苦い文学

AI とインテリ

質問すればなんでも答えてくれる AI が誕生したとき、インテリたちは仰天した。

そしてすぐにこう心配した。「学生どもが AI に課題をやらせるのではないか」と。インテリたちが何が一番いやかといって、学生たちに騙されることほどいやなことはないのだ。

そこで、インテリたちはなんとかして学生たちに使わせないように働きかけた。ネットを遮断したり、持ち物検査したり、あの手この手で AI を取り上げようとした。

しかし、そのうち、インテリたちの関心は、学生が自分で書いたものと AI に書かせたものをどうやって見分けるか、という問題に移っていった。どうやら、学生たちから取り上げるのは諦めたようだ。

人が書いたものには心がこもっている、AI の書いたものは面白くない……さまざまな意見が出てきた。

しかし、そのうち、インテリたちはこう言い出した。AI を上手に使いこなすべきである、と。どうやら、インテリたちは見分けるのも諦めたようだ。

さらにこうも言った。「使いこなすのには知性が必要だ」と。要するに、AI を使っていいのはインテリだけだ、と言いたいのだ。

というのも、知性のない人たちが AI を使って、難しい文章をどんどん書きはじめたら、いちばん困るのはインテリたちだからだ。

けれど、AI もどんどん進化して、インテリでなくても使いこなせるようになってしまった。

今、インテリたちは、AI を使わないことがインテリの条件である、と主張している。

それで、いつもバカのふりをしている。

苦い文学

管理の会社

マンションには管理組合があり、マンションの維持や修繕のために活動している。

管理組合の役員になるのはマンションの住人や所有者だが、本業があるので管理組合の仕事すべてに手が回るわけではない。

そこで、管理組合に委託されて、マンション管理会社が日常的な業務を遂行することになる。

私の知人の住むマンションの管理組合が、何か問題があったかして、それまでのマンション管理会社との契約を更新せず、別のマンション管理会社と契約した。

管理会社の変更や契約には総会の決議を経ねばならず、けっこう手間がかかるが、無事に済み、新たな体制がスタートした。

これで一安心と思いきや、だんだんとおかしなことが起きはじめた。

すでに何年も活動してきた管理組合は、独自の進め方・やり方があったが、管理会社は自分たちのやり方を押し付けてくるのだ。それで「こっちのやり方を尊重してくれ」というと、何かの法律を持ち出してそれとなく脅すのだった。

たとえば、管理組合にはすでに管理組合のハンコがあったのだが、管理会社は断りなく勝手にハンコを作って、代金を請求してきた。

「すでにあるからいらない」というと、「決まりなので」とハンコを渡そうとする。

「いや、必要のないものは受け取れない」

「管理組合のハンコを管理会社が持っているのは法律違反です。受け取ってください」

こんな調子なのだ。

そして、さらに驚くべきことが明らかになった。管理会社が管理規約の条文を自分たちに都合よく書き換えていたのだ。管理規約の変更には総会の決議が必要なのはいうまでもない。

私の知人は管理組合の役員のひとりだったが、こう言って嘆いた。

「連中が管理しようとしているのは、マンションじゃなくマンション管理組合だったんだ」

苦い文学

アマビエの写し絵

アマビエでいちばん奇妙なのは、いまアマビエのことを誰も覚えていないということだ。

江戸時代末期に熊本の海上に現れたというこの謎めいた存在は、疫病の流行を予言し「自分の写し絵を人々に見せよ」と言って海中に没したのだった。

そして、コロナが拡大するなか、不安な日々を暮す私たちはこのアマビエを再発見した。たちまち日本はアマビエの画像で溢れた。イラストに、パッケージに、広報に、マークに、シンボルに、メディアに……。私たちはリツイートに次ぐリツイートだ。

これほどまでに私たちを夢中にさせたアマビエだが、その熱狂もブームも短かった。私たちを脅かしはじめた死と医療崩壊という現実は、写し絵など簡単に吹き飛ばしてしまったのだった。

あれほどあったイメージに目を向けるものはもはや誰もいなくなった。私たちはアマビエを海に放棄した。結局、タワゴトにすぎなかったのだ。

だが、それでも私たちは、ワクチン接種証明書を関係各所に提示するとき、思わずにはいられない。アマビエの言った写し絵とはこのことではないか、と。

苦い文学

電車の脆い席

優先席には対象外の人も座ることはできるが、この席を必要としている人が来たら譲らねばならない。

だが、だからといって、優先席以外の席では譲らなくていい、というわけではない。原則的にはどこの席であろうと譲るべきだとされている。

いっぽう、「どこの席でも譲るべき」という原則が通じない席もある。それは特急や新幹線の席だ。グリーン車や指定席はもちろんのこと、自由席でも誰も「困っている人に席を譲りましょう」などとアナウンスされることはない。

これはおそらく特急券の料金に「座れた場合はその席を占有できる」という権利が含まれているからだろう。それゆえ、どんなに席を必要とする人が来ても堂々と譲らずにいられる。

ここで、普通の電車に戻ると、通常の運賃には「座れた場合はその席を占有できる」という権利は含まれていないということになる。

人々はあたかも自分の席であるかのように座っているが、実際にはその席を自分の席だと主張する権利はないのだ。

だから、車掌がやってきて、乗客全員に「立て!」と命じたら、乗客たちはそれを拒否できない。優先席を除けば、電車の席ほど脆い基盤の上に設置されている座席はないのだ。

もちろん、乗客たちはそんなこと百も承知だ。しかし、たとえそうだとしても、混んでいる電車で座れずにいる乗客たちは、いつか車掌が現れて、自分のためだけに席を用意してくれるのではないかと、期待せずにはいられない。

苦い文学

ゾンビたち

彼の住む地域でゾンビが人々を襲いはじめた。

ニュースで報じられたときは、遠くの場所の話だったが、次のニュースではもっと近くなり、その次のニュースではもっともっと近くなった。そして、その次のニュースはなかった。

彼の村は山奥にあった。村人たちは、こんなところまでゾンビは来るまいとたかをくくっていた。だが、彼は自分の家に要塞のような固い防御を施した。

そして、ある朝、ゾンビの群れが山を越えて村に侵入してきた。ゾンビは村人たちに襲いかかり、次々とゾンビに変えていった。

彼は襲撃を目にすると家の中に駆け込み、中から鍵をかけた。家の外の様子をモニターで監視していると、ゾンビたちが家に続々と集まってくるのが見えた。

ソンビたちは扉をこじ開けようとした。それが無理だとわかると、壁という壁にぶつかり、破壊しようとした。そのころには、無数のゾンビが家を取り巻いていた。そして、一斉に彼の家を潰しにかかった。

凄まじい音が幾度も鳴り響き、木材が音を立てて破裂した。そして、家は崩れ去り、彼をゾンビが取り囲んだ。

「寄り添わしてください……」「絆をもっと強く……」

彼もまたゾンビとなり、人に寄り添い、人と人との絆を強めるべく人々を襲い始めた。

苦い文学

神の生成

画像や文章を生成したりする AI は、既存のイラスト・絵画や文章を学習し、新しい「作品」を作り出す。AI が学ぶこれらの素材は、すべて私たちが描いたり書いたりしたものだ。

それで、AI に勝手に自分の作品を学習に使われた、と損害賠償を求めるアーティストもいる。

この問題については私はわからないが、AI がこれからも進化し、その学習もさらに広範囲になっていくであろうことは想像に難くない。

いっぽう、私たち自身もますますコンピュータ・テクノロジーに依存していくことも疑いない。これは、つまり、私たちの存在のなんらかの痕跡がネット空間に残されるということだ。そして、テクノロジーが進化するにつれて、私たちは自分の存在の大部分をネットに保存するようになるかもしれない。

そのとき、AI は私たちの存在をも素材として学ぶだろう。それは、コンピューター上の仮想的な人格としてアウトプットされるのだ。

いつか、AI は無数の人間を素材として、完全無欠な存在を生み出すことだろう。その存在には、死せる私たちすべての経験と叡智が結集している。計り知れぬ知識と洞察力をもつ、全知全能の神がついに生成されたのだ。

課題のレポートで使用禁止なのはいうまでもない。

苦い文学

ベビーカー

ベビーカーが乗り込んでくると、決まって電車はイラつき出す。なんとかして外に吐き出そうとする。でも、それは簡単じゃない。ベビーカーには切符があるからだ。

それで、思いっきり急ブレーキをかけて、困らせようとする。けど、それもうまくいかない。ベビーカーにもしっかりブレーキが付いていて、ちょっとやそっとじゃびくともしないのだ。

そこで電車がどうするかというと、陰気な乗客たちを利用する。満員にして乗車拒否したり、乗ったら乗ったで乗客に「チッ」と舌打ちさせたり、「じゃまだ」とか怒鳴らせたり、果ては足で蹴らせたりして、あの手この手で追い出そうとするのだ。

容赦ないのだ。ベビーカーの中の子どもが電車のおもちゃを握りしめていたとしても、いっさい手加減しない。それほど憎んでいるのだ。

いったいどうして電車はベビーカーのことをこんなにきらっているのだろうか。

ぜひ仲良くしてほしいと思う。同じ乗り物なのだから。

苦い文学

塾頭からのメッセージ

諸君!

今、政治家として一歩を踏み出した君たちの目の前にある日本を見てほしい。

少子高齢化は社会を蝕み、経済的格差の拡大は人の心を荒ませている。

若者は迷惑行為で炎上し、老害が疫病のようにはびこる、そんな日本である!

『後漢書』にある「倭国大いに乱れる」さながらではないか。いや、心ある人は言うだろう。その時からわが国は乱れっぱなし、だと!

これはいったい誰の責任だろうか。言うまでもない。政治の責任である。

愚にもつかない政争、欲にまみれた派閥争い、聞くに耐えない野次合戦、無責任な水掛け論……こんなことに我が国の政治家がうつつを抜かしている間に、安定と繁栄は愛想を尽かして我が国から飛び去ってしまったのだ。

そんな政治でいいのか、私は問いたい。そうだ、諸君が目指すのはそのような政治ではない。国民すべてが力を合わす、そうした政治なのだ。

今こそ友情と慈しみの政治を始めるのだ。それこそが本当の政治だ。

それだけが国家の安定を実現する道なのだ!

我々日本人にそのようなことができるだろうか? いや、断言しよう!

できる。

縄文時代は1万3千年も続いたではないか。続いたということは安定していたということにほかならない。

そうだ、縄文の優れた先人たちに倣えば、1万3千年以上もの間、安定した国を作ることが可能なのだ!

第二の縄文時代の先駆けとなる諸君の働きを大いに期待している!

苦い文学

スイートポテト

サツマイモといえば干しいも、いもけんぴ、いもようかん、さらには大学いもにスイートポテトが定番だが、近ごろ、新しいスイーツもどんどん出てきた。

モンブランにしたり、タルトにしたり、ブリュレにしたり、ジェラートにしたりと、聞いたこともないサツマイモ・スイーツがいっぱいだ。

甘すぎないし、体にも良い、そんなイメージもあって、サツマイモがちょっとしたブームなのだ。

やがて高級店でも、サツマイモを使った高級ケーキを扱うようになった。テレビでタレントたちがおしゃれなサツマイモ・ケーキに歓声を上げ、放送を見た人々が店に詰めかけた。店の外には行列もできている。

コンビニでは、サツマイモを使ったデザートの新商品が毎週のように登場し、しかも出たとたん売り切れになった。

もう日本中がサツマイモに夢中だ。ついにさつまいもの葉やツルを使ったスイーツまで開発され、これもまた大ヒット。

そして、我が政府は、国民に十分な備えができたと判断し、戦争の準備にとりかかった。

苦い文学

昆虫食とトランプ

このまま世界人口が増加すると、深刻な食糧危機が訪れるかもしれない。そのような危機感から、食糧としての昆虫が注目を集めている。

昆虫を食べる文化は日本にもあるが、それでも多くの人々にとっては食べつけないものだ。

そのため、昆虫食に対して嫌悪を示す人もいる。そればかりでなく、「特定の勢力による昆虫食のゴリ押し」だと主張する陰謀論者まで現れている。

陰謀論はともかく、昆虫を美味しくいただけるようなレシピがどんどん開発されれば、嫌悪感もなくなるのではないかと思う。

そのレシピづくりにさいして大きな役割を果たしてくれそうなのは、トランプ前アメリカ大統領の支持者たちだ。

というのも、これらの方々は、周りから見てゲテモノとしか思えないものをじつに美味しそうに、しかも熱狂的に食べているからだ。きっとコオロギを美味しく食べる方法も知っていることだろう。

同様に日本の保守派と陰謀論者も、まともな人なら見向きもしない汚物にむしゃぶりつく習性で知られている。その高度な調理テクニックを我が国の昆虫食の発展に大いに生かしてくれることを期待したい。