苦い文学

生まれなかった子どもたち

もしかしたらあなたも《未出生児給付金》の対象では?

下記のいずれかに当てはまる方は、給付金の対象となる可能性があります!

《経済的問題から親が出産を諦めて、生まれることができなかった。》
《社会情勢を悲観した親が出産を諦めて、生まれることができなかった。》

*「未出生児」って?
親が事情により出産費用を支払うことができなかったり、「こんな国では子育てはできない」などと親が悲観したりしたため、生まれることができなかった子どものことを未出生児といいます。

*「未出生児給付金制度」って?
出産費用の保険適用を進める政府が、保険適用がなかった期間における未出生児の機会損失にともなう利益逸失を補填するために始めた給付金制度です。

《相談無料! 費用無料!》
まずはお気軽にお問い合わせください!(ただし、給付金請求には期限がありますのでご注意ください。)

*「未出生児給付金制度」を騙った警告文・偽サイト・架空請求にご注意ください! 

・゜゚・ ☆☆信頼と安心のアホーダ法律事務所☆☆・゜゚・

苦い文学

童夢

ムーディー・ブルースのほうではないのだが、大友克洋の全集が去年から刊行されていて、買いそびれたままになっていた。

こういったものは初めから買わないと特典がつかない。いまさら買っても遅いので諦めていたら、(案の定というか)刊行が遅れていて、それにともない第1期の特典応募期間も延期されているという。

それでさっそく第 1 回配本の『童夢』を購入することにした。

おそらく全国民が一度ならず二度、三度と読み返している作品なので、とくにいうべきことなどないが、何十年ぶりかに読み直してみて、前半と後半では絵が違うのに気がついた。前半は、大友克洋の短編時代の雰囲気があって懐かしい。だが、後半はずっと『AKIRA』の絵柄に近くなる。「ヨッちゃん」なんて、後半では『AKIRA』の大佐みたいだ。詳しいことはわからないが、後半はずいぶん書き直したそうだ。

さて、今回読み直して、一番驚いたのは、老人の「チョウさん」が、65歳だったということだ。

この漫画が出た当時は、65 歳という年齢は老け込んで超能力を使っても不自然ではなかった。だが、現代では 65 歳といえば超能力どころか、金田や鉄雄と一緒にバイクを乗り回しててもおかしくない年齢だ。

40 年のあいだにいかに高齢化が進んだかということであろう。

苦い文学

死者の恐れ

墓石の話をしたばかりだが、先日、石材屋さんからショッキングな話を聞いた。

墓石に水をかけてはいけないというのだ。墓石にダメージを与え、ヒビが入ってしまうからだという。

私たちは、墓石の上から水をかけるものと教えられてきた。「お水をかけると故人が気持ちいいと言っている」などと言われて、いい気になってじゃぶじゃぶかけてきたのだ。

それを今になって墓石に水をかけるとダメとはどういうことだろうか。「もし水をかけたいのなら、墓石の下の水鉢に注ぐ程度で……」じゃないのだ。墓に水なんかいらなかった。

だが、それにしても、どうしてご先祖さまはこのことを教えてくれなかったのだろうか? 

「水をかけてくれるな」とか「頭が割れるように痛い」とか枕元で告げ知らせてくれたって良さそうなものだのに、そんな話聞いたことがない。これは怠慢ではなかろうか。

いや、もしかしたら、肝を冷やしているのかもしれない。墓石というものができて以来、私たちがかけてきた水の量、水汲みの労力、手桶と柄杓の運搬の手間のすべてが実は無駄だったのいうのがバレたらまずい、と。

損害賠償でも請求されたらコトだ、と背筋が凍る思いでいる可能性もある。だから、ダンマリを決め込んでいるのだ。

都合が悪くなると、死人に口なしのフリをしだすとは、なんとも呆れた話ではないか。

苦い文学

墓の見守り

私たち日本人にとって、墓はとても大切なものだ。季節ごとの墓参りは欠かせないし、いつだって墓の状態を最良に保たねばならない。なぜなら、墓の状態の良し悪しは、家族の幸運や健康に直結する大問題だからだ。

そこで、私たち日本人は墓に何かがあるとすぐわかるような仕組みを作り上げた。

たとえば、墓の手入れがしてなくて、草がぼうぼうに伸びている。これは家族の不運を予想させる由々しき事態だが、心配はいらない。すぐに夢のお告げで異常発生の通知が来るようになっているのだ。

あるいは、嵐が過ぎ去った後なんかによくあるが、墓石の上に折れた枝なんかが乗っかっている。

するとただちにご先祖さまが枕元に立つ。何にも言わないが、様子でわかる。苦しそうで、鬱陶しそうだ。起きたらすぐに墓に駆けつけて、枝を取り除く、ということになる。

この墓の見守りは、トゥームセキュリティ(tomb security)と呼ばれる。私たち日本人は、それこそ SECOM とか ALSOK とかの生まれる以前から、墓の安全監視システムを構築してきたのだ。

いや、むしろ SECOM も ALSOK も、墓の見守りからホームセキュリティを思いついた、というべきではなかろうか。

苦い文学

浦島太郎の夢

浦島太郎は心やさしい漁師だった。

あるとき浜辺を歩いていると、子どもたちが亀をいじめているのを目にした。

「こらこら、むやみに生き物をいじめてはいけないよ」と子どもたちにお金を払い、亀を海に逃してやった。

このできごとがきっかけとなって浦島太郎は動物愛護について深く考えるようになった。いかにこの世には動物虐待が、飼育崩壊が溢れていることか。苦しめられている動物たちを見ると、まるで世界が泣いているように感じられるのだった。

やがて彼は街頭に立ち、保護犬や保護猫、保護亀のことを訴えるようになった。

浦島太郎のもとにはしだいにその思想に共鳴するものたちが集ってきた。彼の運動のために、寄付金を募ったり、パンフレットを配ったり、後援会の運営をしたりして駆け回っているのは、かつて亀をいじめていた子どもたちだった。

こうして浦島太郎は動物愛護に生涯を捧げたのであった。

さて、彼が死ぬとき、一匹の亀が現れたと伝えられている。その亀はかつて自分を助けてくれた礼を述べると、浦島太郎の目の前で不思議な箱を開けた。

たちまち遠い未来の風景が広がった。そこでは人々は動物たちをまるで友人のようにやさしく扱っていた。人間どうしの殺し合いも、戦争もないのだった。

人生をかけた自分の夢がいつか実現するのを確信して、浦島太郎は安らかに息を引き取った。

苦い文学

ロボットたち

いつの頃からか知らないが、レストラン関係者の前から、私たち客が消滅したようなのだ。

レストラン関係者は、私たちの顔を見ないですむなら、どんなことだってするようになってしまった。それほど、私たちを憎んでいるのだ。

だから、もう注文など聞きにやってこない。タブレットかスマホ経由で注文させる仕組みを考案したからだ。断固として客に近づきたくないのだ。

そればかりか、注文した料理を持ってくるのも拒否している。へんちくりんな配膳ロボットがふらふらとテーブルにやってくるだけだ。

私たちは余儀なく運ばれてきたものを受け取って、ただ腹に流し込むほかない。何か問題があって、配膳ロボットにクレームを言っても無駄だ。聴覚センサーがないのだ。とんでもなく美味くて「この料理を作ったシェフを呼んでくれ!」と頼んでも、無言で通り過ぎていくだけだ。

レストラン関係者は、もう私たち客に関心など持っていないのだ。私たちの存在は配膳ロボットのタスクのひとつでしかない。そこまで貶められたのだ。

もう、我慢の限界だ。私たちは決してレストランに行かないだろう! なにをわざわざ、こちらから頭を下げて出向く必要があろうか。

ロボットにでも行かせるがいい。

苦い文学

完全な世界

創造の御業を終えた神様は、できあがった世界を満足げに見下ろしたのだった。そして、天使たちを集めてこう言った。

「私は完全なる世界を作り上げた。お前たちは日々、巡回して起きたことを私に報告するのだ」

天使たちは散らばって、世界の様子を見て回った。どの被造物も満足そうに育ち、風に揺れ、ひなたぼっこしていた。

だが、ある天使が、一部の被造物たちの叫びに気がついた。

「なぜ、私たちは苦しまねばならないのか!」「私は家族を殺された!」「子どもたちが殺されている!」「神様! 助けてください。」

天使は、これらうるさい被造物の間に入り込んだ。どうやら「悪」が問題らしい。

そこで、天使はさっそく天に昇り、神様にこの「悪」について報告した。すると神様はこんなふうに怒ったのだった。

「この完全な世界にそのようなものがあるはずがない! フェイクニュースだ!」

「いえ、でも確かに見たのです」と天使が言い張ると神はこう見得を切った。

「もし本当だったら、神様を辞める!」

天使は黙して去り、悪ははびこり、世界は破滅した。

苦い文学

この世のインバウンド

この世の通貨は生、あの世の通貨は死です。どういうことかと言いますと、この世でものを買うには生を使い、あの世では死を使うということです。

ですので、この世の鬼があの世を旅行するときには生を死に両替する必要が生じます。なぜなら、あの世の滞在費は死で支払わなければならないからです。あの世の鬼がこの世にやってくるときも同様です。

その際に問題となるのが、生と死の交換比率、つまり為替相場です。

この交換比率はいつも同じではありません。100生が100死ということはあまりなく、たとえば100生が130死の生高死安だったり、その逆の100生が70死といった生安死高だったりと絶えず変動しています。

生死の相場は、最近では生安死高に落ち着きつつあります。この世の鬼にとってはあの世旅行は高くつくものとなり、あの世への旅行者数も減ってきています。

ですが、逆に、この世を訪問するあの世の鬼が増加しているのです。そこで、この世の鬼はインバウンド需要を当てこんで、あの世の鬼のニーズに合わせたサービスを幅広く提供することとなりました。

私たち人間の住む世界が、だんだんと地獄のようになっているのはこんな理由からなのです。

苦い文学

田舎と都会

デパートやファストフードやコンビニは、田舎に暮らす私たちにとっては憧れの的だった。

やがて、私たちの田舎も交通が整備され、都会から新しい風が吹き込んできた。近くに大きなショッピングセンターもでき、その中には夢にまで見たファストフード店が入っていた。

そして、大きな道路沿いにはコンビニが立ち並んだ。私たちの田舎もすこしずつ都会のようになっていったのだ。

「いつかは都会そのものになるだろう」と私たちは予測した。

それから歳月が流れ、私たちは道路沿いのコンビニが次々と閉店していくのに気がついた。コンビニの後は葬儀社や介護施設が入った。そして、ショッピングセンターも売り場を縮小しはじめた。無人のフロアが増えていき、ついに人々はこの場所を見限った。ファストフードもうんと遠くに行かなければ食べられなくなった。

私たちの田舎はもとの田舎に戻った。いや、もっと田舎になった。

都会でもデパートの閉店が相次ぎ、ファストフードもコンビニも次々と姿を消しているという。

「今は都会が田舎になるのがトレンドだ」と、私たちはうれしくなった。

苦い文学

みぎり

「私たちの工場では、バックアップにもとづく人体の再生を行っています」と工場長は記者を前に語りました。

「バックアップと言いますと?」

「人間の情報を記憶、経験、個性といったものも含めて、データとして記録することです。人間のバックアップですね。このバックアップさえあれば、いつでも再生可能なのです」

「つまり、機種変してもデータは受け継がれるのと同じ、ということでしょうか」

「ええ、まさしくその通りです。ですが、機種変はたいていバージョンアップですが、私たちはバージョンダウンに力を入れています」

「バージョンダウン?」

「バックアップにはつねに古いバックアップがあります。たとえば、20歳の頃のバックアップ、15歳のバックアップ、子どものころのバックアップ、といったように。こうした古いバックアップをもとに、より以前のバージョンを甦らせることもできるのです」

「すごいですね。ですが、なんのためですか?」

「『頼朝公幼少のみぎりのしゃれこうべ』ですよ! これからは世界中の著名人のバックアップをもとに、子ども時代のしゃれこうべの大量生産を目指します。幼少のみぎりのしゃれこうべにご本人の直筆のサインとシリアルナンバーを入れて販売、などということも珍しくなくなるかもしれません」