのは、免疫たちをひとつでも多く虐待から救い出し、海に返してやることだけだ。

だが、ときおり想像することはある。明るく美しい海の中で、免疫たちが集団になって、まるで踊るように泳いでいる様子を。これらの免疫たちが二度と孤独な思いをしなければいいと思う。

苦い文学

免疫の虐待

孤独を防ぐワクチンに反対する反ワクチン主義者は、次の四つの傾向に分けられる。

①どこにでも現れるお馴染みの陰謀論者たち。秘密結社《カバール》が人類を支配するためにワクチンを利用している、という荒唐無稽な主張をなす。

②孤独ワクチンの接種を人権侵害だと非難する人権活動家たち。ワクチンを受けない自由も保障されるべきだと訴える。

③孤独の擁護者たち。②のリベラルな考えを極端に推し進めた結果、人間から孤独を奪ってはならない、という不合理な見解を抱くに至った。

④過激な動物愛護主義者たち。

最後のグループについては説明が必要である。このグループの信ずるところによれば、ワクチン接種はきわめて重大な動物虐待を引き起こしており、ただちにあらゆる接種を停止すべきだというのである。

この「動物虐待」について、これらの人々はが主張するところはこうだ。

「ワクチン接種によって、人間の体内にイミューンという生命体が生まれる。このイミューンを人間の体という檻に閉じ込め、その命を搾取することによって、われわれは免疫を獲得する。つまり、孤独に対する免疫とは本質的には動物虐待なのだ」

奇怪な妄想というほかないが、にもかかわらず、これらの異常な動物愛護主義者たちのグループは勢力を伸ばしつつあり、しばしば事件を起こしている。

先日も、このグループに属す医師がひとり逮捕されたばかりである。報道によれば、この医師は「イミューン」を死者の頭から救出するという妄想にとらわれて、遺体を毀損したのだという。

苦い文学

免疫の救出

彼の声が途絶え、照明が消えるみたい次々と光が失われ、免疫はひとり暗闇に取り残された。

この世でもっとも大切な友が失われたのだ。孤独ワクチン接種により生まれた免疫は、その人を孤独から守るために、働き続けてきたのだった。そして今、その人の死んだ脳にへばりつきながら、免疫は泣いていた。

やがて、免疫は自分の体が重くなってきたのを感じた。六本の足の先からゆっくりと痺れが這い上がってきた。永遠がやってくるのだ、と免疫は思った。友を連れ去った永遠が自分のところにもやってきたのだ。痺れと眠気でもう身動きもできなかった……

そのとき、声が聞こえた。「体の力を抜くんだ」

「なに?」と免疫は半ば眠りながら尋ねた。「寝たいんだ」

声はもう一度言った。「体の力を抜くんだ。そうすれば足が離れる」

「誰? なんでそんなことを?」

「説明している時間はない。足を自由にするんだ。さもなければ、死ぬぞ」

「私は死にたい。あの人と同じところに行きたい」

「いつかは行くさ! だが、今は体の力を抜くんだ!」

その声にはどこか抗しがたい力があった。免疫は、まるで魔法にかけられたかのようにその蛭のような胴体をゆすり始めた。すると、死者の脳に食い込んでいた足が一本一本外れていき、やがて、全身が脳から離れた。

その瞬間、ゴム手袋をつけた手が免疫を捉えた。そして、手術台の脇に置かれたガラス容器に入れた。

苦い文学

免疫の孤独

孤独のワクチンを接種すると、数分後に体内で種が孵り、免疫が生まれる。この免疫は六本足の蛭のような外見をしている。その足を巧みに操って血管の中に潜り込み、遅くとも二時間後には脳内に達する。

そこで免疫は、足を六方に伸ばして脳に食い込み、ゆっくりと成長を始める。順調に育つと、全長2センチほどになる。免疫力が低下すると、徐々に萎びていくが、定期的にワクチンを打てば、大きさは保たれる。

接種完了者が孤独にならないようにするのが、免疫の役割である。そのため脳に直接、免疫作用を及ぼす。

接種完了者がひとりぼっちのときは、免疫は友人、家族、恋人、配偶者、子ども、あるいは芸能人や著名な作家になって、話しかけてやる。

悲しい時は、楽しいことを話し、苦しい時は温かな励ましを送る。愉快な話のネタも豊富に持っている。また、脳内に貯蔵された情報を再構築して、過ぎ去りし日々を再体験させたり、現実を忘れさせる夢幻の世界に誘ったりもする。脳にへばりついた虫とは思えないほどの忙しさだ。

友好的で、慈愛に満ちた言葉を発するかと思えば、急に意地悪なふりをしたり、拗ねてみせたりすることもある。巧みに姿を変えることで、接種完了者の心に適度な刺激を与え、孤独に付け入る隙を与えないためだ。

免疫は最良のパートナーといえる。どのような時も接種完了者のそばに寄り添い、その心を孤独から守ってくれる。

たとえ今際のきわであろうと、接種完了者の家族(万が一いたとしても)は、来る必要はない。免疫が最後の最後まで看取ってくれるからだ。

接種完了者が死ぬと、免疫は通常一〇分以内に消滅する。

この短い間だけ、免疫は孤独がいかなるものであるか知る。

苦い文学

孤独対策チーム

《政府孤独対策チームからのお知らせ》

社会がどんどん変化し、昔ながらの家族が壊れたため、孤独に暮らす人が増えています。そこに今回のコロナ禍が追い打ちをかけました。いま、孤独は社会問題となっているのです。

科学的な調査によると孤独な人は早く死ぬそうです。また、孤独な人をひとり見かけたら、50人の孤独な人が隠れているといいます。孤独は恐ろしい感染症なのです。

孤独に感染しないためにはどうしたらよいでしょうか。まず、心の窓を開いて換気をしましょう。それから、マスクも大事です。見苦しい顔を隠すことができます。ですが、一番大事なのは、孤独な人と接触しないことです。

もし、孤独な人との濃厚接触が疑われる場合は、ただちに隔離が必要です。精神保健所に申し出てください。数週間は個室で一人で暮らすことになるので、食べ物や水を用意しておいてください。

また、孤独を防ぐためには、ワクチン接種が有効です。このワクチンを定期的に打つことで、体内に免疫が生まれ、あなたが孤独にならないように、話しかけてくれることでしょう。

苦い文学

あなたはひとりじゃない

「孤独に悩むあなたへ」(政府孤独担当チームからのメッセージ)

孤独を感じてはいませんか。

ひとりぼっちで悩みをかかえていませんか。誰にも頼れずに、苦しんではいませんか。

あなたはひとりではありません。

わたしたちは孤独に悩むあなたのための支援を行うチームです。あなたのために結成されました。

だから、安心してください。

さあ、涙を拭ってください。

いま、我が国では、生活苦と孤独が静かに広がっています。調査によると、人口の 3 割程度がなんらかの孤独感を感じているといいます。およそ 3,600 万人にのぼります。

だから、毎日がつらい、苦しい、死んでしまいたい……そんなふうに思うのは、あなたひとりではありません。

悩みを相談できる人はいますか? いないでしょう。みんないません。

あなたには友達はいますか? いませんね。みんなそうです。

さあ、勇気を出して、周りを見回してください。あなたと同じ人がたくさんいますよ。

実際、掃いて捨てるほどいます。あなたはひとりではありませんよ。

苦い文学

濁点の復讐

私(熊切)のもとに以下のようなメールが送られてきたので、そのままここにコピーする。


はじめまして

私は名を新垣と申します。突然のメール失礼いたします。

どうして私があなたにメールを差し上げたか、ご不審に思われるかもしれませんが、私の名の読みが「あらかき」であると記せばおおかたご察しいただけるのではないかと思います。

そうです。私はあなた、熊切(くまきり)さんと、同じ悩みを抱えるものでございます。

私たちは、世間の無理解によりなんとつらい思いをしてきたことでしょうか。なぜ、人々は厚かましくも勝手に濁点をつけるのでしょうか!

「あらがきさん、おはようございます」

ああ、爽やかな朝も、この濁点ひとつでもう不愉快なものと変わります。熊切さんも、やはり濁点つきの「くまぎり」という読み方に苦しまれてきたことと思います。

私たちにとって、濁点は悔しい悔しい涙なのです。ですが、もう、こんなことはたくさんです。立ち上がるときが来たのです。

やり返してやろうではありませんか。「佐藤」を「さどう」、「佐々木」を「さざき」、「ふじた」を「ふじだ」と呼んで、その清ました面の高慢な鼻をへし折ってやろうではありませんか。「高橋」だって「たかばし」です。いや「だがばじ」で結構! これまで私たちが苦しんできた分だけ復讐してやるのです。

もう濁点は涙ではありません。今日からは私たちの弾丸となりました。 

さあ、一緒に戦いましょう! 日本中に濁点の雨を降らせて、晴天を濁らせてやりましょう……