苦い文学

レジ前のはずかしめ

現在、コンビニで電子マネーで支払うとき、2つの方式がある。

ひとつは支払うときに、レジについたスクリーンで支払い方を選ぶ方式だ。

スクリーンには、「現金」、「クレジットカード」、「交通系 IC カード」などのボタンが並び、そこから選ぶのだ。たとえば私はいつも Suica だから、「交通系」を押して、カードリーダーにかざす。

もうひとつの方式では、レジで店員に言わねばならない。

店員「お支払いは?」

私「Suica で」

すると、店員がレジの操作をして、カードリーダーが光る。そこに私はカードをかざすのだ。

問題は、この2つの方式が混在していて、どのコンビニではどちらを採用しているかがわからないことだ。

申告制だと気づかずに、ぼんやりレジの前で待っていることもある。

スクリーンで自分で選択する方式なのに、「Suica で」と店員に宣言してしまうのも恥ずかしい。店員に「この人はシステム音痴だ」という顔で、スクリーンの存在を教えられるのも悔しいことだ。

ここで、自分で選択する方式のレジのあるコンビニでは、店員は、客の支払い方法を選択するという業務を、客に代わりにやらせていると、考えるとしよう。

すると客も、店員の時給の一部を受け取る権利があるということになる。なのにこれが支払われたなどという話は聞いたことがない。つまり私たちは不当に搾取されているのだ。

私は資本家どもからこれら不当な利益を奪い返したい。そして、その金を、レジ前のはずかしめによって心を傷つけられた人々を癒すための基金としたい。

苦い文学

北風と太陽

ある時、北風と太陽がどちらが強いか口論をはじめた。「俺が強い」「いや俺のほうだ」 議論していても埒が開かないので、とうとう力比べで決着をつけることになった。

すると、たまたま日本人がやってくるのが見えた。北風と太陽は、どちらがこの日本人の上着を脱がせることができるか、という勝負をすることにした。

まずは、北風が名乗りをあげた。北風はビュービュー風を吹いて、日本人の上着を吹き飛ばそうとした。だが、冷たい風に当たった日本人はブルブルと震えながら、上着をギュッと押さえてしまった。

北風が失敗したさまを見て、太陽は笑いながら「私なら成功するだろう」と言って、日差しをぐんと強くした。日本人はあまりの暑さに汗をダラダラ流し始めた。そこで太陽は「あと一息だ」とさらに強力に照りつけた。

すると日本人は、上着の腰の両サイドに取り付けられた冷却ファンを回した。たちまち強力な風が上着内で循環し、こもった熱を吹き飛ばした。

日本人はエアコンさながらのひんやり感を味わいながら、涼しい顔でスタスタと歩き去っていった。

苦い文学

カツラと反戦活動

アナウンサー「ロシアがウクライナに侵攻してから、1年半が経とうとしています。あくまでも強硬な姿勢を崩さないプーチン大統領にはウクライナだけでなく、世界中の国々から非難の声が上がっています。実はその中には国内外のロシア人も多くいるんです。今回は日本に暮らすロシア人の反戦活動を取材しました。吉田六郎記者の報告です」(映像始まる)

ナレーター「ここは都内某所。カツラを箱に詰めているのはニコライ・チチコフさん。日本在住のロシア人です」

吉田記者「このカツラをどうするのですか?」

チチコフ「ロシアに送りますね」

ナレーター「チチコフさんがロシアにカツラを送り始めてもう1年が経ちます」

チチコフ「カツラはモスクワに送って、そこで仲間たちがもらって、プーチン大統領に被せます」

吉田記者「プーチン大統領に?」

チチコフ「そう。戦争を止めるために大事です。プーチン大統領は髪の毛なくなっちゃった。それで、なくなるの怖い。ウクライナもなくなりたくないから、戦争始めました。だから、カツラ被せれば、髪の毛とウクライナが戻ってきた思って、戦争やめます」

吉田記者「どうやってプーチン大統領にカツラを?」

チチコフ「それが一番大変ね。暗殺より難しい。だけど、向こうの仲間がんばってる。カツラ被せるチャンスきっと来ます。わたしたち、そのときのために活動がんばってます」(映像終わってスタジオに戻る)

アナウンサー「カツラで戦争を終わらせるとはなんとも奇抜なアイディアですね」

スタジオの吉田記者「ええ、そうなんです。この活動が実現するまで、チチコフさんは大変な苦労をされました。挫けそうになるたびに、ひいおじいさんのことを考えて自分を励ましていた、とおっしゃっていました」

アナウンサー「それはどうして?」

吉田記者「なんでも、チチコフさんのひいおじいさんは、ロシア革命時にレーニンにカツラを被せる活動をしていたそうです」

アナウンサー「チチコフさんの送ったカツラ、きっとプーチン大統領に届くでしょう。以上、吉田記者の報告でした。では、次のニュースです……」

苦い文学

120 パーセントの魔法

ペテン師になるための第一歩は「120 パーセント」の魔法を使えるようになることだ。

「120 パーセントない」「120 パーセント出しきる」「120 パーセント叶える」などなど、自在に使いこなしてこそペテンもうまくいこうものだ。

だが、120 パーセントとはなんだろうか。100 までしかないからパーセントなのだ(cent=100)。それを、20 パーセントも増量してしまう。これが魔法の魔法たるゆえんだ。

もちろん「前年比 120 パーセント」という言い方はある。だが、それはなにかとの比較があってのことだ。ペテン師が「120 パーセントない」というとき、去年に比べて今年はもっとなかった、ということを言いたいわけではない。

ペテン師が「120 パーセント」で言いたいのは、100 パーセントよりすごいということだ。20 の上乗せで粉飾してだまくらかそうとしているのだ。

だが、ペテン師が「120 パーセント」の魔法を振るう理由はそれだけではない。この言葉は、現実を覆い隠すのに都合がいいからだ。

その証拠に、ペテン師は絶対に「100 パーセントない」とは言わない。なぜなら、それだと現実的に検証可能になってしまうからだ。百分率を越えた魔法の世界に相手を連れ込めば、なんでも好きなようにできるということを、ペテン師は知っているのだ。

修行を積んで「120 パーセント」を使いこなせるようになると、ペテン師は「200 パーセント」「2000 パーセント」など、上級の魔法の習得を始める。

苦い文学

スマホと人類史

2010年代、スマートフォンの普及により、街中や駅などの施設内でスマートフォンを操作しながら歩行する人類が出現した。これらの行為は「歩きスマホ」と呼ばれた。

「歩きスマホ」は多くの事故や犯罪の原因となった。それにともない「スマホ歩かれ」による被害者も増大した。

そこで、人類は「歩きスマホ」の弊害を乗り越えるべく、「スマホ歩き」の開発を進めた。その結果、2030年代になると、人類は「スマホ歩き」を徐々に身につけるにいたった。

「スマホ歩き」により、人類の歩行能力、歩行速度、歩行領域は格段に向上した。現在では、「スマホ歩き」は、人類史上、初期人類の直立歩行に次ぐ偉大な進化だとされている。

続く 100 年の間に、スマホ歩きは改良が進められた。22世紀半ばには完成に達し、スマホ歩きはここに全盛期を迎えることとなった。偉大なる「ホモ・スマホ・アムブランス(スマホ歩きするヒト)」の時代の到来である。

この時代になると、駅では「スマホを操作せずに歩くのは大変危険です」とアナウンスされるようになった。

苦い文学

シネクドキ

シネクドキは、比喩のひとつだ。『明解言語学辞典』では、「特殊なものによって一般的なものを表す、またはその逆方向の転用」とされる。

「特殊なものによって一般的なものを表す」とは、どういうことだろうか。たとえば「お茶に行かない?」や「お茶しない?」の「お茶」がよく例に出される。

ここでいう「お茶」とは、緑茶や紅茶でもありうる。だが、通常は「お茶に行かない?」というと、「喫茶店で何か飲まない?」という意味だ。だから、実際には「お茶」にはコーヒーやココアやレモンスカッシュなども含まれうる。

つまり、「お茶」という特殊なものが「飲み物」という一般的なものを表していることになる。

その逆の「一般的なものによって特殊なものを表す」例はなにかというと、「花見」がしばしば挙げられる。

「花見に行く」といっても、見にいくのは普通はバラやチューリップではない。サクラだ。つまり、「花見に行く」の「花」という一般的な名詞は、サクラという特殊なものを表しているのだ。

では、それぞれ配偶者のいる男女が、いっしょにお茶して、花見に行った結果、不倫に発展したとしたらどうだろうか。

「不倫」とは「倫理に反すること」を意味する一般的な語にもかかわらず、常に「配偶者のいる人が、別の異性と性的関係を持つこと」という特殊な意味で用いられている。不倫もシネクドキだったのだ。

だから、この2人についていえば、不倫関係というよりも、シネクドキ関係といったほうがより適切であろう。

苦い文学

AI 時代の隠者(2)

取材も終わりこの現代の隠者の家を去るときがきた。私は帰りぎわにふと思いついて、こう言った。

「これから私は AI の世界に戻りますが、そこであなたのことを記事に書こうと思っています。もちろんネットを通じて配信する予定です」

「どうぞ」

「ですが、記事に書かれたあなたの情報のせいで、あなたが『AI の餌』になってしまうのではないでしょうか」

「ああ、その心配ならいりません」

「といいますと」

「あなたが立ち去ったのちに、何百万ものフェイクニュースが流れるからです。そのニュースはあなたに似た人物が私に似た人物を訪問した記事で、無数のバリエーションがあるのです。あなたの書いた記事はその記事に埋もれてしまうことでしょう」

「ニュースを流すとは? ここにはネットも何もないとおっしゃっていましたが?」

「ここにはありません。ですが、無数に配信される記事の中で訪問された私の小屋のひとつにはあることでしょう。そこでは強力な AI が無限ともいえる数のフェイクニュースをこしらえているはずです」

私は混乱した。すると彼は笑った。

「お気づきでしょうか。あなたもこれらのフェイクニュースの一部なのですよ。あなたも、私も、この小屋も、なにもかも、あなたのお書きになる記事も、それを読んでいる人ですらも」

私には理解できなかったが、ここにありのままを記した。

苦い文学

AI 時代の隠者(1)

AI から隠れたひとりの男がいる。

その人は、自分について電子的に記録された、あるいは記録されうるすべての事柄、つまり経歴、公的記録、写真、メッセージなどの情報が AI に学習・利用されないように消去し、そのうえで AI の手の届かない人里離れた僻地に暮らしているという。

私はサミュエル・バトラーの『エレホン』を手がかりに、その人物の居場所を突き止め、単独取材を敢行した。

木造の粗末な家にひとり住む彼は、私の来訪を快く受け入れてくれ、その暮らしぶりを包み隠さずみせてくれた。

「ここにはインターネットはもちろん電話もありませんから、もっぱらすることといえば自給自足のための農作業、そして読書ぐらいです」

「不便はない、ということでしょうか」

「いいえ、不便なことは不便です。ですが、どんなに便利であろうと、 AI の餌になることだけはごめんです」

「AI の餌?」

「AI の学習のための素材ということですよ。人生が最終的には AI に学習されるためだけだとしたら、それに何の意味があるでしょうか。私たちの生は、ネットの情報以上のなにものかでなくてはなりません」

私は彼の考えに感銘を受け、また彼が作ってくれた AI フリーの食事にも感心したのであった。

苦い文学

乗客を救え!

庶民の生活を見るために電車に乗っていた大富豪は、ある光景に目をとめた。

座席に座っている乗客が隣で居眠りしている人に寄りかかられているのだった。その人はいかにも迷惑という表情だったが、肘で突き飛ばすわけにもいかずじっと我慢していた。

この様子に心を痛めた大富豪は、財団の研究員たちに対策を練るように命じた。

研究員たちは寝ずに研究に打ち込み、数ヶ月後、大富豪のもとに2枚のシートを持ってやってきた。

「このシートを肩に貼れば、寄りかかってくる人はいなくなります」

大富豪はなんでも自分が一番でないと気が済まなかったから、誰よりも先にそのシートを試したくなった。そこで、早速両肩にシートを貼り付け、研究員たちを率いて電車に乗り込んだ。

大富豪は7人掛けのシートに腰掛け、その両脇に研究員が座った。電車が走り出し、こぎみよく揺れ出すと、徹夜続きだった研究員はたちまち居眠りを始めた。

ふたりの研究員は頭を揺らし、ゆっくりと大富豪のほうに体を傾けていった。

「もうそろそろだぞ」

向かいの座席で観察していた研究員たちが言った。

電車ががたりと揺れ、2人の研究員の頭が、大富豪の肩に倒れかかった。すると、その瞬間、研究員の2つの頭は肩から弾かれた。肩に貼られたシートの反発力が、もたれかかった頭を瞬時にはね除けたのだ。

「うまくいったぞ!」

研究員たちは喜んだ。

その後も、両脇の研究員が寄りかかろうとするたびに、反発シートが作動し、頭を何度も弾きとばした。大富豪も反発シートの効果に満足したのか、前にいる研究員に向かってほほえんでみせた。

大富豪たちが電車に乗り込んで、1時間以上経っていた。今度は大富豪が眠気を感じた。しばらく我慢していたが、眠気には勝てず眠ってしまった。大富豪は頭をぐらぐら動かし始め、やがて頭を右にがくりと傾けた。そのときだった。恐ろしいことが起きたのは。

右肩に貼られたシートが大富豪の頭に反発したのだ。大富豪の頭はたちまち左に倒れた。すると、その瞬間、左のシートの反発力が作動し、右に突き飛ばした。だが、右の反発シートがそれを許さない。すぐに左に弾く。すると左でも弾かれる。結果として大富豪の頭は右、左、右、左と激しく揺れ動くこととなった。

大富豪は頭を左右に振りながら目を覚ました。奇声を発しながら両手をあげて頭を抑えようとするが、その両手も弾かれてしまう。

「これはただごとではない」

研究員たちは大富豪に駆け寄り、非常な苦労のすえ、反発シートを無効化した。だが、そのときには大富豪は意識を失ってしまっていた。

翌日、病院で目を覚ました大富豪は、頭を左右に振りながら、反発シートを処分するように研究員たちに命じた。

苦い文学

蛙化現象

蛙化現象とは、恋愛障害のひとつで、近頃大きな話題となっている。

どんな障害かというと、片思いのうちはそれこそ恋焦がれて相手を崇拝せんばかりだが、一度相手が好意を向け出すと、たちまち熱が冷める、それどころか、相手が汚らわしく気持ち悪く思えてくるというものだ。

「蛙化」というのは、グリム童話の巻頭の「カエルの王さま」に由来している。「人なつこい美しい目をした王子」も「きたならしい、いやらしいかえる」になる、ということらしい。

童話ではカエルが王子になるのだから、逆で、辻褄が合わないように思える。だが、そもそも王子がカエルになったのは「悪者の魔女の魔法にかかって」いたためだというから、もしかしたら魔女の恋愛障害の結果、王子はカエルになってしまったのかもしれない。

「蛙化現象」という名称の問題はさておき、ネットニュースによれば、ある男性がこの現象を抑制する特効薬の開発に打ち込んでいるということだ。

その男性も蛙化現象にずいぶん悩まされたのだという。この現象を克服したいという思いが、彼の研究欲に火をつけたのだ。

この男性は、ニュースでこう呼びかけている。

「完成した暁には、僕のまわりの女性にはみんなこの薬を服用してほしい。そして、勇気を出して僕の胸に飛び込んできてほしい」と。